第十五話
リットの家へ連れて来てもらったヤッカは。家の中を見て「わあ!」と声を高くした。
「素敵な家ですね! リットさんの趣味ですか?」
「だとしたら、今頃医者に頭の中を見てもらってる。……なんだよこの部屋は」
リットはテーブルに飾られた花瓶のチューリップを見て言った。正しくはその中から顔を出しているチルカを睨みつけていた。
「なにって、少しでも過ごしやすいようにしてるのよ。花がない生活なんて考えられないんだから」
「オレは今すぐ鼻がなくなりゃいいと思ってる。ひでぇ臭いだ……」
リットは鼻をシャツの袖で覆った。部屋のそこかしこに花瓶やら鉢が置かれており、芳醇な香りを放つ花が埋め尽くしていた。
まるで絵本の中の世界だ。
「これを助けるために動いてるとはな」
リットはチルカに呆れながら、飛びついてくるシルフを手で払った。
「チルカさん以外にも妖精と交流を深めているんですか?」
シルフの姿は見た目はまんま妖精なのでヤッカは勘違いしていた。
リットはヤッカに座るように言うと、店のカウンターへと続くドアに鍵をかけて逃げられないようにした。
「いいか、ヤッカ。オレの手伝いをするってことは、オレに弟子入りしたようなもんだ。わかるか?」
「はい、しっかり勉強させてもらいます」
「いや、わかってねぇ。勉強はしなくていい。弟子ってのは師匠の言うことを聞く、それだけだ」
「大丈夫です。言われたことは守ります」
「よし、なら安心だな」リットはヤッカの後ろに回ると「そこにいる妖精の姿をしてるのが精霊のシルフで、ここから出れなくなってる」と両肩に手をおいて告げた。
ヤッカはすぐに立ち上がろうとしたのだが、リットに肩を押さえられていたので逃げることは不可能だった。
「これは大変なことですよ! 精霊の監禁なんて聞いたことありません! こんなことがバレたら魔女界にいられなくなりますよ! 今すぐ帰らせていただきます!!」
「落ち着けよ。オレが閉じ込めたわけじゃねぇよ。勝手にここに引きこもってんだ。だから、グリザベルと一緒にどうにかしようとあれこれ思案を巡らせてるんだ」
「ですが、聞いたことありませんよ。シルフが人間の家に住み着くなんて……」
「住み着いてんじゃねぇんだよ。これから、諸々説明してやるけどよ。聞いたからには、秘密は墓場まで持って行ってもらうぞ。信じられないことがいくつも起きてんだ」
「……帰りたいです」
「もう帰さねぇよ。聞いたも同然だからな。しっかり働いてもらう」
リットは嫌だと暴れるヤッカに、無理やりこれまでの話を聞かせた。
最初は聞こえないふりを決め込んでいたヤッカだったのだが、話が進むうちにすっかり虜になってしまっていた。
「凄いです……時を超える魔法に、魔法生物の作成。どれも聞いたことない話ばかりです」
「どれもこれも邪法だってんだから困ってんだ。オマエは生物に詳しいだろ? なんかわかんねぇか?」
「急に言われましても……。まだ今の話にも整理がついていない状況なので……」
「役立たずね」
不機嫌に吐き捨てたチルカに、ヤッカは律儀に頭を下げて謝った。
「いちいち返してたら、明日には腰が痛くなってるぞ。頼みの綱は妖魔録だな」
リットがテーブルに妖魔録を広げると、ヤッカは隣に座って、チルカは本のど真ん中に陣取って読み始めた。
妖魔録の本筋は変わらなかった。大まかな内容はディアドレが羽のない妖精と出会い交流を深めたというものだ。もう少し細かく説明するのなら、妖精の踊りに魔力発生すると知った著者のディアドレが、その踊りを教えて貰う代わりに魔宝石を送ったというものだ。
物語の締めは魔宝石の力で妖精は飛べるようになったところで終わっている。
初めて妖魔録を読んだチルカは「バッカみたい」と呆れていた。
「そうですか? 素敵なお話だと思いますけど」
ヤッカは魔女が書いた本の中でも、妖魔録は一番素晴らしい本だと説明したのだが、すればするほどチルカの視線は冷ややかなものになっていた。
「それはヤッカがバカのお仲間だからよ。魔法石一つで、どうやって空を飛ぶっていうのよ。なんのために妖精に羽があると思ってるのよ。アンタの玉みたいに飾りじゃないのよ」
ヤッカは「それは……」と口ごもってしまった。
魔宝石一つで空を飛べるのなら、今頃魔女は皆空を飛んでいるはずだからだ。それに妖精は皆虫のような羽を持っている。形は様々だが、どれも飛ぶために使っているのは確かだ。
チルカが目の前で見せつけるように飛んで、ヤッカの顔を睨みつけてるのが、なによりの証拠になっていた。
「いじめるのは後にしろよ。まずは気になるところを一つずつ解決だ。妖精の踊りってのはなんだよ。見たことねぇぞ」
「そりゃそうでしょ。踊ってんのはアンタで、踊ってる場所は私の手のひらなんだから」
「たしかに……血湧き肉躍るってやつか。口喧嘩ならいつでも買うぞ。オマエが下手くそな踊りを踊ったらな」
「躍るわけないでしょ。妖精の踊りっていうのは、精霊との交流祭の時に踊るものなの」
「オマエなぁ……そういう情報は出し惜しみすんなよ。どう考えても関係あるだろう」
「出し惜しみなんかしてないわよ。アンタには話してるでしょ。精霊との交流祭の時には、たとえ餓死してでも肉を食べないとか、花の命を摘むのも禁止だとか。……言ったかしら? たぶん似たようなことは教えてるはずよ」
チルカの言う通り過去にリットは妖精は精霊と交流を持つという話を聞いていた。
「って、ことはシルフとは顔見知りだってことか?」
「アンタねぇ……精霊を人間みたいに捉えるのやめなさいよね。同じであって同じじゃないの精霊っていうのは、会う度に別の精霊と関わってるようなものなのよ。同じであって、変わり続ける。それが精霊」
魔力の器の小さい人間の中でも、魔力の感じ方が鈍感な方に入るリットは想像が沸かなかった。
「毎回精霊が変わるから、同じ踊りを見せつけてるってわけか?」
「踊りっていっても、アンタの好きな服を脱いでく踊りじゃないわよ。飛ぶのよ、皆で。空中を泳ぐようにね。そうして、精霊に招待を送るの」
妖精というのは飛ぶ時に風の魔力を使う。妖精の踊りに魔力があるというのはこのことだ。
「なんかいまいちだな……関係ありそうな気もするけど……。全然ピンとこねぇ」
「魔女が特別なのよ。普通は魔法のことなんか言語化しないもの。それに交流祭っていっても、飲み食いしてお話しましょうっていうものじゃないわよ。精霊に大きな変化がないか確かめるの。もし異変があったら、森なんてすぐになくなっちゃうんだから」
リットが体験した『干天』という現象は早々起こらないが、精霊のバランスが崩れていい結果になるわけはない。それをいち早く察知しようというのが、精霊との交流祭ということだ。
「特に時間とは関係なさそうだな……」
リットが期待はずれだったと表情を曇らせると「時間と言えば――」とヤッカが切り出した。
「不死の虫がいるんですよ。実際には死ぬのですが、吸血虫に血を吸い取られ、吸い殻は寄生虫に利用されるんです。本体はなくとも他の虫の一部となって生きているという虫で、魔女薬にも使われているんですよ」
「別によ、皆の願いを叶えようって話をしてるわけじゃねぇんだ。不老不死の話じゃなくて、時間を戻ったり進んだりの話だ」
「ですが、この不死の虫は吸血虫からも寄生虫の卵からも生まれるんです。ある魔女の研究ではまったく同じ個体だと言われています。つまり別の生物の中で時を越えているのではないかという話です。それで不死の虫と呼ばれるようになったんです」
「今回のケースと少し似てるな。でもよ、途端に魔女も妖精も精霊も関係なくなっちまった」
リットが難しい顔をしてテーブルに肘を付くと、チルカがため息を落とした。
「それをどうにかつなぎ合わせて考えるのがアンタの役目なんじゃないの?」
「オレは証拠を集めるだけ。繋ぎ合わせるのはグリザベルの役目だ。アイツはどこに行ったんだ? ノーラもいねぇみてぇだしよ」
「グリザベルならノーラを連れてどっか行ったわよ。アンタがグリフォンを使ったから文句言ってたわよ。あとで馬車代を請求するって」
「またアイツは……ノーラを自分の弟子だと勘違いしてんじゃねぇだろうな」
「なに、寂しいわけ?」
「どうやって生活費を稼いでると思ってんだよ。店を空けなきゃ客は金を置いていかねぇんだぞ」
チルカが好き勝手に家の中を花だらけにしたのは、止める者がいないからだ。
今もどこから摘んできたのかわからない花が、外の妖精が窓から家に投げ入れているところだった。
「いっそランプ屋を畳んだらどう? どうせほとんど店なんて開いてないんだから」
「オマエが逃げ込んでくるまでは普通に営業してたんだよ」
「私のせいじゃないわよ。シルフのせいでしょ」
チルカは相変わらず抱きついてくるシルフを肘で突き放しながら言った。
「この姿だと親しみやすくていいですね。まるで絵本に出てくる妖精そのものですよ」
ヤッカは握手をしようと人差し指を差し出したが、シルフには嫌い嫌いと睨まれてしまった。
「親しみやすいもんかよ……。魔法生物の方がまだとっつきやすい。……そういえば、邪法で作られた魔法生物は血の代わりに魔力を流し、臓器や体全体を魔法陣として使っているって言ってたな……。そんな生物って他にいるのか?」
「魔力そのものを生命エネルギーとしているなら、精霊体はそういうものですけど。ニュアンスが違いますよね? 他に近いというのなら、魔女が作るゴーレムが近い気がしますね。というよりも……誰から聞いたんですか? 今のお話を」
「誰って……クリクルって魔女だ。今のオマエのとこの師匠の昔なじみだとよ」
「クリクル!? 『クリクル・ボンガスター』ですか?」
「フルネームは知らねぇよ。客でもなんでもねぇからな。違法に作られた魔法生物を保護してるクリクルだ」
「やっぱり! 修行先として人気ですが、行方知れずでここ何年も誰も弟子を付けていない魔女ですよ! ……なんでリットさんが居場所を?」
「知ってたのはグリザベルだ。爺さん婆さんしか友達がいねぇから、誰かから場所を聞いたんだろうよ」
「……リットさんって本当に魔女じゃないんですか? 今の情報……魔女の中でも専門にしなければ教わらないようなことですよ」
リットの言葉が本当にクリクルが言っていたものなら、ものすごく重要なことを聞いてしまったと、ヤッカのテンションは上がっていた。
「ずっと魔女の尻拭いをしてるだけだ。そうだな……まてよ……」
リットはヤッカの顔をまじまじと見た。
グリザベルよりも役に立つかも知れないと持ったからだ。
魔女としてはまだまだ見習いで、知識はグリザベルのほうがあるが、ヤッカは生物を専門にしているので考え方は全然違う。
ヤッカをクリクルの元へ連れて行ったほうが、詳しく話を分解していけるかも知れないと考えた。
だが、問題はヤッカを連れていけば、現在クリクルがどうなっているのかというのを旧友に知らせることになる。
本人に確認したわけではないが、人里離れて、あの場所に済んでいるというのはそれなりの理由があったからだろうと。
「あの……あまり見つめられると困るんですけど……その……照れてしまって……」
男ということを隠して魔女の元で生活しているので、ヤッカは人の視線というのには敏感になっていた。
リットは「コイツは秘密を守れると思うか?」とチルカに聞いた。
「先に秘密を握ってるのは、こっちなんだからどうとでもなるわよ」
ヤッカの秘密とは女尊男卑女の魔女世界で生きるために、女の格好で修行しているということだ。知っているのはリットとグリザベル。後から教えられたノーラとチルカだけだ。
グリザベルは男でも気にしないというタイプなので問題はなかったが、他の魔女に男ということがバレると修行先を受け入れてもらえないということが急増し、一生見習いのままで過ごすしかなくなってしまう。
なので、チルカはそれを利用して脅せといっているのだった。
「まぁ、それが無難だな」リットは軽い気持ちで言うと肩をすくめた。「つーわけだ。これから拒否権もなくクリクルの元へつれていくけど、見たもの聞いたことは一生隠し通せ。オマエの玉と一緒だ。魔女を続けるつもりなら、人に見せることなくパンツの中にしまいこんでおくんだ。わかったか?」
「わかりませんよ」
「そりゃ残念だ。わかってりゃ、心の整理も出来ただろうによ」
リットは何を言っても答えは変わらないと、妖魔録を片手にヤッカを歩かせた。
グリザベルが帰ってきてグリフォンの所有権の話をされる前に、さっさと連れ出そうと考えたからだ。
「おい、チルカ。グリザベルが戻ってきたら、うろちょろせずに残ってろって言っとけ」
「私はアンタの伝言板じゃないのよ。あっ、そうだ! 帰ってくる時に花の一つでも摘んできなさいよ」
「オレも花屋じゃねぇよ……」
リットはこれ以上花を増やすなと念を押すと、着替えも何も持たないまま家を出ていった。




