第十七話
「ゴーレムってのはどういうことだよ。無機物を魔力で動かすのをゴーレムって呼ぶんじゃねぇのか?」
リットは空を見上げた。そびえ立つ塔の影でしっかりは見えないが、グリフォンの体が鉄や泥や石などで出来ているようには思えなかった。
触れた感触も柔らかく、呼吸もしている。生物としてしか認識していなかったし、今もそうだとしか思っていない。
「それはモノの捉え方による。普通の魔女は無機物にしか生命を与えようと思わないからな」
リットにもことの重大さが伝わるほど、クリクルの瞳は真剣そのものだった。
「それは生物にも応用が利くってことか? でも、魔法生物ってのは体が魔法陣みたいなもんって言ってなかったか?」
「同じように思えるだろうが、全く違うモノだ。違法魔法生物というのは、魔力の器を合わせることにより魔法の影響を強く受け、また利用することが出来る。その結果、体が大きくなったり、体重が減ったり、様々な体型変化が起こる。部位が合わさり、グリフォンのようになるのもそれだ。だが、あのグリフォンが死んでいるというのならば、ゾンビと似たような体をしているということになる」
「問題あるのか? どっちも禁忌は禁忌なんだろ」
あのグリフォンが生まれたことで、なにかしらの禁忌を利用したのは確かなので、もうどうしようもない問題だとリットは思っていたのだが、クリクルは強い口調で否定した。
「違う。あのグリフォンは魚や小動物を食べ生命力にする。つまりゾンビに近いということだ」
「それ、今言ったばかりだろ。オレはまだボケちゃいねぇよ。アンタと一緒にすんな。見た目通りの若さだ、こっちはな」
「若いというのなら、もう少し頭を柔らかく考えることだ。グリフォンはということだ。会ってきたという妖精と精霊の混じりモノ。アレはなにを食べて生きていた?」
「そりゃ、体は妖精なんだから草食だろうよ。蜜とかな。うちにも妖精がいるからよく知ってる」
「閉じ込められた世界で、どこで食料を手に入れる?」
「そりゃ……」とリットは光景を思い出して口籠った。
あの空間は。周りの死んだ森とは違って草花は生えていた。だが、それを妖精が食べられるかどうかもわからないし、食べたような形跡もなかった。
「そういえば……水もなかったな」
「だろうな」
クリクルは思った通りだと、自分の頭の中の考えを肯定して頷いた。
「知り合いのゾンビだって飯は食ってたぞ。精霊体もな」
リットは過去に会ったことのあるノーデルというゾンビと、妹でウィル・オー・ウィスプであるチリチーと、同じく弟のゴウゴを思い出して言った。三人とも一緒に食事をしたことがあるので、生きる上で食べるということは重要ということもわかっていた。
「つまり、その二つの種族ではないということだ。飲まず食わずて生きていけるものは――精霊」
「……そうだろうな。って、拍手を送ってやりてぇのはやまやまなんだけどよ。ゴーレムって言ってただろ」
「察しが良いのか悪いのかわからん奴だ……」クリクルはここまで話して伝わらないのかとうなだれた。「精霊の力を直接吸っているゴーレムということだ。もっと、わかりやすくしてやろう。あれは『人工精霊』だ」
クリクルの話によると、魔宝石は心臓。魔法陣は血管。精霊の魔力は血液だ。
シルフの分霊を魔宝石に閉じ込め、その魔力を魔法陣によって全身に送り出しているという。
「魔法生物との違いは心臓。つまり魔力の器ってのが、精霊そのものに変わったことによって、精霊の力を使えるようになったってことだろ」
「そういうことだ。我々魔女というのは、魔法を学問を唯一する者達のことだ。学ぶというのは終わりはない。つまり一生手のうちに届かないものを利用するということだ。だからこそ、魔法陣や魔宝石などいう技術が発展していった。それは魔力の器が小さいから仕方がないこととも言える。そういった上限ありの中では、出来ない研究は山ほどある。だから魔女は弟子を取り、追いつかぬ時代にやきもきし、新たな時代の波に乗る弟子に引き継がせようとするのだ。精霊の力を自由に使えるとなると、制約が一切なくなる。我々が残してきた課題の全ての答えを出せるようになるかもしれない。当然、今までそこを目指して邪法に心まで染めた魔女は山ほどいる。そして、喜ばしいことか悲しむべきか、完成させてしまったのだ。妖精をゴーレムにし、精霊の力を使う方法をな。幸いは人間をゴーレムにし、精霊の力を使う方法までは手が届かなかったことだろう。欲に心を奪われた魔女はなにをするかわからん」
「力がありゃ尚更な」
リットはディアドレという心当たりがあるので、あれを繰り返されたのならやっていられないと肩をすくめた。
「だが、厄介なことには代わりない。人工精霊などというのは、我々魔女にとっても未知の世界だ。もしかしたら、力を貸すことも出来ないかもしれないほど大事だ」
四精霊がバランスを取る世の中。そこへ、新たな精霊が現れるとバランスが崩れてしまう。精霊のバランスが崩れると起きるのが、魔女が精霊召喚と呼んでいる災害だ。天変地異と呼んでもいいほどの大災害が起こる。
クリクルは「なぜ精霊召喚が起こるか知っているか?」と聞いてきたので、リットは知らないと答えた。
魔力は熱・冷・湿・乾からなる四性質。それらが組み合わさって出来る火・水・風・土という四大元素が基本だ。
そして、四性質になる前の魔力は『無』であり、どの性質にもなれる状態にあるということ。そして、この無という魔力が生まれるのは、精霊召喚という現象が起きた時だ。
天変地異で大地がまっさらな状態に戻ろうとする時に、無という性質の魔力を産む。
無はやがて性質を持ち、荒れた大地を再び蘇らせるという。
それだけ巨大な力が動くものなので、安易に透明な壁の中から精霊を出したら危険だということだ。
リットには壁の中の精霊を抹消しろとでも言っているように聞こえた。
「言っとくけどよ……殺しの依頼なら受けつけねぇぞ。こっちは殺し屋じゃなくてランプ屋なんだ」
「その依頼を出せるほど、何もわかっていないのが現状だ。だから力を貸せないかもしれないと言ったんだ」
「そうなりゃ、グリザベル頼りか。どっかに話を聞きに言ってるみてぇだしな」
リットはたぶん精霊師のデルフィナの元だろうと思っていた。
そして、それは当たっていた。
「分霊か……それはまた厄介な問題に首を突っ込んだものだな」
デルフィナはグリザベルから聞かされた話に、折れたのかと思うほど首をかしげていた。
「うむ、邪法過ぎて我にもよくわからんのだ」
「人間。とりわけ魔女が精霊と関わり合うこと自体が邪法のようなものだ――本来はな。なんの為に魔法陣の技術に磨きかけられてきたのか、理由が闇の底に落ちてしまう」
デルフィナの言葉はグリザベルの心を責めた。サラマンダーとノーム。一時とはいえ関係を持ったのは確かだからだ。
グリザベルの心情を悟ったデルフィナは、心配ないと歯を見せた。「いつの時代にもいるものだ。精霊と関わろうとする愚か者。そして、精霊に関わりを持たれる優れた者がな。実は私が精霊師となるきっかけも、優れた者の噂話を聞いたからだ。そして、その者の格言を大事にしている。『精霊に深く関わるとろくなことにならない』というな。だから私は精霊とは直接関わることはしない。それに、正直この者の真意はまだわかっていない。だが、その噂話を元に光の階段を作れるようになったは確かだ。あの時の心臓の高鳴りは生涯忘れることはないだろう。今回の難題をどうするのかは、グリザベル次第だぞ」
「我もその者の話を聞いてみたいものだ……」
グリザベルは感銘を受け、この気持ちを空に例えようと遠くを見て感動していたのだが、現在デルフィナ預かり中のマーがグリザベルの服の裾をちょいちょいと引っ張った。
「お師匠様。騙されてる。大師匠様はわからないから、適当に誤魔化しの言葉をかけただけ」
デルフィナは「バレたか」と、フフフと笑いを響かせた。「だが、わかることもある」
デルフィナはクリクルがリットに話した内容と似たものをグリザベルに話した。
「なるほど……ゴーレム……」
「魔力解析が得意なグリザベルなら何かわかるのではないか?」
「それが……困ったことに、我は壁の中に入れないのだ。入れるのはリットだけ。精霊に入れられた紋章が関係しているのやもしれぬ」
「紋章のことは詳しく調べたところでわかりそうにないが、あっちでこっちでと紋章を入れられるとは……なにかよほど波長が合うのかもしれんな」
「旦那ってば同じ人間でも、その辺に落ちてるうんこにでも、態度が変わりませんからねぇ」
ノーラは久しぶりにあったマーとじゃれあいながら、適当に魔女の話に参加した。
だが、デルフィナは「なるほど……それは使えるかもしれんな」とノーラの言葉に頷いた。
「旦那を騙すなら、お酒を飲ませるのが手っ取り早いっすよ。酔えば気前良くなりますから、なんでも簡単にドフドフってなもんでさァ」
「精霊師の基本は自然体だ。魔力に染まることなく、あるものを使う。あの男の自然体を見習えば、壁の中に入れるかもしれんぞ。話を聞いていると、精霊が作った防御目的の壁に思える。害がないとわかれば、入れる可能性がる」
「旦那を見習うって……昼間からお酒を飲んで、人に絡んでからかって、カウンターで突っ伏して寝るってことですかい?」
「害しかないように思えるがな」
平気で精霊にも、名のある魔女にも悪態をつくリットの姿を想像して、グリザベルはため息をついた。
「それならもう一つ方法がある。思いつきだがな。その魔女がやった方法を真似ればい」
「魔力の器の融合を?」
「そうだ。その方法を応用して一度壁を壊し、直すときに自分の魔力を同調させればいい。そうすれば、少なくともグリザベルは出入りが自由に出来るようになるだろう。これは邪法ではない。誰に咎められることもない。ただ、勧めはしない。よっぽど実力のある魔女じゃなければ不可能だからな」
ただのデルフィナの思いつきを、グリザベルは挑戦のように受け取った。
「やるべき価値はあるな。リットがいくら中に入れたところで、魔力に鈍感では意味がない。魔女が起こした騒動は魔女が片付けなければ……」
「それって、ドワーフはまったく関係ないと思うんですけどね」
一番巻き込まれているのは自分なのではと、ノーラはリットを真似するように肩をすくめた。
「いや、我も今思いついたのだが、ノーラは精霊の魔力に匹敵する力を出すことができる」
グリザベルはノーラが以前に擬似的なサラマンダーを作り、マーのゴーレム作成を手伝ったことを忘れていなかった。
デルフィナが調合した特別な乾燥ハーブがあれば、ノーラならいつでも暴走した巨大な炎を出せる。
「私が教えたあの力か……。擬似的な精霊の力なら、壊せなくても小さな穴を開けるくらいは出来るかもしれない」
「あとはその小さな穴を利用し、我が壁の中へ入れるように魔力の流れをいじればいい。ほころびから魔法陣を修復するというのは、我の得意分野だ」
「私の思いつきですけど、もっと安全な方法を探した方がいいと思うんスけどねェ……」というノーラの声は、すっかりやる気になったグリザベルにも、奮起を促すデルフィナにも届くことはなかった。




