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わたしの愛した彗星  作者: 水埜アテルイ
彗星の物語
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第5話 夕日の新世界

 何発打ったか忘れた頃にやっと休憩になった。

 背中がじんわりと汗で湿るくらいには労働した。アリナは冷房の効いた部屋にいるかのように涼しい表情だった。まるでマシンだ。発汗作用とは無縁らしい。


 向かう場所もないから、女テニ部員たちから少し距離を取ったところで腰を下ろした。勝手に逃げられると困るためアリナを手招き、2メートルほど離れて座らせた。


 休憩中に白奈がやってきた。

 傍のアリナはこちらに目も向けない。一方の白奈は未だおっかなびっくり。


「初めてラケットを持って打ってみたが難しいな。もっと簡単だと思ってた」

「うん、最初はね。でも慣れると楽しいよ」


 白奈はそう語りながら、視線をチラリチラリとアリナに向けた。気になるらしい。

 アリナはちょこんと大人しく体育座りし、艶かしい白い素足を撫でている。


「何」


 アリナは白奈の視線を咎めるような口振りで一言もらした。

 白奈は慌てて両手を振った。


「あっ、いや、アリナさん上手いなぁって思って。テニスやったこと……あるの?」

「少し」

「そうなんだ! だからあんなにストローク綺麗だったんだ……」


 おどおどする白奈が不憫だったから会話に割って入った。


「アリナ、お前センスあるぞ。ど素人の俺から見ても上手いと思った」

「そ」

「そんなに運動神経いいならどっかの運動部に入ればよかったのに、もったいねぇな」

「あんたがどうこう言うことじゃない」

「俺と同じく帰宅部員ということで頑張っていこうぜ」

「一緒にしないで」


 アリナとのやり取りを見て、白奈は「あはは……」と苦笑した。

 周りから見たらケンカにしか見えないよな。

 でもこれが平常運転なんだ。アリナは常に時速200キロで走る車内から機関銃をぶっ放してる。止めるには俺も運転席に乗って説得しなきゃならん。




 休憩終了を部長が伝え、練習試合が始まった。


 もう球の回収は必要ない。

 パコーン、パコーンと爽快な音がコートに響く。

 その音が気に入った。列車の音が、どこか懐かしく心地よく聞こえるあの感覚に似ている。ドヴォルザークの「新世界より」が街全体に流れたらみんな懐かしさに目を閉じるだろう。ノスタルジックな気分になる。


 役割は終えたから帰ってもよかったが、アリナはじっと試合の様子を眺めていて、立ち上がる雰囲気はなかった。

 帰りたいならとっくに「早く帰りたいわ」とか文句を垂らして、俺の頭蓋をかち割っているはずだから、彼女が意思表明しないならこのままでいよう。


 相変わらず綺麗な横顔だった。

 すっと通った鼻筋、揺れる長い睫毛、夕日で輝く黒髪。

 美しいとはこのことだろうと思った。


 18時を過ぎた。

 この時間まで学校に残るなんて帰宅部失格だ。やっと部活が終わる雰囲気が出てきたため俺たちも撤収だ。


「彗、アリナさん! 今日はありがとう! 助かったよ」

「こっちもいい時間を過ごせた。ありがとな」

「いつでも来てね!」

「参加する時は伝える。じゃあな」

「わかった! バイバイ」


 俺とアリナはテニスコートからフェードアウトした。


 校門へ向かう。

 明日は噂になるだろう。日羽アリナが男と並んで帰ってる、なんて光景は衝撃的すぎてニュース速報で流れる。おとぎ話としても語れそうだ。


 横目でアリナを見る。


 視線を正面に保ち、ピンと背中を伸ばし、モデルみたいな歩き方で足を進めている。なるほど、この姿を見て男子諸君は陶酔し、恋の渦に身を投じていくのだろう。


「こっち見んな。殺すわよ」


 殺意の瞳で俺を脅迫した。

 ここで冗談を返したらDNA一つ残らずこの世から抹消されるだろう。榊木家の遺伝子継承は妹に託そう。


 ――いや、我が妹と結婚する輩の存在は考えたくもない。


 妹が知らん男と一緒にいる現場を目撃したら俺は……俺は、きっとそいつを破壊する。殺害じゃない、破壊だ。何もかも破壊してやる。

 妹の人生について考えているとお隣からキツい視線をもらっていた。俺が妹想いなことを見破ったか。


「なんだ、アリナ。妹を大事にして何が悪い」

「は? あんたの妹なんか知らないわよ。気味悪い」

「じゃあその視線は何だ。そのゴミか汚物でも見るような侮蔑の視線は」

「ゴミを見ているからそういう目になるのよ」


 こいつ、絶対いい死に方しないな。


「仕方ない、俺はゴミということにしてやろう。争いはよくないからな。俺が引き下がってやる」

「そ」

「今日はどうだった。楽しかったか」

「そ」


 その一文字しか言えんのか、君は。


 成果は一応あった。

 白奈と多少なり会話したし、組織の一員として動けたし、真意は不明だが楽しんでいた。元職員室で俺と2人で会話し続けるより何倍もいいだろう。

 この調子で色んな部活や何らかの活動に首を突っ込めば、アリナも人間らしい可愛い笑みをいつか見せてくれるんじゃないだろうか。

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