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Heroach ヒーローチ  作者: 堀岡玖哲/虚無夫
プロローグ
3/5

プロローグ③


息も絶え絶えに逃げていた男たちは、壁に背を預けて息を整えていた。

そこは小さな路地裏。奥には一時的に置いておくゴミ置き場とエアコンの室外機が並んでいる。


誰も入ってこないような辺鄙な場所だ、ひとまず安全だろう。


二人は肩をそろえてそう感じた。

ただ一つ懸念があるとするならば、ここが袋小路であることだ。

もし仮に、あいつが現れたら、逃げ出すのは至難の業だ。


まさかここが見つけられるわけがない。

そう思いながらも嫌な予感が拭えない運転手は、信じてもいない神に縋るように願った。



すると、上から何かが降ってきた。

項垂れている小男は気付いていない。



それは運転手の祈りによって遣わされた神の使者、天使だろうか――

否、同じ白でも全く違う。

天使がいたとしても、あそこまで邪悪な無垢色はしていないだろう。


運転手は諦観を抱きつつあった。

そこにいる純白からは、どう足掻いても逃げ出すことは出来ないのだ。

死刑囚のように黙って首を差し出すしかないのだ。



運転手の息を呑む様子を感じ取った小男は、何ごとかと前方を見る。


「うわぁ! なんなんだよォっ!?」


躍動とすらとれる動きで身体を震わす小男は、自分でも驚くくらいの大声で相手へと威嚇する。


「……それで? 次は鬼ごっこでもするか?」



――女だったのか。


今更どうでも良いことを、現実逃避のためか考えた。


それと同時に、二人は絶望を感じ取った。


話しが出来るということはコミュニケーションを図れるということであり、

むしろ希望を感じてもおかしくない場面だったが、実害を受けている彼らはそうは思わない。


コミュニケーションを取れる存在だというのに、あれ程の所業をにべもなくこなす様相に、恐怖をしていたのだ。



追いついた雨が、ようやくしとしとと降り出す。



「――っ! うぁああああ!!」


零れだした雨粒のように、止めどない感情が溢れ出た。

とうに我慢の限界だった。

小男は眼前の戦慄そのものに耐えうるだけの精神力を持ち合わせていなかったのだ。


雄叫びを上げながら、ナイフを構えて突進する。

車すら造作もなく止めるのだ。

たかが男一人、そよ風にも値しない。


運転手は嘲りを向けたが、しかしこれは良い案なのかも知れないとも思っていた。

あの化け物が奴に構っている間に何とか横をすり抜けられないだろうか、と考え始めていたのだ。

先程まで一緒に仕事をしていた仲間を、逡巡する間もなく囮にしようとしている。

けれども、そのために小男についてきた運転手にとって、気に病むような問題ではなかった。


小男のナイフを握りしめた腕が片手で難なく捕縛される。

相手は余った左手で小男の首を掴んでいる。


――今だ!


運転手は脇に置いてあったゴミ袋を握りしめ駆け出した。

男はゴミ袋を引き千切りながら力任せに投げ飛ばす。

中身が散乱し異臭を放つ生ゴミなどが二人目掛け飛散した。


首根っこを鷲掴み持ち上げている小男を、素早く盾として構える純白。

水気を含んだ生々しい音を立てながらゴミが小男の背中へとぶち当たる。


その小男の背中の陰に、運転手は潜り込んだ。

そして身を屈めたまま一思いに走り抜ける。


死角を突いた脱出劇に、我ながら見事だと胸中で感涙しながら、全力疾走で路地を駆ける運転手。



だが、突然左肩に激しい痛みが走った。それが純白の怪物の手だと気付くには、その痛みが邪魔だ。

上半身は左肩を始めとして、まるで空間に結わいつけられたかのように全く動かない。


しかし、走っていた下半身は急には止まれない。両足を投げ出すように前方へ振り上げ、男は地に尻をつける。



「うんざりだ、もういい……飽きた。これ以上余計な手間をかけさせるな」



純白の彼女は乱暴な口調で男に告げる。

左肩を押さえ、尻を引きずりながら後退する男は彼女を見る。


血も汚れも先程の生ゴミも何も付いていない、澄み切った白がそこにはあった。


奥を見ると、小男が芸術的体勢で転がっているのが見える。

何をされてそのポージングを取っているのか、想像することは難しかった。



「お、お前、なんなんだよ……!」


運転手は問うた。それは恐怖からだ。

未知というものは恐ろしい。知らないが故に痛い目を見たり最悪死ぬ場合だってある。


人はそれを本能的に拒んでいる。

つまり、その問い掛けは、運転手の生存本能から生まれたものだった。



「……どう見える。お前の目に、私のこの白はどう映る?」


彼女は本気なのか冗談なのか分からない風に言った。


「か……怪人! 怪人じゃないのか!?」


「ぶち殺されたいのか、お前」


今しがたの台詞とは打って変わって、その言葉には溢れんばかりの敵愾心が籠っていた。

きっとそれは本心なのだろう、と男は思った。



「……ってことは、ヒーロー……? ヒーローだってのか? ……おいおい、ヒーローだって!?」

「あっは、あっはっは……あっはっはっは! おいおいおいおいヒーロー様よ! なぁーに一般人を襲ってくれっちゃってんだよ! あん?」


男は勝機見たりと、一転攻勢の強気で彼女を言い詰った。

勢いを増し続けるこの雨のように、男の口調は激しいものへと様変わりしていた。


「ヒーローは一般人の事件に不介入じゃなきゃいけないはずだろう!? 何どっぷり関わっちゃってくれてんだよ!」


男は立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる。左肩の痛みなどこの際どうでも良かった。


この女のやったことは犯罪の中でも重罪に位置するものだ。

然るべき機関に通報すれば、女のヒーロー資格は剥奪――どころか怪人として討伐対象となるだろう。


男は絶対的な勝利を確信して、ポケットから携帯電話を取り出した。

この世界に住んでいる人間であれば誰でも――特に男性ならば尚更――知っている番号を入力していく。


しかし、純白の女は無造作に男の手から電話をもぎ取り、スナック菓子を思わせる軽さで握り潰した。



「……はえ?」


その行為の意味が分からなかった男は茫然自失としてしまった。

この女の弱点を突けば、勝利出来ると確信していたのだから。


だが、そいつは臆するどころか、むしろより邁進するように悪事を働いたのだ。

一体この大馬鹿者は何をしたいのだろう。


その行動の意味を一瞬の内に理解した男は、再び戦慄する。

通報されるのは通報する者がいるからだ。

通報する人間、目撃した人間がいなければ、その現実は闇へと消える。

やはり、この女は殺す気だ、ヒーローなんて嘘八百だ。


この女、間違いなく――、


「……ヒーローなんかじゃねえ! やっぱり怪人じゃねえか!」


男はがなる。

一瞬でも希望を持たせたことにやるせない怒りを感じて。


「さっきからヒーローだ怪人だヒーローだ怪人だ……うるせェ――なァ!」

「どちらにせよあんたの罪は変わらない。そしてここで私があんたを裁く、それも変わらない」


そんな些事にかまけてないで、自分の罪でも償ったらどうだ、

そんなことを言いたげな怒声を浴びて、男は少し下着を濡らした。


とは言え、男にとってはどちらなのかが重要なことだった。

一方であれば女の罪を逆に断罪出来る――その手立ては軽々しく粉砕して地に落ちたが――もう一方であれば、間違いなく死ぬ。



「な、なんなんだよお前! か、怪人なんだろ?」


「違う」


「はあ? じゃあやっぱりヒーローなのかよ!」


「ヒーロー……いや、あんたが想ってるようなソレじゃない」


「……? だ、だからお前は何なんだよ!」


要領を得ない女の回答に、男は恐怖より怒りを色濃くしていった。



「さあ? お前が知らないなら、私にも分からん」


「……は?」


普通逆だろう。

そんな突っ込みをしようかと喉元まで出かかったが、続けて女が喋り出したことで、男は口を噤んだ。



「でも、お前がヒーローだと呼ぶあいつらは、こう呼んでるな」


彼女は左手で男の襟を優しく掴むと、右手を固く握りしめる。

雨が痛いくらいに降っている。雑音が煩わしくてたまらない。


だが、不思議と彼女の声は、激しい雨音にかき消されることなく、澄み切った音として男の耳に届いた。


どちらでもない(ナイザー)、と」


男が殴り飛ばされ意識が途絶える寸前、衝撃と共に眩く光る霹靂が、一日の終わりを告げた。



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