第十二話
「魔女ってのはよ。変なところに居を構えないと生きていけないのか?」
リットは崩れた崖の先。太い木の根に支えられている大地。そこに頼りなくそびえ立つ崩れた塔を見て言った。
「魔力の力に満ちている場所というのは、そういう場所が多いのだ。仕方なかろう。それに見よ。危険で人が近付かないから、保護された魔法生物が生き生きとしている」
グリザベルが隣を飛ぶ双頭の鳥に手を伸ばすが、手に止まることなく無視して飛び去っていった。
見たことのない動物達が、故郷に帰ってきたグリフォンにただいまを言うように寄り添って飛んでいる。
数が多いわけではないが、魔女が勝手に作り出した生命だと考えると、少ないとも思えない。
身勝手ゆえに生まれた命は、リットでも何かを思わずにはいられなかった。
「それで、なんて婆さんがここにはいるんだって?」
「まだ言うとらんわ……。が、それにしてはよく年寄りだとわかったな」
「オマエの知り合いに若え奴がいるかよ」
「いるわ! マーにシーナにヤッカ。それに、エミリアも若いぞ」
「全員オレも知ってる範囲の交友関係じゃねぇか。本当に友達がいねぇんだな」
「不憫に思うのなら、一人くらい紹介してくれてもよいではないか」
「男友達に女を紹介するみてぇにか? なら、巨乳が好きか小せぇのが好きかくらい教えておいてくれよ」
「この話題をお主とするのが間違いだった……。よいか? くれぐれも失礼のないように頼むぞ。権威ある魔女だ」
「オレだって好きで侮辱してるわけじゃねぇよ。魔女の方から変に絡んでくるからだろ」
リットは向こうが何もしなければ何も言わないと言い切ったのだが、魔女に会って開口一番「なんだこのチビは?」と言い放ったのだ。
「お主は!? まったく……すまない、『クリクル婆』。不躾な男なのだ」
「よいよい、男は少しくらいやんちゃの方が元気でよい。それに、若いと言われるのは悪いことではない」
クリクルは無邪気に笑うと、リットの頭を撫でようと背伸びしたのだが、背が低すぎ届かないので、代わりにお腹をぽんぽんと叩いた。
リットは若いじゃなくてチビと言ったのだと反論しようとしたのだが、言っても無意味なので口を閉ざした。
なぜなら、グリザベルがクリクル婆と呼んだ女は、どう見ても子供にしか見えないからだ。ノーラより幼い顔で、肌にシミのひとつもない。
グリザベルと話し合う姿も、子供のごっこ遊びにしか思えないほどだ。
クリクルは一通り現状を聞き終わると、リットを手招いた。
「疑問はわかるぞ。なぜ私が、ここで魔法生物を保護しているかだな」
「自分が魔法生物だからか?」
何歳かは知らないが婆さんと呼ばれているのに、その見た目はあり得ないとリットは不思議がった。
「リット!」
「よいよい。もっともな疑問だ。私も時代の愚者ということだ。この姿は……然るべき呪いといったところか」
クリクルは後悔と恥が混ざり合った表情を浮かべた。
「若返ったなら得しただけだろ」
「わかったから……お主はもう喋るな」
グリザベルは肩を落として、余計なことばかり言うリットを黙らせた。
「よいよい、苦しみも苦労も自分だけがわかればいいことだからな。同情を押し付けるつもりも、非難を求めることもない。これからする話には何も関係しないからな」
クリクルは立ち話もなんだと、塔の中へと招き入れた。
殆ど壁だけになった塔の中に別に家があるわけでもなく、生活スペースに雨除けの板が立てかけられているだけだ。
その生活スペースも、ベッドと本棚だけが守られており、案内された椅子とテーブルは雨と風にさらされて苔が生えていた。
グリザベルは手を煩わせるわけにはいかないと火の準備を始めたので、リットはクリクルと対面に座ったまま無言の時間が流れた。
ずっと顔を見られてるので、リットは「なにガンつけてんだよ」と睨み返した。
グリザベルはまた失礼なことを言ったなと振り返った。その時にお湯をこぼし火を消してしまったので、最初からやり直しになってしまった。
その慌てふためく姿を、孫を見るような瞳でクリクルは見ていた。
そんな表情をする子供なんてものに出会ったことがないリットは、複雑な気持ちだった。自分にもその視線が向けられるのだ。どうしていいのかわからないのだ。
「ずいぶん精霊と関わったみたいだな」と、クリクルはおもむろに口を開いた。
「きっかけはアンタの弟子のせいだ。謝罪なら言葉じゃなくて、酒でも奢ってくれ」
「グリザベルは弟子というわけではない。言うなれば……よき友人と言ったところだ」
クリクルの友人という言葉に、グリザベルは自慢げにふふんと鼻を鳴らしてリットに視線を送った。自分にも友達がいるのだと。
「それで、友人の友人は何をしてくれんだ? この紋章を消してくれるってんなら、願ったり叶ったりだけどよ。どうせ無理だなんだろ」
リットが腕の紋章を見せると、クリクルはそれを見もしないで首を横に振った。
「無理だ。精霊の紋章というのは役割がある。消えていないということは、何か意味があるということだ」
「魔女ってのは本当に頼りにならねぇだな」
「そうとも限らない」
クリクルはグリザベルから隠すようにして、自分の腕をリットに見せた。
見せられたのはなんでもない子供の肌だが、リットにはその意味がわかった。
グリザベルには聴かせたくない話だと感じたので、声を潜めて「どうやって消したんだ?」と聞いた。
「消したんではなく消えたんだ。私の時はウンディーネの紋章で、森をひとつ回復させた」
「おいおい……四つ入れられたオレはなにを回復させりゃいいんだよ……」
「自然の回復だけが求められているわけではない。なにか使命があるということだ。私はその最中に欲に溺れ、紋章の力を自由に使おうとした。この姿になったのはその代償ということだ」
「代償ってなぁ……ウィッチーズ・カーズってのは逆のことが起こるんだろ? そんなに生き急いで婆さんになろうとしたのか?」
「その話は後回しだ。まずはお茶を飲みつつ、見てきたものを話してくれ」
リットは今していた話こそ聞きたいものだと思ったのだが、グリザベルがポットとカップを持ってきたので、一度この話題を中断してどういった経緯でここへきたのかを話した。
全て聞き終えたクリクルは「ちゃんと自分の言葉で話せて偉いぞ」とリットを褒めた。
「その顔でやめてくれ……まるでままごとだ……。それにな、出会う魔女出会う魔女に同じことを言われてみろ。勝手に身につく」
「良い魔女に出会ってきた証拠だ」
グリザベルは「此奴はそれがわかっておらんのだ」と調子良く乗っかった。
「とにかく、こっちの話は済んだ。答えを聞かせくれ」
リットは一気にお茶を飲み干すと、乱暴にテーブルに置きながら言った。
「急かしたところで、答えが良くなるとは限らんぞ」とクリクルは一拍おくと「グリザベルの言う通り、器の再構築を行なっていたに違いない。そして、そのために使ったのが精霊の力だ」
クリクルの話によると方法は魔女によって違うが、リット達に説明するならば依代がわかりやすいと説明した。
グリザベルがサラマンダーとノームを依代に吸い込ませた時の話だ。
吸い込まれた妖精は魔力の器の中に閉じ込められるが、その器がない場合どうなるか。
普通は吸い込まれること自体起こらない。だが、直前に器が壊れた場合それを修復するという。精霊のバランスを取ろうという性質を利用し、器が壊れる直前の乱れた魔力を処理させるということだ。
同時に二つの魔力の器を壊した場合。それが混じり合う。そうして、ここの魔法生物達は生まれてきたということだ。
「あの妖精は他と混じり合うことがないように見えたが……」
グリザベルの疑問に、クリクルは重々しく頷いた。
「生きているものは、皆等しく二つの姿がある。生きている姿と死んだ姿だ。生死。この二つの姿を使えば、精霊の魔力を直接一つの器に混ぜることが出来るかもしれん」
クリクルは自分の憶測だと付け足したが、グリザベルはまるでそれが答えかのように頷き返した。
「生と死。二つの時間。急に白骨化した死体とつながるような気がしないか?」
グリザベルに聞かれたリットは、頷くことなく考えを深めていた。
魔女の技術の話ではなく、まるで『神の産物』の話をされているかのようだ。
時間や距離を無視して、あっという間に移動が出来るコンプリートの靴。
夢の中で別の時間を過ごしたディアナの大鏡。
二つともリットが実際に体験した神の産物の力だ。
そこに精霊の力は作用していないはずなので、素直に頷くことはできなかったのだ。
「リットにはリットの考えがあるようだし、グリザベルにはグリザベルの考えがある。当然私にも私の考えがある。物事はあまりに巨大だ。一晩じっくり頭を冷やして、考えをまとめる方がよいだろう」
リットがなにか言いにくそうにしているのに気付いたクリクルは、話題を打ち切ってお茶のおかわりをすすめた。
その夜。眠れないリットは塔の周りを当てもなく歩いていた。
クーに聞けば答えがわかりそうな気がしたが、答えてくれないような気もした。どちらにせよ、答えが欲しい時には姿を見せないのがクーなので、願っても無駄なことだ。
リットは自分の使命とはなんなのだろうと、シャツの袖を捲って紋章を確かめたとき、立てた腕の先。手の甲に一羽の鳥がとまった。鳥といっても普通の鳥ではなく、カラスに豚の体とネズミの尻尾をつけたような不可思議な姿をした生き物だ。鳥と呼んでいいのかもわからない。
その生物はある気配を察知すると素早く去っていった。
クリクルがリットに近付いてきていたのだ。
ここの魔法生物達は基本的に魔女は嫌いだからだ。だが、他よりもここの地が暮らしやすいことも知っているので遠くまで逃げていくこともないのだった。
「眠れないようだな」
クリクルに声をかけられたリットは、「おかげさんでな」と恨みがましく言った。
「悩んでも無駄なことだ」
クリクルはリットが何に悩んでいるのかお見通しだという顔だった。
「悩みもすんだろうよ。相手は精霊だぞ」
「そもそも精霊すらなにかは知らないだろう。膨大な歴史を生きる精霊というのは、いちいち細かいことは考えていないものだ。感覚で生きている」
リットは確かにと頷くしかなかった。
今まで会ってきた精霊はすべて自分勝手というほどマイペースで、あまり深く物事を考えないタチに見えていた。
クリクルの言葉を聞いて、リットの頭の中でなにかピースがハマった気がした。
「アンタの時はどうしたんだ? 森を救ったんだろ?」
「どうもこうもない。物事に流され振り回されているうちに、急にこれだと思ったんだ。今携わっている出来事が、なにか大きな力の渦の中心にいるとな。そして、解決をすれば腕の紋章は消えていた」
「それってよ……アンタの思い込みじゃねぇのか?」
「そうかも知れないな」とクリクルはあっさり言葉を引いた。「だが、私の中ではそれが答えだ」
強がりにも、思い上がりにも思えないクリクルの笑みに、リットは首を傾げた。
「意味がわかんねぇのは、オレが魔女じゃないからか? それとも、アンタの知能が見た目通り子供と同程度まで下がったからか?」
「言葉で説明するのは不可能だということだ。精霊と同じく感覚の話だ。わからなければ、わかるときまで考える必要はない。わかる時に私の言葉を思い出せ。同じ体験をした数少ないものの言葉だ。ばばあの遺言だとでも思えば、心の片隅には残るだろう?」
「よく知りもしねぇ婆さんの遺言なんて呪いみたいなもんだろ……。どうせなら財産もつけろよ」
「丁度いい。私が死んだ後、ここをどうするか悩んでいたんだ。どうだ?」
「どうだって……残りの一生を、ここで奇怪な生物の面倒を見て過ごせってのか? 酒もねぇのによ」
「己の過ちを目に焼き付けながら、第二の人生を過ごすのも良いものだ」
「別にアンタが、ここの生物を作り出したってわけじゃねぇんだろ。過去のごたごたは知らねぇけどよ」
リットはそんなに気に病むことじゃないと言ったのだが、クリクルは後悔の瞳で闇夜に飛ぶ魔法生物を見ると「そうかもしれないな……」と、答えを有耶無耶にするような気のない返事をした。
「こっちはアンタを責めるつもりも、崇めるつもりもねぇよ。グリザベルにアンタの罪のどうこうを話すつもりもねぇしな。いけ好かねぇ精霊の問題を解決してくれりゃ言うことなしだ」
「そこまで精霊に強く当たる人間は見たことがないぞ。大半は無関心、残りは崇拝か欲望の対象だ」
「短期間でまいどまいど精霊に絡まれてもみろ。害獣と同じだ。それか発情期の犬。どっちもうざってえことこの上ねぇよ」
「それは同意だな。私も精霊と直接関わるのはもううんざりだ。精神を摩耗し、心ばかりが年を取ってしまった」
クリクルの月に青く照らされた顔には笑みが浮かんでいた。
リットの言葉に笑ったわけではなく、同じ経験をした者と出会い、安堵の笑みが自然と溢れたのだった。
それは自分で気付かずともリットにも浮かんでいた笑みだったが、クリクルがわざわざ指摘することはなかった。
ただしばらく、どちらもその場を離れることはなかった。




