第二十一話
グリザベルはキルオとアリアと保護ケースを囲みながら雑談していたが、リットの姿を見つけると立ち上がって呼んだ。
「ちょうどいいところに帰ってきたな」
「オレはそのセリフを聞いて、なんてタイミングが悪い時に帰ってきたんだと思ったぞ……」
三人が話してのは失われた植物のことに違いない。なにか新たな用事が出来たのは間違いないだろう。そうでなければ、ちょうどよくなんて言葉は出てこないからだ。
当然リットにもわかっており、今度は何を押し付けられるのかとうんざりしていた。
「虫だ」
グリザベルが種を見せながら答えだけ言うと、アリアが説明を付け足した。
「種が出来るというのは、何かが媒介しているということです。しかし、魔力で汚染された大地に生きていける生物はそう多くありません。そこで魔法生物か虫かというお話になったんです」
「魔法生物は汚染された大地で過ごすということはない。生命力が強いのは虫だ。荒れた地でも虫だけはいるように、魔力に汚染された地にも虫だけはいる。その虫が芽を出させるのに必要なのだ」
「ちょっと待てよ……オレはそんな話を聞いてないぞ」
リットは芽を出させるのに必要なのは、土を汚染させるデルージという酒だけだと聞いていた。
しかし、リットがいない間に準備を進めていたグリザベルの元へアリアがやって来ると、種の異変に気付いたのだった。こんなまん丸の形の種は自然界に存在しないと説明した。
普通は飛ぶために軽く平たくなったり、動物の毛につくように鋭くなったり、動物が食べやすいように小さくなったりしている。どれも種を遠くまで飛ばすためのにそうなっているのだが、この種は硬さだけを求めるかのように丸くなっている。
これは魔力濃度の高い場所でしか芽を出せないため、遠くにいかず真下に落ちるようになっているというのがアリアの見解だった。
丸い形は地面にめり込みやすようにだ。種が丸いと言っても地面はでこぼこしているので、遠くまで転がっていくことはない。何かに引っかかり、やがて雨にぬかるんだ土の中へと押し込まれていく。
その種を見つけるのは虫。これはデルージを作った時に必要だった『ミジミ』という虫がいるように、特定の魔力を感知して移動する虫が存在するからだ。
その虫が外皮を食べることにより、中の種が土に触れて芽を出すのだ。
「ヤッカを置いてきたのはお主だぞ。責任を持って、虫を探してくるのだ」
「今帰ってきたばかりだぞ……こっちは」
「我の知ったことか。回り出した運命。止めるも回り続けるも、運命が振ったサイ次第だ」
アリアが小さく拍手するのを聞いて、グリザベルが親交を深めようとして、カッコつけているのがわかった。
「ここにてグリザベルの七変化を見ているよりマシか……」
今までの経験からすると、これからのグリザベルのパターンは偉そうにして、泣いて、高笑いしての繰り返しだ。そんな状態のグリザベルにマニアまで出てきたら収拾がつかないと、リットはクリクルの元にいるヤッカを迎えにいくことにした。
リットがクリクルのいる塔まで行くと、「ちょうどいいところに」とヤッカが出迎えた。
「まさか……なんかやれってんじゃねぇだろうな……」
「ちょうどお湯が沸いたので、お茶でもどうですかという意味だったのですが」
「そりゃ本当にちょうどいいな。頼むわ」
リットは椅子にどかっと腰を下ろした。今日一日ずっとグリフォンに乗っていたので、ようやく地に足がついたような気持ちだった。飛ばせすぎたのか、グリフォンはリットを降ろすと威嚇するようにチューと強く鳴いて飛んでいってしまったので、今日はもう呼んでもグリフォンはやってこないだろう。
リットはようやく一息つけた。
「オマエをこんなところに置いていかなきゃよかった」
「そんな! 僕はものすごく感謝していますよ! ここで世界の広さを学びました。僕はどこにでも行けるんです。男だからというのは関係なく、魔女界を躍進しようと思います!」
「そっちはヤッカと違い、世界の広さを知って絶望しているようだな」
茶葉を持って戻ってきたクリクルはからかうように言った。
「オマエら魔女が好き勝手世界を広げるから、こっちにしわ寄せがきてんだよ」
「真理かもしれんな……世界を窮屈に思う魔女が増えてきているように感じる」
「よくぬけぬけと言えんな」
リットはクリクルもその一人だろと言いたげな視線を向けた。
「だからこそ余計にだ。私は箱庭の小ささを思い知った」
「箱庭で思い出した。おい、ヤッカ。ミジミみたいな虫を他に知らねぇか?」
「魔力に寄ってくる虫なら他にもいますが、魔法陣に寄ってくる虫ですか? 特定の地域に寄ってくる虫ですか?」
「地域だろうな。魔力汚染された土地にくるようなやつだ」
「それなら――……そんなのいるんですか?」
「それが回答ならゼロ点だ。オレが聞いてんだよ。なんか植物を育てるのに使うんだとよ」
「また植物を育ててるとは。……まさかお酒を作ってるんじゃないですよね?」
「だとしたら、もっと急かせてるに決まってんだろ。なんでも、過去に消えた植物を育てるには、その虫が必要なんだとよ。言っていいことかわからねぇから、オレから聞いたことにはすんな」
「それは『クロマガネ』という植物じゃないのか?」
クリクルは茶葉を落とすほど身を乗り出した。
「名前は聞いてねぇな。遥か昔の戦争中に魔力で変異した植物らしいぞ」
「やはりクロマガネだ。まだ種を持つ者がいたとは……」
「偏屈な植物学者だ。どこから盗んだのかも知らねぇけどな。そんな価値があるものなのか?」
「価値なんかあるものか、魔女が起こした厄災のうちの一つだ。マガネとは魔の金属のこと、植物を金属に変えてしまうほどの魔力が漂っていたなど、生物は皆死んだも同然だ。そんなもの闇に葬り去るべきだ。また、誰が興味を持って悪用するかわからんぞ」
クリクルに睨まれたリットは思わず身震いした。子供の顔で出来るとは思えない、強く刺すような瞳をしていたからだ。
「悪用なんて出来るかよ。一つしかなさそうだし、その一つも双葉を取ったらお終いだ」
「まったく……ことの重大さがわからん奴め……。いいか? その植物を復活させてしようと思っていることはなんだ? 説明出来るようなものか? 違うだろう。だからこそ扱いには細心の注意を払わなければならない。くれぐれも、その植物学者に研究をさせるな。魔力に汚染された大地は、各地にまだ残っている。万が一にも復活されては困るものだ。箱庭の中で済ませるんだ」
リットはマニアの姿を思い浮かべると、その言葉を心に刻んだ。
「心配もごもっともだけどよ。心配するなら、虫を見つけてからにしてくれ。そいつが外皮を食い破る必要があるんだとよ」
「魔力を喰らう虫か……。ヤッカ」
クリクルに名前を呼ばれるより早く、ヤッカは数冊の本を準備していた。
「魔女学からは故意に消されている可能性もあるので、普通の植物図鑑も用意しました。皆さん徹夜で頑張りましょう」
ヤッカはすっかりやる気になって腕まくりを始めたが、酒も抜け切らないままグリフォンであちこち移動したリットは、これから徹夜をすると聞くだけで気分が底へと落ちてしまった。
しかし、やらないことにはここへ来た意味も、ここまで来た意味もないのでしょうがなく本を手に取った。
「心配するな。一口で目も覚める茶を入れてやる」
「そりゃまた……心配なのは味の方だな」
「魔女薬に味を求めるな。しっかり集中出来るよう特別に配合したものだ。これでいくつ研究を乗り切ったことか」
クリクルが淹れたお茶はあからさまに異臭を放っていたが、ヤッカが躊躇いもなく飲み干して調べ物を始めたので、リットも仕方なく苦く不味いお茶を一気に飲み干して、長く続く調べ物をすることになった。
クリクルの持っている本は理解できなくとも、リットには興味深いものばかりだった。だが、肝心のクロマガネについて書かれているページはどの本にも存在していなかった。
なので、虫についての情報もゼロのままだった。
「婆さんよ……もしかしたら思い違いじゃねぇのか? 年を取ったら、まず自分の記憶を疑ったほうがいいぞ」
リットは一度も読んだ本にもう一度手を伸ばしたが、本を掴むことなく机に手を落とした。魔女薬の効果ですっかり目が冴えて、集中力が蘇ってきたので、読み落としはないと断言出来るからだ。
「……物忘れはそっちのほうが重症だろう。そっちこそボケたんじゃないのか?」
クリクルはリットを睨んだ。ヤッカには自分は弟子だと伝えていることを忘れたのかと。
幸いヤッカは本を読むのに夢中で、リットの言葉が聞こえていなかった。
「たしかに……最近椅子に座れず尻もちをついたり、手をつこうとして空振ったり、どうも体の調子がおかしい。まさか……体の中だけ年を取ったってことはねぇだろうな……」
死んだ森の見えない壁の中にある白骨化した魔女の死体を思い出して、自分の体にもなにか作用したのではないかとリットは不安になった。
「ないとも言い切れないが、普通に考えたら疲労だろう。ずいぶん休みなく働いているようだからな」
「おいおい……働いているなんて言ってくれるなよ。こっちに金は入ってこないんだぞ。タダ働きってのは奴隷制度のことだぞ」
「ならば奴隷同士仲良くしようではないか。こちらも金はない。それに、私とリットは随分共通点があるようだからな。仲良くするには十分すぎると思うが?」
「アンタらは本当に自分勝手な言い分を押し付けようとしてくるな」
「アンタらというの魔女のことか?」
「年寄りのことだ。仲良くするってのは、老後の面倒を見るってことだぞ。弟子でも取れよ」
「弟子を取るには、私の秘密も教えなければならないからな」
「いっそ言っちまえよ。そんでもって、探してる虫でも作ってくれ。そしたらヤッカを弟子に出来るし、こっちの欲しい物も手に入る。一石二鳥だろ?」
リットは投げやりに言ったのだが、クリクルは目をまんまるに開いて固まった。
そして、長い深呼吸を一回すると「そういうことか……」と呟いた。
「なんだよ、本当に作れるのか?」
「作れるとも。マガネに食いつくのは作られた虫だ。裏の歴史ならば、邪法に通ずるということだ」
魔女の歴史で、現代の魔女学にないものの殆どが邪法だ。
ディアドレも邪法に身を染めた魔女だが、物語風に本を書くことで後世に自分の考えを残した。殆どの魔女がその真意に気付けず、闇に呑まれるという現象はずっと解決されることがなかったのだ。
そして今回のマガネという種。これも歴史の闇に放り込まれたものだった。
魔力に汚染された植物というのは、魔女にとっては魅力的なものの一つに違いないからだ。それは人間で言う『金』と同じだ。
そして、金を掘るには道具がいる。
その道具が『虫』ということだ。
「魔力汚染などほいほい起こされたは困るからな。過去の魔女はこれを邪法とし、歴史の底に沈めたのだ」
「グリザベルも詳しいわけじゃなかったからな」
「グリザベルは魔力の解析に長けている。偶然辿り着いたのだろう。だが、偶然程度のものでは答えには辿り着けん。辿り着けるのは、理を外れ邪法に身を染めた魔女のみだ」
クリクルは腕をまくった。その腕は、過去に精霊に紋章を入れられた方の腕だ。
それは、もう一度邪法に身を染めることを意味するのがリットにはわかった。
「あの……どういう意味なんでしょうか……」
声を潜めているわけではないので、二人の会話はヤッカにも聞こえてしまっていた。
それは当然のこと。クリクルは、もうヤッカに隠すつもりはなくなっていた。
「騙して悪かった、小僧。私がクリクルだ。魔法生物を造るという邪法に心まで染まったことにより、私は魔女名は捨てた。もう私の名前が魔女の歴史に名が残ることはない。これより消えていく技術を、消えゆくままにするも、受け継ぐも好きにするがいい。だが消して目を逸らすな。この時の記憶を戒めに使え、魔女が滅びゆく様をな」
クリクルは覚悟を決めた顔で言ったのだが、ヤッカにはその熱量が伝わっていなかった。あまりにも急なことで、頭の中が混乱しているからだ。
リットは違った。クリクルが何をしようとしているのか、その結果どうなるのか、なんとなくだがわかっていた。
「婆さんよ……死に急ぐってのは若者の特権だぞ。年寄りがやるとただの急死だ。老後の面倒を見てくれる奴がいねぇからって、いきなり死ぬこたねぇだろうよ……」
「いいや、ここが死ぬべき場所だ。盟友だったボディマの弟子がやってきたのは、私に最後の禊のタイミングをくれたのだ。ワケを話せば、ここの面倒も見てくれるだろう。私に踏み出す勇気がなかったせいで、いくつものタイミングを逃してきたのだ。それにな……誰も死なずに解決出来るようなものでないのはわかっているのだろう? リット……貴様に誰か選べるか?」
クリクルに凄まれたリットは何も言い返せなかった。
精霊が消えることを選べば、いずれ天変地異が起きてたくさんの命が消える。
そうでなければチルカが、それも選ばなければクリクルが。
それは変えようのない事実だった。
リットが言葉を探すのに必死で黙っていると、クリクルは子供の顔で無邪気な笑みを浮かべた。
「死ぬ可能性が高いと言うだけ。運よく生き残ればもうけものだ。天変地異を食い止める賭けにしては上等過ぎる確率だろう」
「わーったよ……」リットはクリクルの覚悟を受け入れた。「頼ってきたのはオレだ。墓参りには来てやる」
「見かけによらず、優しい言葉もかけられるではないか。――さて、ヤッカ。今から私が言うものを用意しろ。いいな?」
まだ何一つ理解出来ていないヤッカだったが、二人の空気がただ事ではないのを感じ取ると、言われたとおり準備を始めた。




