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第七話

 チルカの案内で進んだ迷いの森の奥深く。一同は妖精達が集まる広場まで来ていた。

 広場と言っても妖精にとってのもので、リット達人間にとっては足の踏み場もない生い茂った森の中。

 リットが折れた苔むした大木に腰掛けた途端。三つの光が顔の周りに飛んできた。

「うそ! バカがきたの?」

「違います。ハゲですよー」

「聞いてなかったの? ブサイクが来たんだよ」

 まるでまとわりつくコバエのように、三人の妖精がリットの顔を様々な角度から見ようとグルグル回っている。

 リットが無言で顔の前を払いのけるが、散るのは一瞬で、すぐに戻ってきてあーでもないこーでもないと話し始めた。

「おい……チルカ。三つ数えるうちにどうにかしないと、ここに小便で書いたオレのサインをあちこちに残していくことになるぞ。どうやら有名人らしいからな……」

「しょうがないわねぇ……」

 そんなことをされてはたまらないと、チルカは三人の妖精に集合をかけた。

「いい? よく聞きなさいよ。この若葉のような緑色の羽明かりが『シプリア・ミルクトロリ』。で、アネモネのようなピンクの羽明かりが『ハイデマリー・パックンハウス』。最後にカタバミのような黄色の羽明かりが『フラウラ・フルーツミート』よ」

 チルカは一人ひとり羽明かりの色で説明するが、リットから見たら全員が同じ色でランプの明かりを反射させていた。

 チルカはよく見ればわかると言い、確かに目を凝らせば羽の付近の鱗粉は言われた色で反射しているように見えた。

「そもそも誰が紹介しろなんて言ったんだよ。追い払えって言ったんだ。そこのチビ、デブ、ノッポの三人組をな」

 リットはシプリアをチビと呼び、ハイデマリーをデブと、フラウラをノッポと呼んだ。

 一聴ただの悪口にしか思えない言葉だが、三人を見分けるための容姿にはぴったりと当てはまっていた。

「アンタねぇ……少しは私の顔を立てなさいよ」

「オマエといて腹以外立つわけがねぇだろ。コイツらにオレのことをなんて話してんだよ」

 チルカがなにか言うよりも早く、妖精三人が「バカ」「ハゲ」「ブサイク」と答えた。

 分が悪くなると察したチルカは「いいのよ、そんな話は」と強引に話題を打ち切ると、「妖精の庭に案内されたことを誇りに思いなさいよ。普通は妖精以外呼ばれないのよ」と恩着せがましく言った。

「そもそも、なんでこんな森の奥深くまで呼ばれたんスかァ?」

 ノーラの疑問はもっともだった。妖精数人に話を聞く予定だったのが、いつの間にか妖精の集いに招待されるということになっていた。

「知らないわよ。アンタ達に話があるみたいよ……その……あの……アイツが……」

 チルカは言いにくそうに言葉を濁した。

 それを代弁したのはグリザベルだった。興奮に鼻息荒くして、期待に目を輝かせている。

「まさか『妖精女王』と拝謁できるとはな……。妖精と魔女が暗い森で親交を深める。まるで妖魔録のようではないか」

 妖精女王という単語を聞いてチルカはがくりと肩を落とした。

「だから……妖精に女王なんていないのよ。人間と違って統治なんてしてないんだから……。持ち回りでやらされる管理責任者のことよ。どっかのバカが勝手に女王を名乗りだしただけ」

「最初に言い出したのはチルカちゃんだよー。最近つまんないから階級制度を用いるって」

 ハイデマリーが事実を言うと、チルカはこれ以上余計なことを言われると立場が悪くなると妖精三人を追い払った。

「まったく……どうしようもないわね」

「オマエがな」

 リットはどこにいても同じようなことをしてるんだなと呆れた。

「仕方ないでしょ。妖精の暮らしってのも退屈なの。同じ歌に同じ踊り、うわさ話だってずっと同じものだったんだから。人生には刺激ってものが必要なのよ」

「それで? 今は刺激を満喫してんのか?」

「ここまでの刺激なんて望んじゃいないわよ……」

 チルカはキッとリットを睨みつけた。

 リット達が妖精女王と呼ばれる人物に招かれたのは、チルカの中にいるシルフが原因だからだ。

 妖精の中に精霊を閉じ込めるなんて話は今までに例がなく、緊急事態だと判断して話し合いをするということになったのだ。

「だいたいよ……いつまで待たせんだよ」

 長い時間待たされているというわけではないが、遠巻きに妖精達から好奇の視線を浴びせられているので、リットは早く用事を済ませて森から出ていきたかった。

「知らないわよ」

 チルカはうんざりして言った。

「さっきから知らない知らないって、オマエの住んでる場所じゃねぇのか」

「あの女の考えてることがわからないって言ってるの……」

 チルカがため息をついた時だ。花茎で作ったラッパの音が響いた。

 音楽が風と共に行進するように近付いてくると、数人の妖精が上空へ飛んでいき、木の枝を切り落とし始めた。そして、日当たりを良くしたことにより光り始めた一輪の妖精の白ユリをリットに向けて、光の絨毯を伸ばした。

 草むらを分けて現れた妖精は異様な姿をしていた。

 孔雀のように何枚も羽の装飾を背中に背負い、そのすべての色は虹のように一枚一枚違っていた。

 様々な花で作られた花冠からは、鼻をつまみたくなるほどの甘く癖のある匂いが漂っている。

 妖精は飛ぶというよりも、その光の絨毯を歩くようにしてリットの目の前まで歩いてくると、姿勢良く立ち止まり、深々と頭を下げた。

「私の名前は『パフィオペ・ティタイム』。この森の妖精を統べる女王です。バカの王と会談の場を儲けられたことを大変に光栄に思います」

 パフィオペが悪意のない顔で笑顔を浮かべるので、リットはチルカを見て説明を求めた。

「……いい? 最初で最後にアンタに本気で謝っておくわ。アレ本気で言ってるのよ。アンタをバカの王だと思ってるの」

 パフィオペの性格は一言でいうと純真。疑うことをせず、なんでも信じてしまう。そのせいで、流されやすく乗せられやすい。誰もやりたがらない管理責任者を引き受けたのも、周りに囃し立てられてその気にさせられたからだ。

 そして、リットはどうしようもないバカであり、バカの国の王様だという悪意のある噂を信じて、失礼のないようにそれらしいような登場してきたのだ。

 ラッパを吹かせたのも、光の絨毯を歩いてきたのも、人間界の王はそういうことをするという聞きかじった噂が元だ。

 これが悪意に満ちていたり、からかったりしているのだったらチルカも便乗したのだが、こんななんでも信じるマヌケな身内がいる恥ずかしさからリットに謝ったのだ。

「オマエの美学がわかんねぇよ……どっちにしろバカにしてんじゃねぇか」

「こっちもバカにされるのがわかってんだから、こっちの態度もでかく出来ないでしょう」

「まぁな。ここの妖精をいっぺんに蔑むジョークが出来たんだけど聞くか?」

「……聞かないわよ。そんなことより話を進めなさいよ。私の中にシルフが入ったことによって、なにかあるから人間をここに呼んだんでしょ」

 チルカはパフィオペの隣まで飛んでいくと、二人を取り持つように話題を振った。

「そうですね……これは大変な話なのです。よく聞いてください」パフィオペは真剣な眼差しをリットに向けた。「これから、どうなるかわからないのです」

「そんな凄い力が働いてるってことなのか?」

 リットはグリザベルの顔を見た。もしも、そんな魔力変化があれば、魔力解析に長けたグリザベルが気付くはずだからだ。

 返ってきた答えは、疑問に首を傾げるだけ。

 シルフが作り出した分霊の力はとても弱いものだ。まともに話すことも出来なかったのもそのせいであり、そんな力がチルカの中に留まっていたとしてもなんの影響もないはずだと説明した。

「ですから、どうなるかわからないのです」

 パフィオペの言葉は同じものだった。

「あのなぁ……こっちは答えを言えって言ってんだよ」

 リットが凄んでパフィオペに顔を近づけると、チルカが「脅すんじゃないわよ」と頭を叩いた。

「何度も言いますが、どうなるのかわからないのです。私も答えを知りたいのです。シルフの力が入ったチルカはどうなるのですか?」

「……漏らすまで脅していいわよ」チルカは落胆した後、今度はパフィオペの頭を叩いた。「アンタね! わからないなら、なんで人間をこんな森の仲間で入れたのよ!」

「わからないから聞こうと思ったのです」

「こっちはわからないから会いに来たのよ! あーもう……頭が痛い……」

 大声を出しすぎたチルカは酸欠になったかのように、頭がくらくらになっていた。

 そして、身を捩った時につい先程までいたリットの姿がないことに気付いた。

「旦那ならどっか行っちゃいましたよ。ここにいても時間の無駄だって」

 ノーラはついさっきリットを見送ったばかりだと言うと、チルカは慌てふためき出した。

「心配するな。妖精女王とは我が話そう」

 でしゃばるグリザベルの眼前まで飛んだチルカは「そういう問題じゃないのよ!」と唾を飛ばすと、ノーラにリットが歩いていった方角を聞いて追いかけていった。

 一瞬の静寂の後、グリベルは「さて、我が話を聞こうではないか」とパフィオペへ向き直った。

「そうですね。お話をしましょう」

 グリザベルが「うむ」とうなずくと、パフィオペは「はい」とうなずき返した。

「うむ……」

「はい」

「う、うむ……?」

「はい」

 お互いに話を切り出されるのを待っているせいで、一向に話が進まなかった。

「これは……逃げ遅れたみたいっスねェ……」

 二人から困った視線を向けられたノーラはリットについて行けばよかったと後悔していた。



 その頃、リットがいる方角では黄色い声が森に響いていた。

「きゃー! こっちこっち!」

「こっちよ!」

「こっちだってば。鈍いのね」

 妖精達はリットの周囲を飛び回り、手を叩いて名前を呼んでこっちへ振り向けと、からかって遊んでいるのだ。

 リットは無視をしていたのだが、そしたら今度は髪を引っ張り出すので、妖精を追い払うためにあっちを見てこっちを見てと、変なステップを踏む羽目になっていた。文字通り妖精に踊らされているのだ。

「いい加減にしねぇと、この森に火をつけるぞ……」

 リットの半ば本気の恨み節もどこ吹く風で、妖精達は「きゃーこわーい」と楽しそうにはしゃぎまわっていた。

「話を聞きたいって言ったのはそっちよ。聞きたかったら、誰か一人でも捕まえてごらんなさい」

 森を熟知した妖精達を捕まえるのはリットには不可能だ。

 あと一歩で手が届くというところまで追い詰めたとしても、足元には草を結んで作った罠があり足を引っ掛けてしまう。

 リットは妖精達に翻弄されまくっていた。

 四回転んで土を味わったところで、リットは怒りを通り越し、ようやく冷静になった。

 そこで作戦を変更しようと、ポケットから小袋を取り出し、開いて中身を妖精達に見せることにした。

 リットは「いいか? これはこの森では採れないナッツだぞ」とアーモンドを取り出す。

 チルカがしょっちゅう盗み食いをしていたり、森に持ち帰ったりしていたので、妖精の好物だということはわかっている。

 思惑通り、あちこちから歓声が上がった。

「今から殺し合いをして、生き残った一匹にだけやる」

 リットが手を叩くのを合図に妖精は全力で飛び回り始めた。

 当然殺し合いをするわけではなく追いかけっこだ。最後まで誰からもタッチされなかったものが勝ちと、勝手にルールを決めて全力で遊んでいる。

「アーモンドは私のものよ!」

「いいや! 私の!」

 そんな妖精達の声を聞いて、いつかチルカが言っていた娯楽がなくてつまらないと言うのは本当だったのだと思いながら、リットが地面に座ろうとすると、「大きなお尻につぶされちゃいますー」というのんきな悲鳴が聞こえてきた。

 リットのお尻の真下に隠れていたのはハイデマリーだった。

「人のケツの穴でも観察するのが趣味なのか? なら、森じゃなくて便所に住みつけよ」

「違いますよー。飛び回ると疲れるから、木陰に隠れてじっと待ってるんですー」

「オマエが隠れてるのは木じゃなくて、オレのケツだ」

「どうぞ、ハイディと。友達は皆そう呼んでいますからー」

「いいか、言いたいことが二つある。まずオレとオマエは友達じゃねぇ。次に……いつになったらそこからどけるんだ」

「そうですねーお昼寝がすんでからですかねー」

 ハイデマリーは細長い草をくるくると筒状に丸めて枕にすると、枯れ葉を一枚毛布代わりに羽織って目をつぶった。

 妖精が騒ぎに騒ぎ、今にもお尻の下敷きになりそうな状況で、マイペースにも寝ようとしているのを見て呆れたリットだが、絡んでこないだけマシだとずれたところに腰を下ろした。

「白ユリの場所には踏み込んでないでしょうね! なんで、誰もアイツを見張ってないのよ!」とチルカが飛んできたのは、それからすぐのことだった。

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