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第四話

「酒飲みのバカと乳好きのバカ……。脳天気なドワーフに、考えすぎで遠回りしか出来ない魔女……。私の味方はなんて頼りないのかしら……」

 チルカは集まった面々を見渡すと、力なくテーブルに横たわった。

「あららァ……言ってくれますねェ。そもそもなんでチルカはシルフに好かれたんスかァ?」

 ノーラが話はそこからだと言うと、グリザベルも深く頷いた。

「精霊に興味を持たれる人物というはいるが、そこまで好かれているのは見たことも聞いたこともない。せいぜい子供向けのおとぎ話くらいだ」

 チルカは「それは……」と、リットをちらっと見て口ごもった。

「オレの悪口だ。自分を棚に上げ過ぎて、下が怖くて降りてこられないんだとよ。羽のある妖精のくせに」

 リットは呆れて言うが、グリザベルは難しく眉を寄せて深いシワを作ると、うなりながら首を傾げた。

「それが原因とは考えにくいな……。話一つで精霊が振り回されるなどありえん」

「いいや、ありえるよ」ローレンがきっぱり言い切った。「話一つで振り回されるのが恋。そして、二人の話を一つに合わせるが愛さ」

 ローレンはグリザベルの手を握ろうと伸ばしたのだが、ミスティというヨルムウトル城にいた影メイドの姿がちらついて思わず手を引っ込めた。

 彼女は僅かな期間ではあったがローレンが深く愛を語った相手で、リットもそのことを知っている。

「軽薄なのか、律儀なのかわかんねぇな」

 リットが肩をすくめると、ローレンもまったく同じ動作で肩をすくめた。

「僕はいつでも真剣だよ。愛の言葉は気まぐれて言うようなものじゃないからね」

 二人の会話の意味を理解できないグリザベルは、その不可解なローレンの行動に首を傾げた。

「とにかくだ。今考えるべきは三つ。なぜチルカにシルフが付きまとっているのか、なぜ分霊が起きたのか、なぜこの家は魔力に閉じ込められているのかだ。わかったら各々動け。時間は待ってくれぬぞ」

 グリザベルはリズムよく手を叩いて、早く働けと急かした。

「急に仕切り始めましたねェ」

 ノーラはなにをしていいのかわからず、とりあえずリットの後ろへついた。

「頼られたから張り切ってんだろ。空回りってやつだ」

「聞こえておるぞ」

「よかった。聞こえてなかったら、わざわざ耳元まで言いに行こうかと思ってたところだ」

 リットは嫌味を言うと地下の工房へと降りていった。

「文句を言う割には行動が早いっスねェ。やることは決まったんスかァ」

「ずっと前から決まってる。まずはイミル婆さん家のランプの修理だ。いつまでも汚れの取れねぇヒビの入った火屋を使ってると思ったら、新品の火屋は老人の目には眩しすぎるんだとよ。だから少し曇らせて柔らかい光に変えるんだ」

「それなら、いつものようにオイルを調合したほうが早くないっスかァ?」

「オレが店を空けてる時にオイルがなくなったら困んだろ。そのせいで、転んで怪我なんてされたら……一生こき使われる」

「旦那ってば、素直じゃないんスから」

 ノーラはマッチを擦ると炉の中に投げ入れた。

 まるで火に巣食う魔物のように炉の中で炎が暴れ、一瞬で部屋の温度を上昇させた。

「そういえば……オマエのこの力。シルフに近いって話じゃなかったか?」

「らしいっスね」

 ノーラが能天気に答えるので、リットは肩を落とした。

「同じような力を使えるなら、なにかわからねぇのかって聞いてんだ」

「同じような力が使えるなら、今頃遠くの果物でも風に運ばせて食べてますよ。旦那こそ、いつものひらめきはないんスかァ?」

「あるぞ。この家に纏ってる力を利用すれば、一生精霊と関わらないで済むかも知れねぇ」

「そんなん無理ですって、関わらないようにしても大なり小なり関わってくるのが精霊っスよ。旦那が飲むお酒だって、私が食べるものだって、精霊がいるからこそ。いないと、闇に呑まれた世界みたいになるってグリザベルが言ってたじゃないっスかァ」

 あくまで個人的見解だが、グリザベルは精霊バランスが崩れ、精霊が存在できなくなった環境が『闇に呑まれる』というものだったのではないかということだ。

「そういうことだ」

 グリザベルは得意顔でなにか言いたげに口の端をひくひくさせて工房に入ってきた。

「前にも言っただろ。この工房は関係者以外立ち入り禁止だ」

「我は立派に関係しておる。お主が手紙で助けを求め、我に泣きついてきたのだからな」

 リットはこれは話が止まらないと諦めると、適当に耳を傾けながら火屋を作る準備を始めた。

 グリザベルの話とはいつもの魔法の話。しかし、今回は精霊師のデルフィナの元で学んだことも含まれており、単純に魔女事ということではなかった。

 魔力とは『四性質』を使った『四大元素』が基本となり、過去の魔女はさらに四大元素を使い四性質をパワーアップさせる『精霊召喚』という技術を生み出した。

 精霊召喚とは言わば人為的に起こす天変地異のことだ。今では使える魔女はおらず、前回のようになんらかの原因で精霊が暴走しなければ起きない。

 そして『闇に呑まれる』というのは、精霊召喚が更にパワーアップしたものとも、逆にパワーダウンしたものだとも考えられる。

 つまり、四性質や四大元素という概念が消えたものになったのだ。

 なので闇に呑まれたテスカガンドでは、普通の『火』は使えなかったし、川の『水』もなかった。『風』も吹かずに『土』は死んでいた。

 それは『無』であり、なにものでもないもの。そして、なんにでもなれるものだ。

 魔法の種とも言える。植えて、育つまでなにになるかわからない。四性質の元となるもの。

 それをグリザベルは『魔力の原点回帰』と名付けた。

 グリザベルが自信満々に言う理由は『ウィッチーズ・カーズ』と同じだからだ。魔力の器が少ない人間が魔力を使おうとすると、ウィッチーズ・カーズという現象が起こってしまう。

 これは魔力がゼロに戻ろうとする性質があるためだ。熱の魔宝石を使えば、ウィッチーズで起こるのは冷の魔力だ。そうして魔力を相殺する。

 闇に呑まれるという現象が、ウィッチーズ・カーズのせいだと言うことは最初からわかっていたのだが、今回デルフィナと話すことによって新たな疑問が生まれていた。

 無という精霊は存在するか否かということだ。

「わかるか? 無という精霊が存在するならば、ウィッチーズ・カーズという概念は変わってしまう。この世に砂漠があるように、海があるように、闇に呑まれた世界があるのは当たり前だったのかも知れぬ。なれば世界の変革を止めてしまったことになる。果たして正しかったことなのか……」

 グリザベルは何度も長い溜息をついた。息切れしたわけでも、炉の熱気で息苦しくなったわけでもない。今の話の反応を欲しがっているのだ。

 グリザベルの長話に、ノーラは付き合っていられないと店番に戻っていた。

 ここにいるのはリットとグリザベルだけ。

 反応を待つグリザベルに、声をかけるのは自分しかいないと、リットはまずため息を挟んだ。

「魔女が作り出した精霊かも知れねぇぞ。そのウィッチーズ・カーズでな」

 グリザベルは面食らって目を大きく開いたが、徐々に感心するように頬を緩ませていった。

「ほう……やはりお主の考えはおもしろい。新たな元素には新たな精霊が産まれるということか」

「そんな大した考えじゃねぇよ。何にでも持ち主がいるってことだ」

「つまり、ディアドレが生み出した幸エネルギー、つまり我が『カオス』と呼んでいた元素は、同時に精霊も生み出していたということか?」

「大した考えじゃねぇっていっただろ。この工房はオレのもので、邪魔な奴は出ていけって言ってんだよ」

 リットに仕事にならないと地下の工房を追い出されたグリザベルは、仕方ないと家の中をうろうろし始めた。

 やることがないわけではない。やるべきことをやっているのだ。

 片手にはいくつかの乾燥ハーブを混ぜて粉にしたもの。それをあちこちで燃やしている。

 これはグリザベル流の魔力の流れを詳しく見る方法だ。サラマンダーとノームの湖でやったように、今現在魔力はどう流れているのかを確認しているのだ。

 すると不思議なことがわかった。魔力は全方向からリットの家に向かって流れているのだ。

 だが、家の中の魔力はおだやかであり、外側は滞留する魔力によって壁になっている。

 まったく初めてのことにグリザベルは首を傾げるしか出来なかった。

 魔力が流れ込んできて出られなくなっているのなら、魔力は溜まるはずだ。しかし、ある程度溜まる以外は、どこかへ消えてしまっていた。

「なにかわかったかい?」

 ローレンは頭を働かせるには甘いものだと、はちみつ入りの紅茶をグリザベルに渡した。

 グリザベルは礼を言いカップを受け取ると「まるで魔力の器だ」と言った。「許容範囲外の魔力はなくなってしまっている」

「やはり僕の出番のようだね」ローレンは口元に笑みを浮かべた。「僕は許容範囲を超えた時の愛の受け入れ方も知っている。愛の精霊とは僕のことさ。魔女さん、僕のことも解明して……」

 ローレンはずいっと言い寄るが、グリザベルは紅茶を一口すすり「面白い……話してみよ」と見当外れの言葉を返した。

「僕は口説いてるんだけど」

「ならば、チャンスだ。我の興味を持たれてみよ」

 グリザベルは不敵な笑みを浮かべた。

 グリザベルとローレンは過去にヨルムウトルの城で出会っているが、その頃ローレンはミスティと戯れていたので、グリザベルの本当の性格を知られていなかった。

 なので、グリザベルもローレンには強気で威厳たっぷりの魔女として接することが出来るのだった。

 ローレンはそうまで言われちゃ腕が鳴ると、自分のことや渾身の口説きジョークをかましてみたのだが、グリザベルの反応はため息だけ。

 グリザベルは「つまらぬ男だ……」とかぶりを振った。「我の興味は愛の受け入れ方だ。今日範囲を超えた時のな」

「もうひとりの自分を作るんだよ。つまり、君専用の僕さ。君の言葉に頷き、君の耳に愛をささやく。僕は君という愛に縛られた奴隷」

 ローレンはそういうことだったのかと、グリザベルの腰に手を回した。遠回しに自分にアプローチをかけているのだと勘違いしたのだ。

 グリザベルは腰に回された手を振り払うことなく、余裕たっぷりの顔でローレンを見た。

「なかなか面白い話だ。だが――言うておくが、我の弟子に粉をかけたことを知っておるのだぞ」

 グリザベルは弟子だったシーナとローレンが手紙のやり取りをしているのを知っていた。

「もしかして……お姉さまって。グリザベル、君のことなの?」

「如何にも。シーナは我の弟子だった一人だ。それはもう大切に育てたな」

 ローレンはお世辞でも口説きの媚でもない、心底感心した「凄い……」という言葉を漏らした。

「当たり前のことだ。実力者が若者を育てるというのは」

「誰にでも出来ることじゃないよ。僕には君みたいな人が必要なんだ」

 あまりに真剣な顔と声色のローレンに、グリザベルも悪い気はしなかった。

 ――ここまではだが。

「君は巨乳を育てるスペシャリストなんだね! ミスティという胸のサイズを自由に変えられる影の女性だけでも凄いのに、弟子まで大きな胸に育てられるだなんて!」

「……マーの事を言っているのか?」

「シーナだけじゃなくて、マーという女性も? 君は弟子を二人も巨乳に育てたのかい。いや……自分自身を含めて三人。まさしく君は天才だよ。今すぐお城から特別報酬をもらって、巨乳に育て上げる研究を極めるべきだ。なんなら僕が掛け合ってもいい。いや、それより僕が研究資金を出すよ。家と宝石を全部売り払えば、少しは研究に没頭できるだろう? 大丈夫、僕のことは心配しないで。転がり込めるところはいくらでもある。もしも、巨乳のサンプルが必要だっていうなら何人でも紹介できるよ。サンドラっていうそれはもう見事な胸を持つ女性がいるんだ。まさしく僕の理想だよ。そうだ! 今からここに連れてくるから待ってて!」

 ローレンは一刻も早くと、長い前髪を風に流しながら走っていった。

 呆気にとられた呆然としたグリザベルは、道具を取りに工房から出てきたリットに「魔法の話をしてる時のオマエもあんな感じだぞ」と言われた。

「一緒にするでないわ!」



 そして、すぐにローレンはサンドラを連れて戻ってきた。

「浮気して、何日も雲隠れして、やっと姿を現したと思ったら、私に女を紹介するっていうの? 恋人のこの私に?」

 サンドラに睨まれたグリザベルは一瞬で涙目になったが、なんとか鼻水と一緒に涙も飲み込んだ。

 同じく睨まれたローレンは、まったく気にせずに笑顔で「そのとおりさ」と言ってのけた。

「へぇ、じゃあ聞かせてもらおうかしら。さぞ壮大な言い訳が出てくるんでしょうね」

「サンドラ、彼女が天才魔女グリザベル。そして、グリザベル。彼女が僕の理想の女性――サンドラだ」

 ローレンはサンドラの腰――というよりは背中から手をまして、少しサンドラの胸を強調させて揺らした。

 思いがけない紹介にサンドラは、思わず頬に手を添えて喜んだ。

「あら……もしかして私って勘違いを」

「勘違いじゃないよ。君は僕の理想の女性そのものさ。だからこそ、グリザベルに君のことを紹介したかったんだ。目に焼き付けてほしいって」

「もう……ローレン……恥ずかしわよ……」

「恥ずかしがることなんてないさ。グリザベルは僕たちの愛を器を知りたいんだ。だから――僕の器を君の愛で満たして」

 ローレンとサンドラがまるで見せつけるかのようにキスをするので、グリザベルは何を見せられているのかと混乱していた。

 一通り仲の良さを見せつけたローレンは「それじゃあ、楽しみにしてるよ。天才魔女さん」とサンドラと出ていった。

 サンドラは一人戻ってくると「勘違いしてごめんなさい。これから仲良くしましょう。私達良い親友になれるわ」とグリザベルの手を握って笑顔を見せてから戻っていた。

 いつもなら親友という言葉に反応をするグリザベルも、この時ばかりは混乱の波に襲われ、ただ呆然とするしかなかった。







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