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わたしの愛した彗星  作者: 水埜アテルイ
彗星の物語
14/105

第13話 二輪の薔薇

 いや、いやいやなんだなんだ。

 ほぼ毎日会ってただろうが。それがどうして「はじめまして」になるんだ。


 実はアリナには双子がいて、片方が俺をからかっている? 


 であるならばアリナは見習え。こう振る舞えば素晴らしい美少女として名を馳せることができる。毒舌キャラより十中八九いい。


「いや、はじめましてってなんだよ。まぁ出来るなら俺だってはじめまして以前の関係に戻りたい気持ちはあるけどな」

「……ごめんなさい、傷つけてしまっていたのなら謝ります」

「今日はやけに噛みつきませんね。どうかいたしましたでしょうか」

「わっ、私はあなたに噛みついたりしてたんですかっ!? 本当にごめんなさい!」


 アリナは椅子から立ち上がろうとした。


「おいおい待て、待てって! 座ってていいから! どうしちまったんだよ!」


 日羽アリナは完璧な美少女に進化していた。

 性格がつい数分前と真逆になっている。元のアリナが唐辛子なら今のアリナはアイスクリームだ。そのくらい180度性格が違う。なんだこの究極の美少女感は。

 この状態のアリナが教室にいれば男の間でアリナ争奪戦争が勃発するだろう。仁義なき泥沼の戦いの中で愛を叫び続ける。きっと真琴も再び告白する。


「彗くん、彼女がアリナさんです」

「先生、もしかしてドッキリってやつですか」

「彼女が本当の日羽アリナさんです」

「哲学的な話っすか? アイデンティティとかそういう……」

「それに触れることかもしれませんね。実を言うと、彼女は二重人格、解離性同一性障害なの」


 二重人格。

 俺は初めて現実のものとしてそれを知った。


 先生はアリナを保健室に残し、俺を連れて廊下に出た。

 そしてアリナについて語り始めた。

 赤草先生は精神医学の経験から、彼女と接するうちに二重人格であると気づいたらしい。


【日羽アリナは2つの人格を持っている】


 1、基本人格である今の優しいアリナ。

 生まれてからずっと備わっている人格——日羽アリナそのもの。


 2、俺がずっと話してきた主人格である毒舌のアリナ。

 ある時期から生まれて、長い時間、精神の主導権を握っている人格。

 

 日羽アリナが高校に入学した時点で彼女は二重人格者だった。

 知ってる者はおらず、健康診断書にもそのような特記事項はなかった。

 何らかの原因で『基本人格のアリナ』の前に『毒舌アリナ』が立ち続けている。それがアリナの現状だった。


「彗くんにアリナさんの更生をしてほしい、と言ったのは元のアリナさんが表に安定して出てくる状態が望ましいからです」

「それって今の状態じゃないんですか?」

「彼女が望めば交代できる。でもすぐに引っ込んじゃって、多分もう少しすれば交代するでしょう」

「どうにもできないんですか?」

「二重人格や多重人格の原因を完全に特定することは難しいの。なにせ物理的には見えない心の中の問題だから。過去の事例を見ると、精神的な自己防衛から生じることが多いとわかっています。現実から逃避したい強い願望も多くの要因です」


 俺は自分が何を聞かされているのかわからなくなりかけた。

 アリナに違う人格があるとか、俺が知っているアリナが本当のアリナじゃないとか、自己防衛だとか、部屋の中にゴミを巻き散らかされたみたいに考えるのをやめたくなる。


「……ちなみに、俺がアリナ更生に抜擢された理由はなんですか?」

「気の強いアリナさんは他人を拒絶して、無人にすることで目的を達成できてる。人格にもだいたい目的があって、理想の自分を作り出すために新人格ができるケースもある。アリナさんの周りから人が消えていけば、彼女の目的は達成され続けますよね。でも彗くんは消えない。彼女の罵倒で身を引いてしまうような性格じゃないことは彗くん自身がわかってるでしょう?」

「まぁそうですね。適当に冗談を投げ返しますね」

「彗くんは彼女の目的を達成できない存在ということになります」

「つまり、俺は毒舌アリナの『人を排除する』目的が達成出来ない邪魔者になる、ということですか」

「そう。だから全力で拒絶するでしょう。もちろん、アリナさん自身に『人を近寄らせない』という目的の自覚はないと思います。ただ、周りのみんなが大嫌いな女の子」


 俺はある考えが浮かんだ。


「じゃあこうは考えられませんか。あえて目的を達成させ続けるんです。いつも通り人を拒絶するってことです。そしたら『もう目的は完全に果たしたから私は必要ない』と思って、人格が――」


 消える、ってことになる。俺が知るあのアリナが消える。

 口から言葉が出なくなった。先生は代わりに言葉をつむいだ。


「そうやって解決することもできるかもしれません。でも人を拒絶し続けた先で待つとても孤独な環境に、あの穏やかなアリナさんを1人放り投げるのはとても酷なことだと私は思います。私は、人を受け入れられるようになるのがベストだと考えています。少しずつ、彗くんを通して」


 つまり野良猫と飼い主の関係のようなものか。

 最初は嚙みつかれたり引っ掻かれたりするだろうが、どこかで心を開いてくれて受け入れる。そのタイミングで元のアリナが戻ってくるということだろう、と。


「先生、じゃあ口の悪いアリナは……いつか永遠にいなくなるってことですか」


 先生は指を3本立てた。


「二重人格者の結末はだいたい3つあります。

 1つ、別人格が完全に眠り、元の人格だけになる。

 2つ、別人格と統合し、単一の人格になる。

 3つ、別人格に乗っ取られ、元の人格は永遠の眠りにつく」

「人格の共存はないんですか……?」

「可能ではあるけれど、共存は社会で生活を送ることが難しくなる場合が多いの。生活の不連続性です。人格を交代しても記憶が継続しているわけじゃないから、突然目を覚ましたら知らない場所にいた、知らない人が目の前にいた、なんて生活が日常茶飯事になれば、最悪、犯罪に巻き込まれてしまいます」


 話を聞いて、俺が関わっていることは相当重いとわかった。

 1人の少女を救うことになるが、同時に1人の少女を消すことになるかもしれない。


 俺が今まで接してきたアリナがいなくなる。


 毒舌アリナを悪としては見れない。そもそも善悪なんてない。そのアリナだって主人たる人格を守るために生まれたんだから、悪もクソもねぇ。

 俺にとってのアリナは性格最悪のアリナだ。憎たらしいが寂しい気持ちになる。

 


 保健室に再び入る。アリナは窓際でたたずんでいた。

 彼女が振り返って目が合う。世界に不満を抱いているあの表情。知ってる顔だ。いつもならやれやれという気分になっているが、今回は安堵した。


「その緩んだ表情、とても醜いわ」

「それが褒め言葉に聞こえちまう」


 先生が間に入った。


「彗くん、ごめんなさいね。もう帰っていいです」

「あー、オーケーっす」


 保健室の掃除とか整理とかが口実だってのは途中から気づいた。

 もう一度、指針を定めよう。アリナを傷つける結果になってしまうのは避けたい。


 俺とアリナは校舎を出た。


 2人で歩く。無言が続いた。

 何か言わないと思って焦る気持ちが募る。だが何を話せばいい。


「今日は悪かったわ」

 

 アリナが口を開いた。予想外の謝罪に立ち止まる。こいつが俺に謝るなんて信じられなかったからだ。


「あんたには話しておく必要があると思っていたから、今日は先生に協力してもらったの。隠していてもいずれバレるのはわかってたから」

「……本当に人格が2つあるのか」

「そうね」

「どんな感覚なんだ? 人格が変わるってのは」

「さぁ」


 答えたくなさそうだからやめておこう。

 というか俺も情報を整理するために落ち着きたい。あまりにも急すぎるんだ、すべてが。

 校門に差し掛かったとき、俺は重大なことを思い出した。


「ああああ!」

「何よ、うるさいわね」

「妹の存在忘れてた! あいつどこいるんだ」

「あんた妹さん連れてきてんの? シスコンとか気持ち悪いわよ」

「違えよ! あいつが行ってみたいって言ったから、連絡連絡……」

「私帰るわ」

「あ、宇銀か……おい、なんで電話切んだよ!」


 繋がった途端に速攻で切られた。

 なんだ、もう宇銀はお兄ちゃん離れの時期なのか。

 妹思いの良き兄として頑張ってきたが、とうとうお兄ちゃん卒業か。

 

「おりゃあ!」


 タックルされた。

 得体の知れない肉塊が弾丸の如く、俺の腹に飛び込み、なぎ倒した。

 茂みから奇声をあげて飛んできたのは妹だった。


「何してんだ」

「驚かせるために待ってた! 流石に私を忘れて校門を過ぎようとした時はふざけんなって思ったけど気付いたから許す」

「悪い。すっかり忘れてた」

「そこのお方は?」


 妹の視線はアリナを向いていた。


「日羽アリナだ。危険生物」

「変なこと教えないで」


 アリナはいつもの調子で腕を組み、俺を睨みつけた。


「あなたがアリナさんだったんですね! 榊木彗の妹、榊木宇銀です。宇宙の宇に銀河の銀って書きます。中学3年生です!」

「そ、そう」


 意外にもアリナは一歩引いた態度だった。

 そういやアリナは同年齢にしかキツイ態度は見せないな。俺の妹もずっと「妹さん」って呼んでたしな。それにも何か理由があるんだろうか。


「ちょっと兄ちゃん兄ちゃん! アリナさんめっちゃ美人じゃん! これは激ヤバだよ! どういう関係なの!?」


 ガクガク俺を揺さぶる妹。


「なんもねえ! 前言った通りだ!」

「あんた妹さんに何を吹き込んだの?」

「何も吹き込んどらん! 大丈夫だ!」

「1年後にあんたが土に還ってるのが楽しみだわ」

「せめて校庭はやめてくれ。みんなに踏まれるのは勘弁願いたい」


 アリナはくるりと背を向け帰っていった。

 妹はアリナの背中を見て「威風堂々だ!」と感激していた。


 洗脳されてきているようなので後々治療しようと思う。

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