第二十話
「ほんに魔女とは面白い……。これほどまでに、あちこちで才能を発揮しているとはな」
グリザベルは保護ケースを組み立てながら、今までに出会った魔女の凄さ改めて感じていた。
デルフィナ、ルードル、クリクル。三者三様の考えを持つが、その誰もが独創性を極め、唯一無二の存在へと昇華していた。
誰もが尊敬に値し、魔女の歴史に名を刻む人物であろうと、自分もそうでありたいものだと強く思い、その決心は顔にも出ていた。
だが、その誇らしげな表情は、リットの軽口によってすぐに崩れてしまった。
「今まで引きこもったから、他の魔女の活動に気付かなかっただけだろ」
「水を差しおって……。大体なんだそのザマは」
「なにって、久しぶりにあった友達と酒を飲んでんだ」
リットは壁にだらしなく寄りかかり、キルオと酒盛りをしていた。
話題といった話題は特になく、たまたま話題が切れたところにグリザベルの独り言が聞こえてきたのだった。
「まったく……うるさくて集中出来んわ。少しは役に立とうとか思わんのか」
「魔女のことはわからねぇよ。前にそれを組み立てた時だって、チルカの力を借りて組み立てたからな。覚えてんのは黒い木枠が重層魔法陣になってたことくらいだ」
「オレにはさっぱりだ。一度組み立て直して、高山植物を育てようとしたんだが、ただのケースになってしまって、なにも育てられなかった」
キルオの言葉は核心を突いている、グリザベルは何度も頷いていた。
「そうだろうな。近年の魔女が作った中でも、一、二を争う代物だ。これほど優れた魔女道具は、今後何十年も発表されないかも知れんぞ」
「そんなすげえのか? そんなぼろっちいもんが。……なんかつまみねぇか?」
リットは顔をしかめて言った。意味があるわけではない、果実酒が甘すぎるせいで口の中が気持ち悪くなってきたのだ。
「超小規模とはいえ、新たな空間を作り出せるのだぞ。それも精霊の力もなくだ。魔女の魔力で事足りるのだ」
「ほとんどの植物はこの砂漠で育てられるがな。天井代わりにしている特殊な植物の葉のおかげで、日差しも気温も湿度もコントロール出来る。特殊環境の植物を育てるなど、そうそうないことだ。……そういえば、このあいだ失敗作の浮遊大陸の植物でピクルスを作ったんだった」
キルオは立ち上がると、フラフラした足取りで棚を探し始めた。
「我は専門ではないので興味はないが、ここの技術は魔女も求めるものが多いだろう。品種改良というのは魔女学でも行われるものだからな」
「魔女学ってのは、最近すっかり胡散くせえ印象がついちまったな。……揃いも揃って世界を滅ぼそうとしてんじゃねぇかと思うくらいだ。つーかよ、失敗作を食わせるつもりか?」
「我を挟んでついでに会話するでないわ! さっきからややこしいにも程がある! この酔っ払いどもめ!!」
グリザベルは全然集中出来ないと声を荒らげた。
「なら早く組み立ててくれよ。それを組み立てて、よくわかんねぇ植物を育てたらお終いなんだろ。……まさか育つのに、これから何十年もかかるなんて言わねぇよな」
「必要なのは双葉だ。つまり芽が出るだけでよい。失われた植物を再び蘇るせるのは、今回限りで十分だ。下手に復活させてしまっては、世が乱れる可能性がある」
「マニア様が聞いたら発狂しそうな話だな。もったいないって。はたさてどうしたものか……」
キルオは医者なので関係ないが、マニアとアリアは失われた植物が再び咲くことに色々思うことがはずだと、今回のことをどう説明しようか悩んでいた
「元々が発狂しているようなもんだろ。アリアだってこの保護ケースをくすねた一人なんだから、今更ゴタゴタ言わねぇだろうよ」
「まるで盗賊みたいに言ってくれるな」
「違うのか?」
「払えたら払っていたに決まっている。払えないから、結果盗んだ形になってしまったのだ。まさか……その魔女が今でもこっちのことを探してるわけじゃないよな」
「さぁな、弟子の一人が八つ当たりを食らったくらいだ。なんなら、そいつに頼んで保護ケースを返してもらうか?」
「こっちだけが悪いみたいな言い方をするが、向こうもいい思いをしたことには違いないんだぞ。たんまり浮遊大陸の植物を持ち帰ったんだからな」
「魔女というのは浮遊大陸の植物を利用するからな」とグリザベルが口を挟んだ。「思うところがあったので、大事にならなかったのだろう。騒動は魔女界の中で収まっているからな」
「魔女ってよ、騒動起こしすぎじゃねぇか? ディアドレから始まり、グリザベル……オマエと会ったのも街灯が勝手に動くっていう騒動からだぞ」
「我に言わせれば、人間はもっと魔力について学ぶべきだ。魔宝石という技術が発展し、魔法が身近になったというのに、誰も根本に触れようとしない。上辺だけを知ったつもりになり、便利だとありがたがるのは愚の骨頂。そうだとは思わんか?」
グリザベルは嘆いた。ブラインド村の事件も、村民がもう少し魔法ということに触れていたのならと思うからだ。無知ほど怖がる。なので、雲に覆われただけなのに闇に呑まれたと勘違いするのだと。
「そういうもんだろうよ、人間全員が魔法に理解があるなら、今頃そこらが魔女だらけだ。だから、魔女は常識がねぇって言われてんだよ」
「そんなこと言われているのか!? 本当か?」
「オレが今言っただろ。総意だと思ったほうがいいぞ。魔女の常識ってのは、世間の常識じゃねぇんだ。非常識が嫌われるってのは世の常だ」
「もしかして我に友達がおらんのは……そのせいか?」
「グリザベル……そんなわけないだろ。オマエは鬱陶しいから友達がいねぇんだよ」
「そうか……よかった。我はてっきり……」グリザベルは胸に手を当ててホッとした。「って、いいわけあるか! どういう意味だ!」
「今のは、天才さん早く組み立ててくれって意味だ」
「騙されんぞ……」
グリザベルは恨みがましくリットを睨みつけつると、視線を移して再び保護ケースを組み立て始めた。
魔力解析が得意なグリザベルにとって、正解が決まっている重層魔法陣を完成させるには然程時間がかからなかった。
リットが茶々を入れなければ、もっと早く組み立て終わっていたことだろう。
「さすが魔女だな」というキルオの言葉に、グリザベルは自慢げに腕を組んでふんぞりかえった。
「なんのこれしき。さぁ、早いところ種を植えるのだ。刮目せよ、歴史が蘇る瞬間ぞ。既に終えた歴史芝居が再び幕を開ける。拍手はいらん。植物に学ぶのだ――失った歴史の声をな」
グリザベルの口上が最高潮になると、キルオがやんややんやと盛り上げた。
「よしきた! さぁ、植える土はどうする? ここには色々な土が揃ってるぞ」
キルオは準備万端だと拳を掲げたが、それと反比例するようにグリザベルは腰砕けになって、床に両手をつけて項垂れてしまった。
「すっかり失念していた……。植えるには魔力に汚染された土を使わなければ」
強い魔力が漂う中で育つ植物ということは、同じだけの魔力が含まれた土が必要になるということだ。
マニアに気圧され、魔女発明の保護ケースを見て興奮したせいで、グリザベルはすっかりそのことを忘れてしまっていた。
「歴史の芝居ってのは喜劇か?」
リットは呆れて言った。ここまできてそれはないだろうと。
「なにもしなかったお主に言われとうないわ……」
「実際問題どうすんだよ。保護ケースに魔力を流したら、そのうち魔力に汚染されたりしないのか?」
「魔力に汚染されるというのは、精霊が暴走するくらいの力が必要なのだぞ。空気に漂わす以上の魔力が必要なる。絶望だ……」
「酔いもさめるようなこと言うなよな……」
グリザベル一人の責任ではないのはわかっているが、リットもどうしていいかわからず途方に暮れそうになった。
「なんなら、もう一杯やるか? たまには酒で忘れるのも悪くないだろう」
キルオが酒をコップに注ぐと、気晴らしにとグリザベルは受け取った。
「リットではないが、飲まずにやってられんな……」
リットは「酒か……」とつぶやいた。
「お主は散々飲んだだろうが、我だって飲む権利はある」
「飲んでねぇ酒があるだろ。ウンディーネに作らせた魔女の酒だ。あれは魔力の形状変化みてぇなもんだろ? あれを土に染み込ませれば、土は魔力汚染されるんじゃねぇのか?」
「お主は……口だけじゃなく頭も回るな。言うとくが、これは褒めておるのだぞ」
「ってことは、答えはイエスってことだな。二日酔いのままでまたグリフォンか……。あいつがいるせいで、ここのところ行ったり来たりお使いばっかだな」
「贅沢言うな。グリフォンがおるから、素早く移動できるのだぞ。我は、他の準備をしておく。酒はお主に任せたぞ」
「前回から、旦那はすっかりグリフォンの御者っスねェ」
またなにか取りに来たのかと、ノーラは一旦パンを食べる手をとめてリットの顔を見たが、またすぐにジャム瓶にちぎったパンを突っ込み始めた。
「魔女から給金をもらいてぇくらいだ。そこの妖精からもな」
リットはチルカを横目で睨んだ。
ここに閉じ込められているのなんて嘘のように、優雅に暮らしていたからだ。
窓に近い棚の上に折られた太めの枝が二本。コルク栓のテーブルを囲んでベンチのように置かれ、その足元には花びらの絨毯が敷かれている。
植木には様々な植物が植えられ、コップには様々な花が生けられていた。
「アンタには私の苦労なんてわからないわよ。すぐそこに楽園が広がっているのに、私だけがそこに行くことは出来ないの……」
チルカは庭を楽しそうに飛び回っている妖精達に、窓越しの視線を向けた。
「なんなら医者に頼んで楽園に行ける薬でももらってきてやろうか? その方が手っ取り早い」
「相変わらず嫌な奴ねぇ……。嫌味を言う余裕があるくらい、ちゃんと動いてるんでしょうね」
「自分でもなんでこんなに働いてんのか不思議だ。とにかく邪魔だから棚の上からどけよ。中にある酒に用があるんだから」
「まさか諦めて、やけ酒するつもりじゃないでしょうね。私のピンチなのよ」
「ピンチなら、奈落そこに突き落として祝い酒だな。ウンディーネに作らせた酒だ。あれが必要になるんだとよ」
リットが棚の中から、『デルージ』という酒を取り出した瞬間。
「好き好き」と寄り添っていた妖精は、「嫌い嫌い」と離れていった。
「なんだよ……これを持ってりゃ精霊除けになったのか、もっと早く気付きゃよかった」
リットが瓶を持ってシルフに向けると、シルフは弓で狙われてるかのように酒から逃げた。
「アンタ……まさか……それで消滅させるつもりじゃないでしょうね……」
「精霊は消滅させねぇよ」
言ってからリットはしまったと思ったが、訂正するより早くチルカが詰め寄ってきた。
「精霊はってどいう意味よ! 私は? 私を消滅させるつもりなわけ?」
「そういう話も出たってだけだ。安心しろ、今軌道修正済みだ」
今黙っていたところで、どうせいつかは説明しないといけないことなので、リットはチルカに詳しい話を説明した。
話を聞いたチルカは、衝撃を受けて表情が固まっていた。
「信じらんない……アンタらの思いつきのせいじゃないの! アンタとグリザベルが私にシルフの分霊なんて入れるから、ややこしいことになってるわけでしょ! あーもう! 本当に信じらんない! バカなの? バカじゃないの! このバカバカバカバカ! バーカ!」
「言われてみたらそうだな」と、リットは肩をすくめた。「ちょうどゴーレムを使って精霊をどうにかしてきた後だったからな。我ながらいい考えだと思ったんだ」
リットはデルージを一旦テーブルに置くと、腹ごなしにノーラが食べているパンを一口分ちぎって食べた。
「私があれだけ嫌だって言ったのに……」
チルカの恨みがましい視線から逃げるように、リットはシルフに視線をやった。
「だいたいよ……。元の原因はコイツだろ。チルカの噂話を気に入って付きまとう事自体が変なのによ。逃げ込んだ先は、運良くも絶賛精霊と関わり中のオレのところだろ? 話がうますぎねぇか?」
リットが睨むとシルフは「好き好き」と顔面に抱きついてきた。
「それだけ、私の噂話が魅力的なのよ。でも……ほとんどアンタの話だけどね」
「オレの話じゃなくて、オレの悪口だろ。ったく……コバエより鬱陶しい」
リットはシルフを顔から追い払いながら言った。
「そうよ、悪い? 私が影で褒めた方が気持ち悪いでしょうよ」チルカの言葉にリットは確かにと頷いた。「……アンタもしかして、精霊に嫌われてるんじゃないの?」
「だとしたら、ありがてぇな。これ以上精霊助けは勘弁だ……」
リットは疲れたと椅子に座ろうとしたのだが、お尻の位置に椅子はなく床に尻もちをついてしまった。
「アンタなにやってんのよ……」
チルカが訝しげな視線を送ってくるので、椅子を動かした犯人じゃないのはリットにもわかった。
他にいるかと思ったが、シルフはずっとリットの見えるところを飛んでいるし、ノーラは夢中でパンを口にかっこんでいる最中だった。
「椅子があっただろ?」
「椅子はずっとアンタの隣でしょ。勝手に動いたとでも思ってるわけ?」
「オレが自分の家の自分の椅子を見間違えたってのか?」
「知らないわよ。疲れてるんじゃないの? 少し休んだらどう?」
チルカにしては珍しくリットをちゃんと心配した。
チルカの目にはリットがなにもない空間に、急に腰を下ろしたかのように見えていたからだ。
「飲み過ぎじゃないですかァ?」
ノーラはリットにちぎられないように、パンを頬にぱんぱんに詰め込んだ状態で言った。
「本当……アンタお酒くさいわよ。心配して損したわ……」
「ずっとグリフォンの背中の上だったし……。そのせいで足がふらついたのかも知れねぇな」
リットはさっさと用事を済ませようと、デルージを持って家を出ていった。
しかし、その体にふらつきの一つも訪れることはなかった。




