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わたしの愛した彗星  作者: 水埜アテルイ
太陽の物語
77/105

第77話 The Professional

「はい、あ~ん」


 俺は今、胡坐をかいて腕を組んでいる。

 背筋を伸ばし、体幹にぐっと力を込める。身体を極度に緊張させている。この体勢は耐え難い現実に打ち勝つための防御体勢だ。

 なぜ緊迫しているかというと、俺の目の前で流歌が真琴に禁忌の「あ~ん」をしてるからだ。俺の記憶が正しければ「あ~ん」は国際条約で違反行為として認定されている。他者に与える精神的な屈辱があまりにも大きいからだ。


 俺は精神的屈辱を今現在秒単位で感じながら心の傷を蓄積し続けている。なぜ俺の目の前で? そして他クラスの流歌がなぜここに? わけがわからない。

 昼食タイムという休戦協定を結んだばかりだというのに流歌は堂々と我が1組でスパイ活動をしている。その度胸は称賛に値するが、真琴、お前は俺に恨みでもあるのだろうか。俺の前でやらんでもいいだろう。トマトジュースがまずくなる。メイドイン榊木家の弁当もまずくなる。


「やっぱり恥ずかしいよ……」

「で、でも。真琴くんが言ってたから……」

「あ、あれは冗談で……」


 この発情した2匹のウサギを誰か撃ってくれないだろうか。

 文句を言ってやろうかと思ったが「嫉妬してるの?」と真琴から言われそうな気がして未だに非難できないでいる。俺はチキンだからな。

 怒りを鎮めるために俺は寂しくトマトを齧った。リコピン摂取でハイになる。もう何も怖くない。忠告しよう。


「君たち風紀を乱すな」

「ご、ごめん! いるとは思わなかった!」


 いやいや目の前にいるだろうが、目の前に。


「ごめんなさいっ!」

「流歌くん顔を上げなさい。風紀を乱していなれけばいいんだよ。俺の目の前でやっていなければいいんだよ」

「は、破廉恥でごめんなさいっ!」

「というわけでこの話は終わりだ。もう何も言わん」

「悪かったよ……話逸らすつもりはないんだけど、とうとう対抗リレーが始まるね」

「お前は出場するのか?」

「うん。順番は教えないよ」

「ほう。楽しみだ。」


 悪いがバドミントン部は眼中にない。国際条約違反の人間に負けるわけがなかろう。こっちにはミュータント揃いなのだから。

 

 

 


 バーサーカー・マサオ

 インテリジェンス・タカゾウ

 プロゲーマー・エイジ

 ハートブレイク・リオン

 エンジェルローズ・アリナ

 

「待って。いま私のことなんて言ったの?」

「エンジェルローズ・アリナだ」

「アリナ。彗に何言っても無駄だよ。こういうやつだってアリナが一番わかってるでしょ?」


 凛音はアリナにそういった。エンジェルローズはアリナにぴったりの異名だと思ったんだがな。

 吹奏楽部の演奏が終わる前に俺たちは帰宅部ユニフォームに着替えた。制服である。帰宅部にユニフォームも戦闘服もない。だから必然的に制服になった。

 一応アリナと凛音はスカートの下に体操着を着ているため、パンチラ事件は起きないよう対策している。

 しかし個性があまりにもなかったため俺たちは全員腕まくりを統制した。だって制服で腕まくりってかっこよくね?

 入場門で待機している我々はやはり目立っていた。他部はユニフォームだったり道着だったりと各々自分の部活を表現している。なぜ制服姿のやつがいるのか、と好奇の目をするやつは少なくなかった。


「うぅ……恥ずかしいわ」


 アリナは恥じらっていた。


「恥じるな。自信を持て。俺たちに怖いものはない。後ろめたいこともない」

「そうは言っても恥ずかしいものは恥ずかしいわ。どうしてこんなタスキなのよ!」


 アリナは顔を赤らめて「美少女代表・日羽アリナ」と書かれたタスキを俺に突き出して抗議した。


「私だけなんでタスキ付きなのよ! しかも美少女って……まぁ、あなたがそう思うなら……う、嬉しいけど……」

「タスキは俺の案だが内容を考えたのは凛音だ」

「りおんッーー!!!!!」

「ごっめーん。てへ」


 アリナは凛音の肩を掴んで揺さぶった。

 ちなみにアリナ以外には個性を出すモノを用意するよう支持してある。ちなみに俺はトマトの帽子だ。赤いニット帽に葉をつけただけの簡易的なものだ。

 演奏が終わり、拍手が響いた。戦いはもうすぐだ。


「まずは君たちにお礼を述べたい」


 改めて彼らに向き直る。


「絵に描いたような変質者の俺の元に集まってくれてありがとう。栄治、お前がいなかったら誰も走り方も戦法もわからなかった。チームを導いてくれたことに感謝する。鷹蔵、その奇抜な発想と頭脳でお前はこれからチームに大いに貢献する。よく交渉してくれた、ありがとう。まさお、お前はいまだによくわからんがその圧倒的存在感がみんなに勇気を与えた。ありがとう。凛音、お前の乙女心は時にうざいだけだったが今回は良い武器になりそうだな。存分にふるってくれ」


 そしてアリナを見る。


「アリナ。お前の心配は一切していない。信じているからな」

「そ、そう? お褒めの言葉をありがとう」


 凛音はすかさず「あつーいあつーい。見せつけないでー」と茶化した。


「勝負は一度きり。泣いても笑っても最初で最後の戦いだ。だからこそベストを尽くそう」


 一同頷いて覚悟を決めた。

 これから俺たちは表舞台に立つ。陽光当たらぬ暗い路地でひっそりと地球のために闘ってきたプロフェッショナルたちが闇のベールを脱ごうとしている。

 負け犬のレッテルを貼られ、迫害された歴史もあったがそれでも俺たちは信念を曲げず家に帰った。何があっても家に帰った。


「後悔はするな。つまり手は抜くな。ただひたすら前を向いて走ればいい」


『では午後一発目の種目、部活動対抗リレー! ご入場ください!』


 放送部の声で一斉に選手たちは歩き始めた。


「よし。まさお。これを食え」

「これは……マンゴーじゃないですか!?」


 俺はビニール袋からカットされてないそのままのマンゴーを手渡した。彼は皮まで食べてしまうほどのマンゴー狂と聞いていたからこの日のために買っておいたのだ。


「力を存分に発揮してもらいたいからな。ほれ、早く食べなさい」

「ありがとうございます。では……」


 まさおは一齧りすると人が変わったように貪るように食べ始めた。あっという間だった。


「オオオオオオオオ!!」


 まさおはバーサーカーへと変貌した。彼に髪があれば金髪になっていただろう。四股を踏んで両手を広げ天を仰ぐ彼の姿はまさに闘争の神そのものだった。彼がエプロンを羽織っていなければなおカッコよかったが、お菓子作りが好きな彼の個性を否定することになるので誰もつっこみはしなかった。

 アリナと凛音はドン引きしていたが俺たち男メンバーは彼の神々しさに心を打たれていた。


『勝てる』


 俺たちはまさおを見てそう確信した。

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