第51話 2人で、どこかへ
仙台駅の中央改札口を通ってステンドグラスに目を向ける。だいたいステンドグラス下は待ち合わせで人がいっぱいになっていてる。本日も大勢いるがあの2人はすぐに見つかった。
宇銀への悪影響だけが心配だ。うちの子が毒舌になったりド派手なギャルなったら泣きます。
「すごいよ兄ちゃん!」
宇銀は俺の袖を掴んでブンブン振り回しながらそう言った。俺は球体関節人形ではないのだから肘関節を乱暴に扱うのはやめていただきたい。そんなにガチャガチャ動かされたら壊れる。
興奮が静まらない妹は異性の裸でも見たかのように頬を紅潮させて目を泳がせた。
「あ、あ、あのはじめまして!」
「宇銀。みっともないから落ち着け。相手はただの有機物だ。お前が好きなブロッコリーと変わらないから安心しろ」
「で、でもでも輝きすぎというか……こ、こんなのおかしい! 可愛いは罪だよ!」
宇銀の絶賛評価に鶴はご満悦のようでくすくす笑っている。アリナも忍び笑いをして嬉しそうだった。
DNA的に類似点の多い兄妹関係なのにこの扱いの差は理不尽だ。特に目付きとか似てるだろ。お前たちが微笑ましく見つめるその少女は「一部、榊木彗」なんだぞ。蔑ろに扱うのが道理ではないのか。
「宇銀ちゃん。はじめまして、二渡鶴って言います。よろしくね!」
「にわとり、つるさん?」
「にわたり。二つ渡るって書いて二渡」
「あっ、すみません! 覚えました!」
妹がニワトリと聞き間違えたことに俺は大笑いした。鶏か鶴かはっきりしろってな! 流石は俺の妹だ!
「いででででで!」
アリナが笑顔で俺の耳を引っ張った。俺が最強の帰宅部員でなかったら引きちぎられていた。
俺の絶叫を無視してアリナは妹に向きあった。
「久しぶりね。妹さん」
「アリナさん本当に綺麗ですね! 兄ちゃんにあまり近づかない方がいいですよ! 汚れます!」
「心配しないで、大丈夫よ。彼と接触した後はいつもアルコール消毒しているから」
サカキウイルスだーって言いそうだもんなお前。消毒するならやってみろ。俺は天然痘のように簡単には絶滅しないぞ。
「なら安心ですね! アリナさんと鶴さんは初詣の帰りですか?」
「ええ。ついさっき。宇銀さんは?」
「私も兄ちゃんと行ってきました!」
「あら、そう?」
意味ありげな瞳で俺を見るアリナ。
「なんだよ。そんなに見つめられても口から金は吐き出せねえぞ」
「あんた初詣とか行かなそうだから。意外と日本人らしいことするのね」
「実を言うと宇銀に強制的に連れてかれた。一日中寝腐るつもりだったのに」
「あんたが生活習慣病の悪い例として掲載されていても驚かないわ」
「ははは。いとをかし、いとをかし」
俺の空笑いにアリナは不満げな表情を浮かべた。もっとギャグを磨け。
「それはそうと、この後どこかに寄るのか? 正月はどこも混んでるぞ」
「だねー。喫茶店とか寄れればいいんだけど」
「鶴くん。なんで俺たちを呼んだんだね。つい前にも忘年会であったばかりだろ」
「えー、だってアリナが『彗様に会いたい!』って言うからぁー」
「は?」
案の定アリナは俺を睨んだ。違うだろ、俺じゃなくて隣のギャルを睨めよ。おい、 宇銀まで鶴の言葉を信じるな。俺に意味不明な抗議の目を向けるな。
「鶴。私そんなこと言ったかしら」
「覚えてにゃい」
「あら残念。ちょっとそこのあんた。耳をちぎりなさい。償いなさい」
「この世界に俺の味方はいないらしい」
話を持ち直し、4人でどこへ行くかまた話し始めた。しばらくちょうどいい店がないか歩きながら探したがやはり正月は人が多い。初売りやらお参りやらで人が動いているのだろう。
鶴とアリナは下駄を履いているからそろそろ辛くなってきているはずだ。
その時、俺は身も凍る言葉を耳に入れた。
「うーん。じゃあウチに来ませんか?」
そう、天然おバカ系妹キャラの宇銀ちゃんの提案だ。俺の中で時間が一瞬停止した。傍を過ぎて行く人々までが一時停止した気がした。
「えっ、いいの?」
鶴が目を丸くする。いや、よくねえから。
「はい! 近いですし。駅1つ挟むだけです。大歓迎です!」
親になんて説明すんだよ。同級生の女子を家に上げたことなんて一度もないんだから親が見たらぎっくり腰になっちまう。
悔しいがアリナは本当に美少女だ。
美しい少女を俺が連れてくれば両親にとっては一大事だ。きっとこう思うだろう。「どこから誘拐してきた」と。権力的に俺は最底辺に位置するからそう疑われるに決まってる。
「ご迷惑にならないなら甘えちゃおっかな? アリナどうする?」
「ご両親にご迷惑がかからないのであれば私は問題ないわ」
問題大アリだ。俺が死ぬほど気まずいわ。
彼女らと帰った後のリビングを想像すると恐ろしい。親に彼女らとの関係を執拗に訊かれることだろう。まさに尋問だ。
それに俺の部屋とかに侵入してきそうでこれが一番怖い。ヤバいものとか置きっ放しにしてなかったか? 考えるんだ榊木彗! 今朝の自室を思い出せ! いかがわしいものとかなかったか検索しろ!
何も思い出せなかった。
布団を引き剥がされ、妹に引きずられていく哀れな男の姿しか記憶してない。まるで斬首台に連行される男のようだ。
榊木家訪問は阻止しなければならない。そうだ、来させなければ問題ないじゃないか。始まらなければいいんだ。
「待て。榊木家は危険だ」
「どうして?」
「幽霊が出る。事故物件だ」
「えっ、そうなの!?」
怯む鶴。ちょろいな。
「初耳なんだけど」
「知らないだけだ。黙ってなさい、宇銀」
妹が最大の障害物になるのはわかっていた。仲間が最大の敵になる少年漫画的な要素はいらないから今はやめろ。
「それとウチは狭い。みんな猫型ロボットみたいに押し入れで寝てる」
「一軒家じゃん。しかも家族全員ベッドだし個人の部屋あるし」
駄目だ。策は尽きた。
他にも地雷原、地盤がゼラチンレベル等々、恐怖を煽る選択肢はまだ残っているがこいつらは騙されないだろう。せいぜい小学3年生までだ。
「じゃあウチに帰りましょう! 案内します!」
宇銀はスキップで駆け出し、改札口へと向かった。鶴もカランカランと下駄を鳴らしてついていった。
宇銀に敵わないのは遺伝子に刻まれた絶対法則なのだろう。俺は肩を落として、彼女らの後を追った。
歩調を合わせてアリナが傍に寄ってきた。相変わらず姿勢が美しい。背骨に鉄パイプでも入れてんのか。
「迷惑なら行かないわ」
「気にしなくていい。もう手遅れだ」
「真剣に訊いてるのよ」
「え?」
アリナはずいっと顔を寄せ、足を止めた。目がとても綺麗だった。
「迷惑になってしまうのなら行かないわよ」
「どうしたいきなり。人を気遣える人間じゃねえだろ」
「別に。ご両親やあんたに迷惑かけたくないだけよ」
「腐った牛乳でも飲んだか? 俺の目にはお前が常識人に見える」
「人格者だもの」
「美人で人格者。そりゃ最高だな」
「ふん」
毅然としているが彼女の足取りは遅かった。
「ほら、向こうであいつら待ってるぞ」
「本当に迷惑ならいいのよ……?」
「今更だ。もうあいつら改札の向こう側だ。家に歓迎してやる」
アリナの反応は乏しかった。いつもの調子じゃない。彼女に何かあったんだと俺は感じ取った。おそらく自宅に行くこととは別件だろう。
こうも遠慮がちになるのは明らかにおかしい。そう考えていたら、彼女はどこか悲しげで少し沈んだ表情になり、小さく口を開いた。
「ねぇ……2人でどこかへ行ってしまわない?」
この表情には覚えがあった。文化祭の準備期間中、アリナと鶴と倉庫に行き、突然アリナに電話が来て、彼女は用事ができて帰った。その去り際に見せた表情と同じだった。
「ごめんだ。誘拐犯として交番に突き出されるのがオチだからな」
俺はあえてボケた。
彼女が言葉通りのことをしたいのかわからなかった。
俺と2人っきりで出かけたいのか、それとも逃避行のようなことをしたいのか。彼女の身に何か災難が降りかかっているのかと思うと怖くてかわすことしかできなかった。
下駄の響く音で我を取り戻す。アリナが駆け出した。カランと音を立て、ちょっと先を行ったところで翻った。
「なんてね。下心が丸見えだわ。今すぐ切腹しなさい」
意地悪な微笑を見せると彼女は改札口を通過していった。
アリナは強がっていると誰もが気付くだろう。弱々しく眉をひそめて笑っていた。見ていられない作り笑いでとても痛々しい。
一瞬ではあったが、俺は遅れて彼女が懇願していると確信した。
助けてほしい。
心の叫び。
もはやお互い遠慮する仲じゃないはずなのに、彼女は一歩下がってかしこまった。




