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わたしの愛した彗星  作者: 水埜アテルイ
彗星の物語
44/105

第43話 翻弄されるピエロ

 2人で教室に戻る途中、廊下でばったり鶴と会った。


「あ、戻ってきた」

「おっす」

「ん? アリナさんどしたの?」


 俺の少し後ろを歩いていたアリナは魂が半分抜けかかっているような顔をしていた。原因はわかるがそうも影響を及ぼすとは思いもしなかった。


「あ──大丈夫よ」

「んー? 何かあったの? 彗を連れてった後に」

「鶴くん聞いてくれ。実はこいつに腎臓を抜き取られた。ガバッとな。東南アジアで売るつもりらしい」

「よく平然と立ってられるね……」

「全身麻酔の余韻に浸ってるからな。ふわふわ浮いてる気分だ」

「で、本当は? もう悩んでないようだけどすっきり解決したの?」


 ちらっとアリナを見る。

 視線に気づいて彼女は露骨に目を逸らした。


「ああ。アリナからアドバイスを貰った。もう大丈夫だぜ。わざわざ心配してくれてありがとな」

「いいえー。解決したならいいけどね」


 俺たちの声を拾った真琴が教室から顔を出した。


「戻ってきたのか」

「もう俺のことを心配する必要はない。すまんな、俺のために心理カウンセラーになろうとしてたんだよな」

「いや、俺の夢は料理人なんだけど……」

「とにかく俺の悩みは解決したんだ。2人とも心配してくれてありがとな」


 2人は釈然としていないようだった。俺が彼らの立場なら同様のリアクションをするだろう。悪魔に呪われた子どもみたいなやつが急に普段通りに戻ったら不自然だろう。

 2人は俺が話を避けていることに気付いている。それを悟ったのか、は引き下がった。


 アリナと俺はそれぞれの教室に戻った。

 一息ついてペンを回す。

 

(なんてこと言っちまったんだ!!)


 心の叫びは貧乏ゆすりとなって教室に伝わった。ジョークを飛ばす余裕すら今の俺には微塵もなく、全身を掻きむしりたくなるくらいの羞恥心に悶えた。

 人生最大の失敗だ。

 







「俺はアリナが好きだから──白奈の気持ちには答えられない」


 刹那、全てが静止した。この世のすべての運動が止まってしまったと思った。

 そして時計の針がカチッと鳴り、


「ぁ……」


 口元に手を持っていき、彼女は声を漏らした。


 俺は自分の発言に閉口した。


 なぜ言った? 

 本心なのか? 

 また冗談か?

 彼女をおちょくってるのか?

 独身貴族を目指してんだろ?

 あの毒舌女が好きなのか?

 白奈は好きじゃないのか?

 またふざけてんのか?

 

 止まらないクエスチョンマークの羅列。ふつふつと込み上がる悔恨の念で茹で上がる寸前だ。

 咄嗟に俺はまた茶化した。


「そ、そういうわけだから俺は35億の女性たちの求愛は受けられんわけですよ! いやあだってなあ!? ちょっと待て待て!? 日羽アリナが好きって言ったが、俺はもう1人の天使のように優しいあの日羽アリナのことを言ってて、決して――」

「……」

「おいおいおいジト目はやめろ! 文化祭の時のアリナちゃん! 出てきて!」


 もはや暴走は止められなかった。


「……そ」

「……はい」


 重い。重すぎる。俺の足元だけ重力5倍増しだった。

 冷や汗が背中をしっとり濡らし、気持ち悪い汗が一滴背中をなぞった。

 紛れもなく告白だった。前もって決心していたわけでも、アリナと付き合いたいという願望があったわけでもない。かと言ってアリナが嫌いなわけではない。

 まるで操られているかのようにぽろっと漏れてしまった。


「……私に告白してもどうなるか知ってるでしょう?」

「知ってるには知ってるが本気にしないでくれよ!? 俺はあくまでもう1人のアリ――」

「身の程知りなさい。この死肉に群がる醜い蛆虫。私と付き合えるとでも思ってるのかしら? 生きてて楽しいの? 保健所に連れてくわよ」


 平常運転のアリナだ。腕を組んで鋭い目つきで睨む。それに安堵を覚えた俺はマゾヒストになっているということだろうか。何たる屈辱。第一、赤面して「きゅん……」となるアリナなど見たくもないし、見たらウルトラ反応に困るから助かった。


「で。白奈には告白しないのね。良かったわね、悶々とした気持ちが晴れて」

「お、おう……なんとかなりそうだ……」

「じゃあ戻るわよ。あーそれと。私に誘拐された、とか言いふらしたらあんたの臓器全部海に流すから」

「赤潮が発生するくらい栄養のある臓器だからやめておけ」


 ぷいっと横を向いてズカズカと薔薇園から出た。

 追撃の毒舌が来るかと思いきや、何も言わなかった。







 そして現在に至る。

 

(あぁ……マジで俺は何言ってんだ……)


 忘れ去りたい。もう自分が何者か思い出せないくらいトマトジュースをガバガバ飲んで眠りたい。

 というわけで俺は鞄からトマトジュースを取り出し、ストローですぐに飲み干した。紙パックのトマトジュースは教室のゴミ箱に捨てられるから良い。いや、そんなことはどうでもいい。目先のことだ。白奈に返事を返さなければならない。

 だが心の隅でこう思う俺がいた。


(本当に白奈を振っていいのか?)


 優柔不断だ。

 しかし俺は解を導き出した。同情から生まれた関係など白奈も望むまい。

 白奈にメッセージを送った。


〈放課後、どこで会う?〉


 白奈からの返答は早かった。


〈元職員室でお願い〉


 元薔薇園を選んだことに俺は動揺した。

 さっきいたばかりの元薔薇園で会うと言うのだ。なぜこの広い高校の中で、あえてそこを選んだのか。

 ますます未来が見えなくなる。

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