第十八話
「なるほどな……お互い似たようなことを聞いてきたってわけか」
家で合流したリットとグリザベルは、お互いが聞いてきた情報を出し合っていた。
「そこから導かれるのは一つ。もう一度あの死んだ森に行き、妖精と精霊の混じりものに会うことだな」
「そうだな。聞いてきたきことをいくつか質問すれば、どれにかに結びつくかもしれねぇ」
これからの方向性が決まったところで、グリザベルは急にソワソワとして視線をあちこちにさまよわせた。
「ところでだ……ヤッカの姿が見えぬようだが……」
グリザベルはリットから話を聞いてヤッカに会えるとワクワクしていた。彼は純粋に自分を尊敬しており、一語一句聞き逃すまいと真剣な姿は、師匠として嬉しい限りだったからだ。しかし、いくら長く話し込んでもヤッカが現れることはなかった。
「アイツなら置いてきたぞ。ここにいてもやることねぇし、婆さんの話し相手をしてた方が、何かと有意義だろうしな」
「お主は魔女から預かってきた弟子を、よその魔女に放り投げてきたと言うのか?」
「おいおい……言葉を悪くすんなよ。体よく厄介払いしたんだ。弟子の身に聞かせたくない話ばかりだろ」
一度は怒りを見せたグリザベルだが「確かにな」と納得した。「驚いたな。お主も色々考えて動いているのだな」
「そりゃもうな。もしヤッカが興味を持って騒動を起こしても、関わるのはもうゴメンだ。知らなけりゃ、バカをやろうとも思わねぇだろ」
「対処法を知らないのに、知りすぎるのは危険だ。いい判断だと褒めておこう」
「オレにも対処法の一つくらい教えとけよ。無駄にあれこれと教えやがって」
「お主は対処出来てるではないか」
「させられてんだよ」
「それが出来ぬ者がほとんどだ。誇ってよいぞ」
「アホらし……」とリットは立ち上がった。
「どこへ行くつもりだ」
「飲んでくんだよ。壁の魔力を解析するのにも準備が必要なんだろ? オレにやれることってのは、飲んだくれて愚痴をこぼすくらいだからな。明日出かける時には酒場まで起こしに来てくれ」
翌日、リットは二日酔いのままグリフォンの背中に乗せられ、リゼーネ近郊にある迷いの森へ、そこから妖精に案内されて、例の水溜りの場所へ、そこから空間移動して死んだ森を歩く。
透明な壁に守れた場所につく頃には、リットは息も絶え絶えで、ふらつくことさえ辛くなっていた。
「まったく……長距離移動するをわかってて飲みすぎる奴があるか……」
グリザベルはここにいても調査の邪魔になるので、中で休んでいろとリットの背中を押した。
リットは透明な壁にへばりつくと、紋章の入った方の腕を壁につけた。すると壁の感触は消え、前のめりに地面に衝突しそうになったが、寸前でメリアが風を起こして体を浮かせた。
リットの体はまるで羽毛になったかのように、ゆっくりと地面へと近付いていき、怪我の一つもすることはなかった。
柔らかい草の絨毯にまぶたが重くなったリットだが、メリアがすぐにやかましく騒ぎ立てたので目が冴えてしまった。
「もう……遅いわよ。本当に気を持たせるんだから」
「頼むから黙っててくれ……。耳元でキーキー喚かれると頭に響く」
「静かにするわ。当然よね。好きな人の頼みは断れないタチなのよ」
メリアは言葉通り黙っていたのだが、リットの頭に座り込み、楽しげに体を揺らして足をぶらぶらさせているので、鬱陶しいことこの上なかった。
「おい……」
「どうしたの? 私が恋しくなった? 大丈夫、ちゃんと離れずそばにいるわよ」
メリアは甘えん坊ねと、リットの頭をさわさわと撫でた。
「邪魔だから消えてくれ……」
その言葉に、メリアはショックに顔を歪めた。
「そんな事言わないで! 私に悪いところがあったら直すから! 捨てないでー!」
メリアがわんわんと喚き散らすので、リットの頭は金槌で殴られたかのようにぐわんぐわん揺れていた。
「二日酔いだ! ……つってんだよ」
リットは自分の出した大声にめまいを感じた。
メリアは「なんだ」ところっと表情を笑顔に変えた。「なら、隣りにいてもいいのね。……ねぇねぇ、二日酔いってどんな気分なの?」
「知りたけりゃ、自分で飲んで確かめろよ……」
「精霊だから飲むことは出来ないのよ。でも、この体なら飲んで二日酔いになれるかな? どう思う?」
「別に二日酔いになりたくて飲んでるわけじゃねぇよ」
「わかった! 聞いたことあるわ。心の穴を埋めてくれるってやつでしょ。言ってくれれば、私が埋めてあげるのに。なんなら穴を利用して新居も作っちゃうわよ」
メリアがあれこれと妄想を話していると、リットはグリザベルにこっそり呼ばれた。
こんなところで話も聞いていられないと、リットは力を振り絞って立ち上がるとメリアからそっと離れた。
「結論から言おう。この透明な魔力の壁は今すぐにでも壊すことが出来る」
グリザベルは透明な壁に手を触れながら言った。
「初めて手放しで天才だと褒めてやりてぇ……。今すぐ頼む。アイツの相手はもううんざりだ……」
「だが、そうすると中にいるメリアも消滅してしまう。妖精は元から死んでいるし、分霊は本体へと戻るだけだ。だが――」
「おいおい……結論は出来る――じゃなかったのか?」
「一度依代になったチルカにも、同じことが起こる可能性が極めて高いのだ」
「一石二鳥じゃねぇか」
「また心にもないことを……。だが、お主がどうしても言うのならば、願いを叶えてやるぞ。……チルカには悪いが、このまま放置していても時間だけが過ぎる。誰かがやらねばならないことは確かだからな」
リットは少し考えた。
チルカの命を天秤にかけたわけではなく、別の道があれば提案しようと思ったからだ。
「なんとか二つを分けられねぇのか?」
「妖精の肉体。宿る精神が精霊みたいなものだ。……分けるのは不可能だろう。一つの肉体で二つの精神を切り替えなければならない。二人分生きるなんて、まるで神の産物だ」
グリザベルの言葉にリットは頷くしかなかった。精神が二つあるというのは、一つの時を二人で生きているということになる。
そんなことは不可能。
リットは考えてすぐに結論付けたのだが、すぐに別の考えに押し出されて、呼吸を一つ挟む間もなく結論を変えた。
「……いたぞ。二つの精神があるやつ」
「本当か!? 待て……まさか酔った状態のお主と言わんだろうな……」
「オレが酔っても酔ってもそこまで変わんねぇよ。『マニア・ストゥッピドゥ』だ」
「あの有名な植物学者のか?」
「植物研究者のだ」
「研究者?」
グリザベルは一度疑問に首を傾げたが、確かに学者と研究者では違うと納得して飲み込んだ。
「二重人格……正しくは違うらしいんだけどよ。とにかく、それくらいおかしな奴ってことだ。医者もそこにいるしな」
「医学か……聞いて見る価値はあるな。場所は知っているのか?」
「……まぁな」
同日。迷いの森へ戻った二人は、すぐにグリフォンに乗ってラット砂漠上空へと来ていた。
「いつまでこうしておるつもりだ」
空には雲もなく、砂漠に落ちるのはグリフォンの影一つだけ。
滞空したまま砂漠を見下ろす時間が、ただただ流れていてた。
「オレだってすぐに涼しいところに行きてぇよ。まだ二日酔いで頭が痛えしな。だいたいよ黒なんて着やがって……。そっちは服の中で空気が循環して涼しいだろうけどよ、こっちは触れて熱いたらありゃしねぇ」
グリフォンの背中は広いとは言えず、大人が二人も乗ると揺れによってどこかしら触れ合う。
リットは先程から熱くなった黒い布が、時々肌に触れてくるのでイライラしていた。
「我に当たってもしょうがないだろう。だいたいローブというのはそういう作りなのだ。そもそも魔女のローブというのはだな――」
グリザベルがいつもの魔女うんちくをひけらかそうとしたとき、リットには運良く砂漠を走る影を見つけた。
影を追いかけるように言われたグリフォンは、砂塵を舞い上げて目の前へと降り立った。
「おーっと! びっくりした。気を付けてくれ……危ないだろう急に上から現れちゃ」
サソリの虫人で医者の『キルオ・リオン』は、困るよと指を向けるように針付きの尻尾を振った。
「悪かったな」リットはグリフォンの上から顔を出すが、キルオからの反応はない。仕方なくグリフォンから降りて「リットだ」と名乗った。
「……リット? 悪いな覚えていない」
「親父、いやヴィクターだ。ヴィクターが世話になった」
「ヴィクター!? いやー、懐かしい。今までどうしてた?」
「いや……だからよ」
キルオは記憶障害を持っていることを思い出したリットが、どう説明しようかと悩んでいると笑いを我慢するくぐもった声が聞こえてきた。
「冗談だ。ちゃんと途中から思い出した。懐かしいことには変わりない。元気だったか?」
「まぁ、今は元気だ。そっちも元気そうだな。悪いんだけどよ……ちょっと頼み事だ」
「それはかまわない。ぜひ寄っていってくれ。アリアも会いたがってるはずだ。だけどな……こんなでっかいスズメを入れとく鳥かごなんてうちにはないぞ」
「安心しろ。どっかで勝手に暇をつぶしてる」
リットが行っていいぞと言うと、グリフォンは体を揺さぶらせてグリザベルを砂漠に落とし、元気に砂漠の空へと飛んでいった。
「よしこっちだ、ついてこい」キルオは尻尾の先を方角を示すと先頭を歩き出した。
キルオに案内されたのは平たい石三つで作られた入り口だ。
道は地下へと続き、ここにマニア・ストゥッピドゥの研究室がある。
他にも様々な植物を育てている部屋のようなものがあり、リット達は湧き水がある部屋へと案内されて、少し待たされた。
すぐに『アリア』がやってきて挨拶を交わした。
「まさかまた来てくれるなんて思いませんでした。ここは来客も乏しいですし、再訪者もいないので」
「ネズミも逃げ出すラット・バック砂漠の中にあるからな。むしろ客が来ることに驚く」
「リットさんのように、必要にかられて辿り着く人はいるんですよ。ただ……どうしてか、数日ここで過ごすと皆さん態度が変わるんですよね」
「なれない砂漠で悪夢でも見たんだろうよ」と、理由を知っているリットは肩をすくめた。
アリア・スウィーティッドというのは彼女本来の姿だ。ある毒のせいで精神が不安定になると様子がおかしくなり、もうひとりのマニア・ストゥッピドゥという役割が出てくる。
別の名前にしているのは、毒症状により舌に痺れが出てしまい、自分の名前を上手く言えなくなるからだ。
もう一つマニアでいる時のことは、アリアはまったく覚えていないので、キルオが区別するためにも必要なことだった。
アリア時とマニア時の豹変ぶりに恐怖を覚えた者は、二度とここへ来ることはない。
「それでよ、精神を分ける薬みたいのってあるか?」
アリアは「リットさん……」とため息を付いた。「植物学者として、快楽に溺れるような成分がある植物をお譲りすることは出来ません。当然キルオも同じ意見です」
「そんなんで済むなら、ここの植物を勝手に持ち替えるだけだ。ちょっと厄介な話なんだけどよ――」
リットは妖精と精霊のこと、それに関わっている魔女の事情について包み隠さず話した。
聞けば聞くほどアリアは眉をひそめていった。
「興味深いですが……少し危ない話ですね」
「本当に聞いてたか? 少しどころじゃねぇんだよ、危なさはな」
「違いますよ。魔力と医術を合わせることがですよ。リットさんは効果のある植物を私に調べてもらい、それを元にキルオに薬を作ってもらおうと思っていたのでしょう。学者は正しい知識を元に有無を語り、是非を決めます。魔力と合わさるとそれはまったくの別物。それは学者が触れるべきことではないのです。なので、スペシャリストの魔女にわからないことは、私では力になれません」
アリアはごめんなさいと頭を下げた。
リットは「だろうな」と軽い調子で言った。話を聞きに来たのは、植物研究者の『マニア』の方だったので、アリアが答えを出そうが出さまいが関係なかった。
それから他愛のないこと会話を少しすると、アリアは仕事が残っていると戻っていた。
キルオは「マニア様ならいつ現れるかわからないぞ。それでもいいなら、前のようにここを好きに使ってくれ」とアリアの後を続いていった。
「って、わけだ。しばらくここにいるぞ」
リットが言うと、グリザベルは無言で頷いた。
「説明はめんどくせぇから、本人を見て確かめてくれ。……つーかよ、さっきから何をずっと黙ってんだ?」
リットはキルオと会った時からグリザベルが一言も発していないことに気付いた。
普段なら友達を作ろうと無駄に張り切ってしゃしゃり出てくるのだが、今日に限っては黙りっぱなしだ。
初めての砂漠で熱中症にでもなったかの水を勧めると、グリザベルは一口飲んで「ひみふ!」と叫んだ。
「なに言ってんだよ……。もしかして、マニアと知り合いだったのか?」
「噛んだ舌にひみると言ってほるのだ!」
グリザベルはグリフォンに急に揺さぶれたせいで、地面に落ちる時に盛大に舌を噛んでしまったのだった。
なぜ地下に植物を育てる畑があるのか、この住居としている穴はなんなのか、なぜ自分を紹介しなかったのか、アリアとマニアとはなんなのかなど、言いたいことも聞きたいことも山ほどあったのだが、痛み痺れる舌のせいでなにも言えなかったのだ。
グリザベルが痛みにのたうち回っていると、タイミングの悪いことにキルオが薬を片手に戻ってきたところだった。
「よくわかったな」
「アレだけひどい顔をしてればな」
「バカにつける薬なんてないと思ってた」
リットはグリザベルを見て言った。この醜態を見せまいと背中を見せたまま固まっているのだ。
「そう思うなら、飲みすぎないことだな。これは強烈だぞ。苦いし喉に来るが、二日酔いに効く」
キルオは薬をグリザベルではなくリットに渡した。
「舌に塗る薬じゃねぇのか?」
「二日酔いを良くする薬だ。二日酔いなんだろ?」
「まぁ……な……」
リットが薬を受け取ると、キルオは鼻歌を響かせて地下へと戻っていた。
普段の仕返しと言わんばかりに、グリザベルは痛む舌で無理をして「バカにつける薬があってよかったな」とはっきり言ってやった。




