第十六話
「ほう……男の魔女とは珍しい。時代も変わったものだ」
クリクルはひと目でヤッカを男だと見破るが、一度上から下までじっくり見るだけで、それ以上のリアクションを起こすことはなかった。
いくつか上辺だけの会話を交わすと、ヤッカは急にソワソワと周囲に視線をやり始めた。
「それで……クリクル様は? 失礼のないよう先に挨拶をしておきたいのですが……」
「なにも言っていないのか?」
クリクルは何か試すような瞳でリットの顔を見た。
「どこまで言っていいのかわからねぇからな。こいつの修行先の魔女はアンタと昔馴染みらしいぞ」
「顔に似合わず気を使う男だ……」クリクルはそうだなと悩んだ後、思いついた顔でヤッカを見た。「クリクルは私用で長旅に出ている」
まさかクリクルが若返ったとは夢にも思っていないヤッカは、素直にその言葉を信じた
「もしかして僕と同じ修行の身ですか?」
「そんなところだ」
「すごい! クリクル様は弟子を取らないことで有名と聞いていました。きっと秘めたる才能を認められたのでしょうね」
ヤッカの素直過ぎる感想にクリクルはニヤニヤと笑うと、リットに「なかなか騙しやすい小僧だな。それに、弟子時代を繰り返しているようでワクワクしてきたぞ」と耳打ちした。
「それで……お名前を教えていただけたら」
「そうだな……私の名前もクリクルだ」
「おい……」
リットは振り回すなよとため息をついたが、ヤッカは凄いと目を輝かせていた。
「師匠の名前の一部引き継ぐだなんて……」
「さっきから凄え凄えってなんなんだよ」
「それだけ優秀ということですよ。魔女弟子でも名前を引き継げるのは一部の優秀な弟子だけです。グリザベル様も師匠である祖母の名前をの一部を引き継いでいるんですよ」
グリザベルのフルネームは『グリザベル・ヨルム・サーカス』。ヨルムというミドルネームは、稀代の魔女ディアドレ・マー・サーカスにあやかって、彼女が活躍していたヨルムウトルという国から取って本人が勝手につけたもので、サーカスという姓は祖母から引き継いだ魔女名である。
リットはそんな話も聞かされていたかもしれないと適当な相槌を返した。
「そういうことだ。だが、気軽にクリちゃんとでも呼んでくれて構わない」
クリクルは満更でもないように笑みを浮かべて言うので、リットは勘弁してくれと頭を抱えた。
「それはやめとけよ……中身に羞恥心が残ってるならな。もうちょっと呼びやすいのにしてやれよ」
「クリちゃんは呼びやすいと思いますが」
「ヤッカ……。オマエはもうちょっと魔女以外のことも勉強しろ」
「なにを言っている。ここには魔女のことを聞きにきたのだろう」
クリクルは湯を沸かしながらなんでも聞けと言ってきたので、リットはヤッカが何を専門にして何を学んできたか、彼にどこまで説明したのか話した。
当然ウンディーネと酒造りをしたことまで全てだ。
「なるほど……精霊と関わり合った魔女の一人か……。最近の魔女は積極的に精霊と関わり合おうとするのか? まぁいい……それで、ウンディーネと出会い何を感じた?」
ヤッカは子供とは思えないクリクルの鋭い眼光に気後れしてしまった。
「えっと……その……水で色々なものが作れるんだなと……なんかすみません……」
期待はずれの答えだとわかっているとヤッカは頭を下げた。
「謝ることはないぞ。悪くない感性だ。千の言葉を並べられるよりも良い答えだ。人の答えを模倣し、言葉を装飾して、わかったつもりになっているのが一番怖い。精霊と会い、可能性を見せてくれたのならば、それは良い出会いだったと言えるだろう」
見た目は子供といえども、クリクルもまた稀代の魔女。言葉には見た目に惑わされない説得力があったので、褒められたヤッカも素直に喜んでいた。
リットも意見が求められたので「どっかの葉と混ぜた茶は美味しかった」と適当に答えるとクリクルは驚いた顔を見せた。
「信じられんが……男の魔女が躍進する時代が来るのかも知れないな」
「男は今までどおり茶でもいれてろってか。茶々ならいつでも入れてやるぞ」
「褒めているのだぞ。水というのは媒体になる。特に異なるものを混ぜる時にはな。水あるからこそ魔力は混ざることが出来る。留めておくために土がある」
クリクルはガラス製の高級そうなコップを躊躇いなく使い、その辺の土と沸かしかけの水を入れてテーブルの真中に置いた。
水を吸った土は重くなり沈み、細かやかな砂が水を濁らせていた。
「泥水をすするのも立派な人生経験だとよ」
リットが飲んでみるかと茶化してコップの泥水を勧めるが、ヤッカは鵜呑みにして飲むようなことはなかった。
「リットさん……これは異なる魔力を混ぜるにはどうするかということですよ。風の魔力で渦を作れば、均等に混ざるということです」
ヤッカはコップに指を入れてかき混ぜてみせた。泥は撹拌され水と混ざりあい、見事な泥水が完成した。
「そのとおりだ。そして、火という魔力も混ぜるのに使われる。同じ混ぜるでも、風と火は違う。わかりやすく言うなら、風は砕き、火は抽出する。つまり、泥の塊は砕けて混ざり、茶っぱの成分は抽出されて混ざったということだ」
クリクルは二人にお茶を入れながら、続きを話し始めた。
魔女薬を作る時は単純だが、こういう作業を繰り返し複雑化されたのが魔法陣だ。より難解化させたものが違法に作られた魔法生物だという。
魔女が作っていいのはゴーレムだけだ。
これは過去の大戦の時代。魔女が捨て駒だった時の話だ。まだ、ウィッチーズカーズの効果を自分で受けるしかなかった時代。
小さな『精霊召喚』を起こし、災害とも思える魔法の力で攻め立てていたが、ウィッチーズカーズによって体に異常が発生してしまうので、一度使えば死んでしまうのが当たり前だった。
その時代に『魔女三大発明』である『使い魔』が生まれたように、様々な生体実験が行われていたのだ。人体、鳥、獣、虫。様々な命あるものに、器以上の魔力を留めておける方法を模索した結果、奇病が流行る事態になってしまい、これは危険だと禁忌になったのだ。
だが、一度研究されたものというのは、完全にこの世から消すことは出来ない。
誰かが故意に後世に受け継がせたのか、偶然情報を見つけたのかはわからないが、現在の違法な魔法生物を作った者は魔女しかいないと考えられている。
代わりに生命体ではないものを魔力によって動かす、ゴーレムという技術が発展していった。
「混ぜる。つまり風や火という魔力は、新しいものを生み出すには必要不可欠ということだ。魔法生物を作るのに、シルフかサラマンダーの力を使おうと考えるのは普通のことかも知れないな」
「魔女の話でもついてけねぇのに、精霊に話が変わってきたらお手上げだな、こっちは。最近じゃ、精霊師なんて胡散臭えのも出てくる始末だ」
「なんだ? その精霊師というのは」
リットが以前会ったデルフィナという女性のことを話すと、話せば話すほどクリクルの顔は曇っていた
「如何にも精霊と関わってもいない若造が掲げそうな夢想だ……。精霊の力をそのまま使おうなどと、浅ましいにもほどがある。私は理解する気などとうに失せた――」
クリクルは最後に余計なことを言ったと顔を歪めると、話せるのはこのくらいだと話を締めた。
しかし、またとないチャンスなので、ヤッカは「あの……魔法生物について聞きたいことがあるのですが」と食い下がった。
「まさか魔法生物を作る気ではないだろうな」
「いえ! 違います。魔法生物……いわゆる魔獣についての情報を弟子同士で共有できたらと思いまして。違法魔法生物は作られた存在ですが、元々の魔法生物はどう生まれたのか、ある日突然魔力元素と結合したのか、時代と流れで元々ある魔力の器を小さなっていき、その結果魔法生物が生物になったのかなど、専門に扱う魔女は少ないので勉強したいんです」
「確かに魔法生物は魔女学の中でも発展が少ない学問だ。なにせ魔法生物と出会うことですら難しいからな。私は二つの説を唱えている。いいか? 教える前に、魔法生物と生物の違いは魔法を使えるか否かという基本なところからになる」
ヤッカの真面目な質問と態度により、教えるモードに入ったクリクルはすっかり弟子に教えるような口調になっていた。
見た目が子供のなので大人の真似事をしているようにしか見えないのだが、内容は至極まともで難しいことを話しているので、奇妙な光景にしか見えなかった。
リットは魔女の話は長くなると、テーブルを離れて塔の外へと出た。
塔の外では見たことのない魔法生物が離れ過ぎずに自由に空を飛んでいた。
翼がある種族ばかりではなく、角や爪、それに尻尾など特徴的な部位が多いものばかりだ。
リットが大きくあくびをすると、驚かそうと思ったグリフォンが背中に体当たりをしてきた。
「故郷に帰ってきてイキってると嫌われるぞ。人間の世界ではな」
リットの言葉を理解したのかどうか、グリフォンは「ちゅー」と高く鳴いた。
「スズメの顔と翼に、ネコの体。鳴き声はネズミときたもんだ。オマエを作ったやつは何を考えてたんだ。つーか、小さい生き物を集めたくせに、なんでこんなでっかい体になんだ?」
リットが手を伸ばすと、撫でられると勘違いしたグリフォンが体を寄せてきた。
グリフォンの体は馬よりも一回り以上大きく、翼を広げた影を見たら、知らない人は腰を抜かすほどの大きさだ。
リットはふと思い立って、塔の中へと戻っていった。
クリクルとヤッカはお互い真剣になって、リットがうろちょろしていることに気付いていない。
それなら都合がいいと、勝手に家探しを始めたリットは、思ったとおりだと動物の図鑑や文献を数冊手にとって、明るい外に戻り読み始めた。
なにを調べているのかと言うと、スズメとネズミとネコのことだ。
そして、この三種には共通点があった。
人間の生活に密着した生き物ということだ。
スズメは人間の管理する田畑の周りにいる虫を食べるために人間の近くにいる。
ネズミも似たようなもので、麦や米などの穀物の貯蔵庫に住み着く。
ネコはそのネズミを餌にするためや、人間の食べ残しを漁るために近くに。
人間を恐れ離れずのちょうどいい距離感にいるということだ。
「でも、オマエは人間を恐れるどころか人懐っこいよな。魔女は別として」
リットが首元を撫でてやると、グリフォンはネコのように喉をゴロゴロと鳴らした。
リットはまた別の本を開いた。
それは動物の本でも、魔女が書いたものだ。
主に使い魔。それも、家畜化について書かれていた。
一般的にはネコや、カラスやフクロウなどの鳥類を使い魔にすると書かれているが、卵や子供の頃から世話をすると他の動物でも家畜化出来ることがわかっているとも書かれている。
例はダチョウやラクダと書かれているが、どちらも特別な状況下でしか役に立たず、空を飛ぶ鳥が理想的だということだ。
「なるほど。つまりオマエは子供の頃から人間に育てられた可能性が高いってわけか。魔女かどうかをどうやって見分けてるかは見当もつかねぇな。魔女つったって人間と変わんねぇのに。魔力ってのは匂いとかすんのか?」
リットは精霊の紋章が入った方の手で撫でてみるが、グリフォンに変わった反応はなかった。
それどころか、その手にじゃれつこうと、グリフォンはいきなりくちばしを大きく開いた。
「食われたかと思ったじゃねぇか……。心臓がなりっぱなしだ」
リットは思わず胸を押さえて、心を落ち着けるために深呼吸を繰り返した。
だが、そんなことグリフォンにはお構いなしだ。遊ばれてると思ったので、リットの手をめがけてくちばしを伸ばしてくる。
それはしつこく、リットもムキになってつつかれまいと腕を動かした。
その時、足元の地面がなくなった感覚に襲われた。急に空の上に連れて行かれたかのような浮遊感。だが、次の瞬間にはグリフォンに抱きついていた。
普通に考えれば転んだのだが、リットは転んだという感覚はなかったのだ。
おかしいなと思ったのは僅かの間だけ、すぐに別の違和感にかき消されてしまった。
グリフォンから心臓の音がしないのだ。
だが、明らかに元気動いている。ゾンビのような雰囲気もない。
リットはこれはおかしいとクリクルを呼びに行った。
「心臓が止まっている!? そんなハズはない。ここまで元気に飛んできただろう」
クリクルは一大事だと、足を走らせてグリフォンの元へと向かったのだが、クリクルが近づくとさっさと空へと飛んでいってしまった。
「アレが、心臓が止まっているものの動きか? いつもどおり魔女の気配を察知して距離をとったぞ」
「おかしいな……。自分の心臓が止まってるのにも気付かない、よっぽどのアホなんじゃねぇのか?」
「勘違いだろう」
「まだ耳が遠くなるようなじじいじゃねぇよ」
リットが落ちている太い枝を持って、遊んでやるから降りてこいと言うと、グリフォンはクリクルから離れたところに降り立った。
そして遊びたければそっちが近付いてこいとでも言うように、一歩も動くことはなかった。
リットは歩いてき、マッサージするようにグリフォンを撫でてやった。すると気持ちいいのか、ネコのように体を伸ばした。
その時、体のいたる所に耳を当てて確認したが心臓の音は聞こえない。
グリフォンも遊ばないならと、空へと逃げていき、その日は呼んでも二度と降りてくることはなかった。
「やっぱり聞こえねぇよ」
「魔法生物と言っても生物だぞ。心臓がないのはおかしい……。器は一つ。その器は魂と直結する。つまり心臓があってこそだ」クリクルはしばらく独り言をブツブツ言いながら、自分の考えを整理すると「まさか……ゴーレムなのか?」と、影を地面に落とすグリフォンの姿を見上げた。




