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魔女騒動 ランプ売りの青年外伝5 魔女シリーズ3  作者: ふん


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第八話

「なによこれ……」

 チルカは静かな森での騒ぎを目の当たりにして驚愕していた。

 妖精達は巣をつつかれた蜂のように落ち着き無く飛び回っていて、それに驚いた小動物や鳥や虫たちまでもパニックになって森の木々を揺らしていた。

「はい! タッチ! チルカは脱落ね!」

 一人の妖精がチルカの背中を叩いて飛んでいくと、その妖精の背中を別の妖精が叩いて「あなたも脱落よ。アーモンドは私のもの!」と言いながら、タッチをかいくぐるように枝の多い木の方へ飛んでいった。

 アーモンドというこの森にない木の実の名前を聞き、原因はなにかすぐにわかったので、チルカはリットを探すために低く飛んで周囲を見渡した。

 すると、のんきに木に寄りかかっているのが見えたので、チルカは弓の名手に放たれた矢のように、一直線でリットの眼前まで飛んでいった。

「アンタ一人のせいで森がめちゃくちゃよ!!」

 森の薄暗さからすっかり眠っていたリットは、突然の大声に驚いて飛び起きた。

 周りになにも起きていないを確認すると、安堵のため息をついてからチルカを睨みつけた。

「めちゃくちゃにしてるのは、オマエのお仲間じゃねぇかよ……」

「アンタが原因でしょう! 妖精の白ユリが群生してるところに入り込んだりしてないでしょうね……。人間が踏んだ土じゃこの先何十年も花が咲かなくなるのよ」

「そう言えばそんな花だったな……。庭に咲いてるもんをわざわざ探して見ようとは思わねぇよ」

 リットが覚めきらない目を開こうとしたあくびと同時に、もう一つ小さなあくびも響いた。

「あーチルカちゃんだー。おはよー」

 ハイデマリーがリットの影から顔を出すのを見て、チルカはまたかと肩を落とした。

「ハイディ……アンタねぇ……どこでも寝るのやめなさいよ。寝返りに潰されても知らないわよ。重いだけじゃなくて臭いんだから」

「わかったよー……。でも、なんでこんなところで寝てたんだろう?」

「起きたらオレの話を聞くためだ。この森でチルカがなにをしでかしたのかをな」

 上空で行われている妖精達の追いかけっこに終わる気配がないので、リットはとりあえずハイデマリーにだけでも話を聞いておこうと思った。

「チルカちゃん? チルカちゃんはーとても博識な女の子ですよー。人間の男がどれだけ愚かで、劣っていて、マヌケなのかを説明してくれましたー。なかでもリットという男の人は、ハゲていて、醜くて、足も臭くて、パッパラパーらしいですよ。そういえば同じ名前ですよねー。もしかして親戚の方ですか?」

「……言いたいことは色々あるけど、後回しにしておいてやる」リットはチルカを睨みつけてから、ハイデマリーに視線を戻した。「人となりを聞いてるんじゃねぇよ。チルカがシルフになにかしたんじゃないかって話だ」

「シルフですかー? 精霊との交流祭はまだ先ですしー。あっ! そういえば、別の森にも噂を広げようとしてたのがあったよねー?」

 ハイデマリーに聞かれたチルカは、目を合わさずに「……ないわよ」と答えた。

「えーあったよぉー。ほら、そのリットっていう臭いおならぷっぷーする自然破壊する男を退治して、チルカちゃんの家来にしたってお話。――そうだー。その空気を汚す男を退治したから、シルフに好かれたんだよー」

 ハイデマリーは問題は解決したと、また草を丸めて枕にして寝ようとし始めた。

「……なによ」チルカはバツが悪そうに目を逸らしたが、すぐに居直ってリットを睨みつけた。「もっとひどい噂も流してるけど、私は絶対に謝らないわよ」

「気にすんな。おかげで良い解決方法が見つかったからよ。オマエに向かって屁をぶちかませば、中のシルフは出てきてどっか飛んで逃げるってことだろ」

「根本の原因の解決になってないでしょう。アンタの屁を浴びるだなんて絶対に嫌。それならシルフと添い遂げたほうがましよ」

「つーかよ、今シルフと分離したらどうなんだ? 家の中を出てこられたってことは、シルフが出ていけば問題は解決だろ」

「アンタ……そんなに私に屁を浴びせたいわけ? とんだ変態ね。だいたい、私の中に閉じ込めたのは魔女なんだから、グリザベルに聞きなさいよ。というか私が聞いてくるわ。そういうのは気付いた時にすぐ言いなさいよね」

 チルカは森まで人間を案内する必要なんかなかったかもしれないと、ブツブツ文句を言って去ろうとしたのだが、急にハイデマリーが大声を上げたせいで、びっくりして目の前の木にぶつかってしまった。

「そうだぁー! 魔女だぁー!」

「ハイディ……アンタの大声を久々に聞いたわ……。魔女なら、今パフィオペと話してるわよ。なんなら一緒に来る?」

「違うメリアちゃんのことだよー」

「メリアって『メリア・アルストロ』のこと? どうしたの? またなんかやらかしたわけ? 私が最後に見たのは、楽して色んな花からハチミツを採取するために、チョウとハチの仲を取り持とうとしてた時だけど。生態系を崩すなって、皆に泣かされるほど責め立てられたのに懲りてないわけ? ちょっと案内しなさいよ。私が強く言ってあげるから」

「わからないよー……」

 ハイデマリーがいきなり涙を浮かべ始めたので、チルカは何事かと慰めに飛んできた。

「ちょっとちょっと……どうしたのよ。別に羽をむしってやろうとかは思ってないわよ。でも、誰かが強く言わないと、あの子はやめないでしょう?」

「違うのー。メリアちゃんがどっか行っちゃったのー」

「なんですって! どこよ! どこに行ったの!! 今すぐ教えなさい!」

 チルカが慌てふためいたのは、メリアが森を捨てたかも知れないからだ。エルフが森を捨てると、太陽神の加護を受けられなくなりダークエルフになるが、妖精が森を捨てるとどうなるかわからないからだ。

 妖精やエルフが『森を捨てる』というのは、その生活をやめるということであり、リットに同行してうろちょろしてたチルカは故郷の森を出ているだけであり、行く先々で森の世話をしていた。

 森というのは一つにつながっているもの。世界をめぐる風に吹かれ、世界を旅する雨雲により命を与えられるという考えがあるからだ。

 もし、皆から責められたことにより、自棄になって森を捨てた妖精がいるなら一大事だと、チルカはメリアという妖精の行き先を聞き出そうとしているのだ。

 だが、何度聞いてもメリアの答えは「わからない」だけ。最後に姿を見たのはかなり前のことだという。

「ちょっと! アンタも探しなさいよ! 森中をひっくり返してでも探すのよ!!」

 チルカはぼけーっと話を聞いていただけのリットにも手伝わせようとするが、リットは足を動かすことはなかった。

 仲間思いのチルカはパニックになっているが、無関係なリットは冷静そのものだったからだ。

「なんだって、魔女でそのことを思い出したんだよ」

「メリアちゃんが魔女と名乗る人間の手伝いをしてたからですー」

 ハイディが鼻をすすりながら言うと、飛んでいたチルカは力が抜けてフラフラと落ちてきた。

「十中八九それが原因じゃないの……なんで言わないのよ……」

「聞かれなかったからー」

「あー! もういい! とにかく魔女に文句を言ってやるわ! 来なさい!」

 チルカに両手で頬を握り掴まれたので、リットはチルカの飛ぶスピードに合わせて走るしかなかった。



 元の場所へと戻ったチルカは「このポンコツ魔女! 私の仲間になにしてるのよ!」とグリザベルの横を通り過ぎた。

 その時に手を離したので、リットはグリザベルに体当りするようにぶつかってしまった。

「こら、なにをするか!」

 グリザベルはリットに押し倒されたままチルカを怒鳴りつけた。

 チルカはすぐさまリットの頭に降り立って、怒りに地団駄を踏んだ。

「聞いたわよ! 魔女が私の友達を連れ去ったって!」

「我も今その話をパフィオペから聞いたところだ。メリア・アルストロという妖精が姿を消したのだろう? そして、その数日後にチルカがシルフに追いかけ回されるようになったと」

「……そうなの?」

 チルカは急に冷静になり、パフィオペに聞いた。

「そうです。メリアの姿が見えなくなってから、チルカの元へシルフが現れたと記憶しています」

「なんで早く言わないのよ」

「チルカがその人間の家へ行っている間に、こっちで調べたからです。光落としにも現れず、お茶会にも現れない。精霊との交流の準備も始まろうというのに、戻ってくる気配がないのです」

「きっと魔女に捉えられているのよ! 魔女なんて欲望の塊なんだから!!」

 チルカに指を差されたグリザベルは否定に首を振った。

「それは違うぞ。魔女にとって妖精とは尊敬すべき種族の一つだ。ディアドレが妖魔録を書いたように、魔女と妖精は深い歴史を持っているのだ」

「そっちが勝手に紡いだ歴史でしょ。こっちにはアンタらのことなんてなんにも伝わってないわよ」

「いえ、そういう噂話は伝わっていますよ」

 パフィオペがグリザベルを擁護すると、チルカは話に水を差すなと怒った。

「そこは問題じゃないの! 問題はメリアがどこに行ったかよ!」

「うむ……それなのだが……我らが捜索を引き受けることになった。相手が魔女ならば、交渉相手として我が適正だからな」

「あら……そうなの?」

 グリザベルが助けに行くと聞いてチルカはようやく落ち着いた。

 なんだかんだグリザベルとの付き合いも長いので、悪いことをしないことはわかっているし、色々なことが出来る魔女だとは認めているからだ。

「そこでだ。チルカには先にリットの家へ戻ってもらうことになった」

「なんでよ……」

「それはだな……言いにくいのだが、こんなに時間がかかるものとは思っていなかった。チルカの問題とメリアの問題を同時に解決する時間はないのだ。運が良ければ、リットの家まで転送されるかもしれないが……。運が悪ければシルフの力が膨張した結果。チルカの体は四散して粉々に砕け散ることになるだろう。他にもいくつも最悪な結末はあるが、聞きたくはないだろう?」

「ちょっと……グリザベル……」というチルカの声は、明らかに今の話を聞いて怯んでいた。「安心安全だって鳴き声のように何回も言ってたでしょう」

「それは我が一緒にいる場合だけだ。パフィオペから話を聞いた限り、シルフが入ったチルカを連れて行くのは危険だと判断したのだ。リットの家は安全だ。あそこなら再びシルフが分霊になっても、なんの問題もない。外からの魔力の影響を受けずに、独自の空間を持っていたからな」

 チルカはため息をつくと「僅かな自由だったのね」と見納めのように森を見渡した。

「安心せよ。メリアの件が終われば、すぐにチルカの問題に取り掛かる。それでいいだろう?」

 チルカは取り敢えずメリアが助かるならと了承した。

「いいけど、すぐにしなさいよ。お酒も食事もなし! 当然魔女の長話もなしよ!」チルカは迅速にと釘を刺すと、妖精達に向かって「行くわよ」と声をかけた。

 しかし、反応はない。

「ちょっと、あそこの森は今誰もいないのよ。森を捨てる気?」

 あそこの森というのはリットの家の庭のことだ。

 変な魔力が流れてきたせいで、妖精達はみんな迷いの森へ逃げ帰ってきたのだ。

 今の雰囲気は不気味だからとごねる妖精を、チルカは無理やり引っ張っていくと、管理させるために帰り支度を始めた。

「され、我らも用意をしなければチルカに怒られてしまうな」

 グリザベルは乗っかったままの動かないリットを避けると、パフィオペと最終確認のために話を始めた。

「旦那ァ? 聞いてましたかァ? 今度は妖精探しですって。生きてます?」

 ノーラは地面にへばりついたままのリットの頬をつっついた。

 チルカにつねられていたせいで頬は真っ赤になっており、優しくノーラの指先が触れるだけでもヒリヒリと痛んだ。

「今は一歩も動けねぇよ……どんだけ森の中を走らされたと思ってんだ……」

「口を挟む気力もなかったみたいっスもんねェ。でも、とにかくそういうことなんで、旦那も用意したほうがいいですよ。なんでも、面白な水たまりに行くみたいですからねェ」



 リットはノーラが適当なことを言っていると思って、話半分で聞いていたのだが、案内役のハイデマリーに案内されたのは紛れもない水たまりだった。

「この水たまりは『万年水たまり』なんですよー。川は遠く、水源もなく、雨も当たらない場所。でも、ずっと水たまりになったままなんですー」

 ハイデマリーは危険がないと、水たまりに手を入れてパチャパチャ水をはねさせた。

「それで、ここに来てどうすんだ? 出だしから泥水をすするつもりか?」

「最後にメリアを見た妖精の話では、この水たまりに消えていったらしい」

 グリザベルの話にハイデマリーも頷いたので、その話が事実だとわかったのだが、リットの目にはただの水たまりにしか見えなかった。広さはかなりあるが、底も見えている程度の浅さしかない。

「で? どうすんだ? 突っ立って眺めてるのか?」

「待っておれ……心の準備というものがあるのだ」

 そう言ったグリザベルの口元はにやけていた。

 妖精と深く関わるの話は、ディアドレが書いた妖魔録を何度も読んだ。そして、シルフが関わっているということは、同じくディアドレが書いた精魔録のように、精霊と関わり合いをもつ魔女がこの先にいるかも知れないからだ。

 デルフィナの時のように、新しい世界に触れられるかも知れないとワクワクしていた。

「いいから行けよ」と急かすリットも気にならないほどだ。

「では――いざ!」

 グリザベルは小さくはねて水たまりに飛び込んだ。

 周囲に泥をはね。グリザベルは水たまりに立ったまま、無言の時間が流れる。

 なにも起こることはなく、黒いローブドレスの裾を泥で汚しただけだった。

「……これで満足したか? 推理ごっこは」

「おかしい……おかしい……」

 グリザベルは何度も飛び跳ねたり足踏みをするが、水たまりは水たまりのままだった。

 試しにノーラがやってみても同じだ。

「あのなぁ……泥遊びはゴーレムで散々やっただろうが……。こんな水たまりで遊んでる暇なんてのはな――」

 リットが水たまりを踏んで無駄なことをするなと言おうとした時だった。

 そこに靴底に当たるはずの地面はなく、まるで空気を踏み抜いたかのようにリットの体は傾いた。

 慌てて掴んだのはグリザベルの手。その時には、リットの体は既に水たまりに沈んでいた。

 同じく引きずり込まれるグリザベルはノーラの短い足を掴んだ。

 そして、グリザベルとノーラも同じように水たまりへと引きずり込まれてしまったのだ。

 残されたハイデマリーは「あらー……置いていかれちゃいましたー」と慌てる様子もなく、ゆっくり自ら水たまりへと入っていった。






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