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わたしの愛した彗星  作者: 水埜アテルイ
彗星の物語
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第39話 日羽アリナのモテ話

 食べ歩きを続けながらも真面目に監視するアリナに感謝しつつ、俺は水生動物たちを眺めた。

 色鮮やかな魚や細長い生物など多種多様で面白い。高校生になっても行ってみるもんだ。

 

「おいアリナ。これお前に似てるぞ」


 俺はスイホウガンという名前の魚を指して言った。両頬が風船みたいにぷっくら膨らんでいる間抜け面の魚だ。


「これのどこが私に似てるのよ」

「怒っているお前だ」

「あら。でも可愛いから許してあげるわ。あんたはこれね」


 アリナは展示ガラスを指した。しかし中には魚類も甲殻類もいない。タコでも擬態してるのかと思い、目をこらしてみても何もいない。敷き詰められた砂にエビが歩いているだけだ。


「どこに俺に似た生物が?」

「この水草よ」


 そりゃわからないわけだ。リアクションできませんよ、アリナさん。

 



 例のカップルは巨大水槽へと移動していた。


「ちょっとあんた! あの2人、手繋いでるわよ! 笑える!」


 巨大水槽の迫力に圧倒されている俺の隣でゲラゲラとアリナは笑っている。


「どれどれ見せてみ」


 俺はアリナに貸していた単眼望遠鏡を奪い返して覗いた。本当に2人は指を絡めて握っている。思わず「あれま!」と俺は声を漏らした。

 見ているこっちが恥ずかしくなるくらいの熱い繋がりだ。このくらい幸せなのだから不運なんて吹き飛ぶだろう。

 俺たちの存在は邪魔だなと思った。彼らの視界に入っていなくともだ。

 

「アリナ。こっちこい」

「ちょ、ちょっと! 私の手を掴むなんて国家資格がないと許されないわよ」

「お前の手は将来価値が出そうだが今はただの肉塊だ。ほれ行くぞ」


 俺はとりあえずフードコーナーに退避して休憩することにした。小さい頃に戻り、興奮して疲れたのもあるがあのカップルのためでもある。連絡があったときに駆け付ければいいんだ。

 俺はナポリタン、アリナは山盛りのクリームパンケーキを頼んだ。

 しばらくすると、その細い体のどこに収納するんだと言いたいくらいの山盛りクリームのパンケーキが出てきた。アリナはナイフとフォークで食い始めた。


「すげぇな。世の中にはとんでもないスイーツがあるんだな」

「駅前にもある。よく食べるわ。おいしいもの」

「日羽アリナは大食い系毒舌少女であるとわかった」

「よく食べる子はモテるのよ」

「いい機会だからお前に関するモテ話をしてやろう」

「面白そうね。無様な話を聞けそう」


 他クラスでも同様、俺のクラスでもアリナの人気はカルト的である。みんな彼女の美貌に酔いしれ、ついつい千鳥足になって近づいてしまう。拒絶されるとわかっているのに愛を告げる者が後を絶たない。そんな者たちの一部始終をよく見かける。その話である。


「最近、何回くらい告白された?」

「私が安っぽい女と勘違いされそうな言い方ね」

「安っぽいなんて思ってないから安心したまえ」

「ふん。そうねぇ、7回くらいだったはず」

「やっぱ次元が違うな。じゃあ話そう。俺たちが高校2年生になったばかりの半年前だ。高校生活に慣れて、中堅の高校生になるころにはもうアリナの話題は凄くてな。『美女がいる! 可愛すぎ! どこのアイドル所属だ!?』だなんて騒ぎ立てていた中、俺のクラスのとある男子生徒もお前に夢中だった。ちなみに真琴じゃないぞ」

「ふーん」

「で、彼もついに告白すると心に決めた。俺たちはこれから戦いに出る兵士を見送る家族のように、背中を叩いて応援してやったもんだ。俺は気になって彼の戦場を覗き見することにした。数人の友人とな。戦場は中庭のベンチだった。お前がよく目撃されていた場所だ。ちなみに俺が持ってきている単眼望遠鏡はそのときも活躍した。望遠鏡でも君らが何を言っているのかはわからなかったが、まあ結果は撃沈だと誰もが告白前から確信していたからいつも通り励ますことにした」

「覚えてないわ」


 パンケーキは見る見るうちに減っていった。すげぇ食うなぁと思いつつ言葉を続ける。


「戻ってきた彼を俺たちは温かく迎えてやったんだが開口一番予想もしていなかったことを言った」

「死にたいとか?」

「『あまりの美しさに何も言えなかった』だとさ。一方的にお前からあーだこーだ言われてたようだが耳に入ってこなかったそうだ。ただひたすら放心状態で日羽アリナにうっとりしてたんだと。アホなのか悟りを開いたのかわからんが」

「ただのバカじゃないの」

「一方はギャーギャー喚き、もう一方は耳に目蓋作ってお前にうっとりしていたんだ。死ぬほど笑った。俺らが『あいつめっちゃ真剣な顔してるけどどうしたんだ!?』って遠くから心配してたのがアホみたいに思えた。そいつはどうなったと思う?」

「興味ないわ」

「絵を描くことを志したんだ。芸術に触れたくなったんだと。しきりに絵を描くようになったから見せてもらうとこれがお前そっくり! その後は美術部に入部した」

「もしかして前に美術部に行って私をモデルにしたときにその人も……」

「当然いた。超上手かったから笑いこけそうになった。すげぇよなぁ。知らず知らずのうちに日羽アリナは1人の男を変えたんだぜ」


 アリナは眉間にシワを作っていかにも不快そうなリアクションを取った。

 俺はナポリタンを食べ終え、アリナもあと一口というところで次はアリナが話し始めた。


「じゃあ次は私が面白い話をしてあげるわ」

「どうぞどうぞ」

「これも私のモテ話になるのかしら。1年生の頃よ。何かの授業が終わって、次の授業が始まるまでの小休憩。気づかぬうちに私の傍に男子がいた。多分他クラスだわ。面倒だから無視していたのだけどいきなり手首を掴まれた」

「稀に見る行動力のある変態だな」

「結構力強く握られたから驚いて、そいつの顔を睨んだわ。そしたら『結婚を前提にお付き合いしてくれませんか』って。これまでにないパターンだったから唖然としたわ。すぐに手を払って『消えて』と言ったのだけど名残惜しそうに立ち去らなかったのよ。マジで社会的に消してやろうと思ったわ。でもある男子が近づいてきて追い払ってくれたの。いい人もいるものねと感心したわ」

「おお。ヒーローじゃねぇか」

「後日、そのヒーローからも告白されたわ。彼の名誉のために結果は伏せとくわ」

「なんだそのオチ……救われねぇ」

「そうね。私と関わると救われないわ。ふふ。みんな不幸になるといいわ」


 残りの一口を口に入れ、小さく笑みを作る。甘さの前では薔薇も棘が丸くなるらしい。


 俺とアリナは再び立ち上がってあのカップルを探すことにした。まだ水族館からは出ていないだろう。特に必死になることもなく俺らはぶらつくことにした。

 アリナはガムを嚙みながら歩く。こいつは何か食ってないとダメな生命体なのだろう。もうツッコミを入れるのはやめた。

 しばらく歩いても見つからなかった。焦りを感じてきた。このままでは何かあったときやばい。 

 

「これ完全に見失ってるわよね」

「だな。水族館にいるかも怪しくなってきた。これはやべぇ」

「連絡してみなさいよ」

「ありだな。いや、少し待とう」


 しかしあちらからメッセージが届いた。


「真琴からメール来た」

「あんたたちテレパシー使えるのね」

「あいつより美少女と波長が合えば万々歳なんだが……どれどれ。『助けて』だとよ」

「死ぬの?」

「いや死にはしないだろ。返信ついでに正確な場所を聞き出す」


 数秒後に返信が来た。


「あ~なるほどそっちか」

「どんな救援要請?」

「写真を撮ってくれ、だそうだ」

「期待して損したわ。死刑」


 通りすがりに頼めばいいだろと思ったが、客は家族連れやカップルが多いので頼みにくいのだろう。つーか身を寄せ合って自撮りしろよ。カップルなんだからそれくらいできんだろ。

 とは思ったものの、真琴のあの調子だと恥ずかしくてできないのだろう。


「じゃあ行くぞ。それと写真はお前が撮れ。サングラスにその格好だとまずバレないからな」

「面倒だけど、時給3000円と考えれば安いわね」

「俺は絶対払わん」

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