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わたしの愛した彗星  作者: 水埜アテルイ
彗星の物語
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第18話 秋の春風

 拓と入れ替わるように俺はアリナの傍に近寄った。

 あれだけ敵意全開かつ不快感を露わにしていたというのに今は湖の水面のように静かだった。


「さっきのお前超怖かったな。どんな心霊映像よりも背筋が凍る」

「何のこと」

「男子テニス部の部員にどぎついことを連発してたろ。聞こえてたぜ。俺も失恋した気分になったわ」

「あれ、しつこかったから」

「……知り合いか?」

「いいえ。知らないわ」

「あっちは知ってる様子だったが」

「知らない。私の記憶力をなめないでほしいわね。私は、知らない」

「私は、か」

「そ」

「もう一人は知っているか」

「かもね」


 彼女は背筋を伸ばし「くぅっ」っと唸ると話を変えた。


「あんた何のつもり?」

「あ?」

「どうせ白奈と組んで企んでたんでしょ。地獄に落ちればいいのに」

「鋭いな。正直に言っちまうと、中谷拓はお前と同じ中学出身で日羽アリナに片思いだ。今日は告白する予定だったんだがな」

「私に言っても意味ないでしょうに」

「まあな。しかしお前の事情を勝手に伝えるわけにもいかないし、告白をやめるよう言ったら拓は俺がアリナに気があると勘違いする。そんなことはごめんだ」

「自分のこと心配しすぎよ。大した人間じゃないくせに」

「あいつはお前が想像している以上に日羽アリナが好きなんだ。それと不幸にもお前と真面目に会話ができる生徒は、俺しかいないと通説になってる。どんなバカでも、俺が自分の恋路を守ってるように見えるだろ」

「ふん。あとその『お前』ってやめてくれる? 私も日羽アリナなんだけど」

「すまん、そうだったな」


 アリナは深くため息をついた。人生に疲れてそうなため息だ。

 そのため息の次に口から出た言葉に俺は驚いた。


「私はね……一応だけど感謝してるのよ」

「……はい?」


 自分の耳を疑った。


「私が何者であるかを知ってるのは赤草先生とあんただけ。家族も知らないわ。家では極力、愛される『アリナ』のような振る舞いをしてるから。この世で2人だけなのよ。言いふらすものでは無いけれど、本当の私を知ってるってだけで少しは気が楽になるものよ」


 らしくない言い回しに困惑した。

 こいつが感謝するなんて明日は核戦争か? だがふざけているわけでもなさそうだ。

 彼女は淡々と続けた。


「私だってなぜ『私』が生じたのか知りたいわ。日羽アリナとは完全に別なのか、それとも日羽アリナの一部なのか。記憶の欠如もあるし、記憶の共有もできない。きっと日羽アリナとはまた異なる人格なんだと思うわ。誰からも愛されることはない」

「誰からも愛されないからみんな嫌いってか?」

「どうかしら。無意識のことなんてよくわからないでしょ。意識できないんだから。でもあんたに対して、ほんの少しだけ寛容になってしまうところは——」

「寛容だと?」

「——忘れて。とにかく、感謝はしてるってことよ。ムカつくけど、私にとってあんたは特別なのかもね」


 なぜか彼女は自虐的な笑い方をした。自分が愚かしい、惨めだ、とでも言いたげな弱々しい笑みだった。その表情は垂れた前髪がすぐに覆い隠した。

 

 俺にとっての日羽アリナとは目の前にいる女子高生だ。

 保健室で会った日羽アリナは俺にとっては他人だ。

 

 俺は、どちらを救おうとしているんだろうか。


 



 テニス部の本日の活動が終了したと同時に俺とアリナも解散することにした。

 秋が色濃くなってきているから太陽の沈みが早い。

 寒気に身を震わせながら薔薇園へと向かおうとしたとき白奈に呼び止められた。

 歩みを進めるアリナに声をかける。


「アリナ、先行っててくれ」

「地獄で待ってるわ」

「せめて天国で待ってろよ」


 アリナが離れたのを確認してから白奈に向き直る。


「キツイ修羅場だったな」

「拓くん大丈夫かな。メンタルやばそう」

「あれだけこてんぱんにやられたら自信喪失してもおかしくないな」

「なんか迷惑かけちゃってごめんね。あの、気になったんだけどね」

「ん?」

「アリナさん、どこで彗を待ってるの?」

「What are you talking about ? 」

「先行っててくれって言ってたけど……」


 これはまずい。はぐらかそう。


「俺の名前は榊木彗」

「アリナさんと彗は放課後にあそこで何してるの?」

「高校生探偵だ」

「ちゃんと答えてよ」


 最適な言い訳がひらめかない。しかしアリナの為にもこれは秘匿し続けなければならない。

 そうだ、他の話題をふって忘れさせるしかない。


 女子高生が聞いて興味を引く内容を考えろ。女子高生に関連づけられるタグを考えろ。

 女子高生、スイーツ、化粧品、恋愛、スカート、太腿、胸、肌、横顔、指先、目──後半から俺の性癖しか出てこねぇ。


「白奈。ナメクジって砂糖でもとけるんだぜ」

「ん?」

「ダメか」


 キョトンとする白奈。しかし数秒で元の表情に戻る。


「やっぱりアリナさんと彗って付き合ってたんだね……」


 なぜそうなるのか。

 俺は嘘をつくのが下手な人間だ。はぐらかし続けても、きっと俺からアリナとの関係を話してしまう。アリナへの悪影響を考えて秘密にしてきた、すべての努力が霧散する。

 いや、そもそも白奈に言っても問題ないのでは? 

 ダメだ、リスクは冒せない。


 そのとき榊木彗は神のお告げを賜った。


 付き合う、という単語から脳内で電気が走った。

 女子高生は恋愛に弱く、そして甘く幻想的な恋を求めている。恋はどんな洋菓子よりも甘く、紅茶よりも心温めるものなのだ。

 俺はそれを利用することにした。


「白奈」

「んー?」

「俺は中学の頃、お前が好きだった」

「え――」


 勿論、白奈を好きになったことはない。LOVEの方でだ。断じて彼女に魅力がないということではない。俺の好みはどちらかと言えばアリナのような美形なので方向性が違う。

 俺は強く目を閉じ、瞼の裏でアリナを黒く塗りつぶした。このタイミングで頭に浮かんでくるんじゃねぇ。

 

 白奈はトマトのように紅くなった。俯いて黙り込んでしまった白奈に背を向け、俺は敵の降伏宣言を聞き、全身の骨で勝利を謳う兵士のように身を震わせながら左足を一歩踏み出して歩み始めた。

 俺は勝ったのだ。

 屈せず、アリナとの情報を守った。奨励金が出てもおかしくないレベルのはずだ。


「待って」


 白奈が呼び止める。

 おいおい、白奈。王手で待ったをかけるのは戦の理念に反すると知らないのか。


「実はわっ、私も彗が、す、好きでした――」


 9月の仙台。

 さざ波のような、小さな春が吹いた。

 波木白奈の告白はそれはそれは美しいもので、はじめて青春というものの匂いを俺は感じた。

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