第20話 気分屋な真面目さ
生徒会に興味を持ったことはない。
見るからに面倒だからだ。ゆえに生徒会に入る理由が気になっていた。
「鶴ってなんで生徒会に入ったんだ?」
「立候補させられたから。他にいなくてね。会長なんて絶対やりたくないから書記係での立候補という条件でのんだ。結果として本当に書記係になっちゃった」
「なる気なかったのか。意外だ」
「みんなよく言うよ。学力だけを基準にして生徒会に相応しいか相応しくないかを決めるとか、はっきり言ってバカだと思う。私が快楽殺人マニアの知能犯だったらどうするんだろうね。全員殺しちゃうよ」
「やる気満々で生徒会に入ったのかと思ってた」
「もちろん意気揚々と立候補する人もいるよ。生徒会長がその例」
俺はアリナにちゃちゃを入れてみた。
「アリナ。生徒会に立候補しないのか」
「私が当選したら一つの国ができるわ」
「独裁だろうなぁ……」
「見せしめにあんたを吊るすところから始まるの。そしてあんたの血で国境を引くの」
「恐怖政治はやめなさい」
鶴に向き直る。
「俺たちに何を手伝って欲しいんだ?」
「文化祭に向けて各部活動の情報伝達をメインにやってもらうつもり」
そういやそんな季節か。
部活に入っていない俺はクラスの手伝いをしていたくらいで基本的に客側の立ち位置だった。そんな俺が企画の中枢に入り込め、だと。裏で全生徒帰宅部員化計画でも始めようか。
「文化祭実行委員に加われってことか」
「違う違う。生徒会と文化祭実行委員会って独立してるの。彗とアリナさんの手を借りたいだけ。生徒会では動きにくい部分を2人に動いてほしいの」
「なるほどな。元生徒会に所属していたというアリナ先生はどうですかね」
「別に構わないわ」
アリナの承諾を得たということはそういうことだ。
「手伝うことにしよう」
「わー! ありがとう! よろしくね!」
鶴は俺とアリナの手を握って笑顔を振りまいた。
中々でかい任務になりそうだ。
鶴が薔薇園を訪れてから2日後。
特に何もせず、だらだらとトマトジュースを飲む2日間だったが、とうとう鶴からお呼び出しが来た。
「放課後、アリナさんを連れて生徒会に来てね」
真琴と昼飯を食っていると鶴がそう言ってすぐに去った。
「彗、次は何を企んでるんだ? 生徒会に潜り込んで何をやるつもりだ!?」
鶴が去った後、真琴は迫真の表情で俺に問いただした。
彼は俺とアリナが恐ろしいことを企んでいると思っているらしい。
「とりあえず日本中の部活動を停止して、帰宅部にしようかと考えている」
「もう彗が何考えてるかわかんねーよ……」
そんなわけで真琴との食事会を終えた後、アリナのクラスに行って事を伝えた。
相変わらず興味なさそうに「そ」と返事をする。こんな態度だが基本的に約束を破るようなやつではないのでしつこく確認を取るようなことはしなかった。
アリナから視線を外し、振り向きざまに白奈と目が合ってしまった。
実は私も彗が好きでした――。
あの時の言葉が蘇る。
何秒間かはわからない。俺は金縛りみたいに固まって、喉が急速に乾燥していくのを感じた。
「ちょっとあんた。いつまで銅像化してるつもり?」
アリナの一言で現実が戻る。
「いやなんでもない。放課後な」
気まずい。白奈と喋れる自信がない。
あれ以来一度も喋っていない。そろそろ焦れったいから一歩くらい踏み出そうとはしている。だが一歩踏み出すって具体的に何だ?
返事をするにしろ、どう返事をすればいいんだ。
誰にも相談できなかった。
放課後。
俺とアリナは鶴に案内されて生徒会が活動する教室に通された。
「ここが生徒会」
想像通り生徒会はでかいホワイトボードを正面にしてコの字に机を並べた配置になっていた。それ以外は何の変哲も無い。
部屋には会長、副会長、あと見知らぬホモサピエンスたちで計8人いた。この数字が大きいのか小さいのかはわからない。
何人かは俺らを見てギョッとしていた。当然アリナを見てだが。
まず自己紹介から始めた。
生徒会役員たちはまさか俺とアリナ、特にアリナが来るとは思ってもみなかったろう。いきなり警戒されたからゆるい雰囲気で行こう。
「榊木彗だ。彗は彗星の彗。2年で鶴と同じクラスだ。生徒会に関しての動きは素人同然だけど役に立てるよう努力する。少しの間だがよろしく」
最後に一礼して自己紹介を終えた。
続いて問題のアリナ。
「日羽アリナ。よろしく」
あーもう本当にこの娘は。
しょうがないからツッコミを入れることにした。
「アリナくん。君は10文字以上自己紹介すると死ぬのかね?」
「うるさいわね。ドヤ顔で自己紹介してるあんたと一緒にされたくないだけだわ」
彼女はそう吐き捨て中指を立てた。
地球では中指を立てる行為は下品極まりないと聞いたことがある。俺は仕方なくその中指をがっしり握った。
ビンタされた。
グーで殴られるよりかは幾分かマシだと思う。まぁこれで鎮まるのならいいんではないでしょうか。
「はい、じゃあ生徒会役員の自己紹介ね!」
鶴はそう言った。アリナのクソみたいな自己紹介を聞いて、よくこれで良いと思ったな。生徒会長、副会長、書記係、文化祭担当役員、体育祭担当役員、など自己紹介が続いた。
俺とアリナは文化祭における手伝いだから生徒会の文化祭担当役員と話し合うことになった。
役員の女子は俺たちがすることを説明した。
「文化祭のオープニングは部活動を束ねる生徒会と文化祭実行委員会の2つの協力が必要なのね。でも生徒会は他高校との交流、一般客、先生たちとの連携も生徒会がメインとなって動くから人が足りなくなる。だからやることはいっぱいだよ」
あまり想像できなかった俺はアリナに目で助けを求めた。しかしアリナはこちらを一瞥もせず真摯に話に耳を傾けていた。
「協力するわ。このクズを上手く使うといいわよ」
「おい、お前も大概クソ野郎だからな。俺がクズならお前はヘドロだ」
「悪いけど、何語喋ってるの? 日本語にしてちょうだい」
煽りスキルに磨きがかかってきたな。
俺は黙ってポケットの中からトマトジュースを手に取り、蓋を開けて口をつけた。俺にとってトマトジュースは精神安定剤でもある。こいつがなければ今頃アリナと世界大戦規模の口喧嘩をしていただろう。
その後は現時点で予定されているスケジュールや自分たちの役割を説明され、初日は終了した。明日から本格的に動き始める。
ぶっちゃけ、未だに何をするべきなのかわかっていないから俺は不安だった。
俺ができることは帰宅部員として地球の平和を守ることだから一般庶民のお祭りなんてよくわからん。顕微鏡で細胞を観察するみたいに、俺にとって規模が小さすぎる。
アリナはというと毅然とした態度で話を最後まで聞いていた。真面目な時は「真面目モード」とか額に油性ペンで書いておけよな。そうすりゃ俺も冗談は投下しない。
「どんなことをやるか理解したか?」
校門まで2人で歩きながら訊いた。
「大体は。生徒会側が具体的な内容を言わなかったから腑に落ちない部分もあるけど想像はできる」
「流石です」
「ウーパールーパーには難しい話だものね」
「せめて哺乳類にしろよな」




