生存者に遭遇
ジンジャーが斬り捨てた生き物の死骸をバジリコはしばらく観察していた。
「けっこう高度な生き物が発生しているみたいね」
それは四肢備えた生き物だった。最初の原生生物のような単純な構造のものから複雑な構造のものが発生するとそのダンジョン化は第二段階に達したことを意味する。
「このままどんどん高度な、手ごわい生き物が生まれてきているとしたら、やっぱり広がるかしらね」
鱗の生えた狸に似た、丸っこい手足をした生き物を捨てる。
ダンジョンの生き物として利用価値はあまりない。
ダンジョンの利用価値のある生き物はそらんじているのが冒険者の基礎だ。
あまりうまみがない代わりさして手ごわくない生き物の死骸は最初に発生した原生動物らしいのが食い荒らしている。
入り組んでわかりにくい建物、その中をわさわさと植物がはびこっている。
蔓性の植物に足を取られそうにならないよう慎重に進む。
ダンジョンを破壊するにはダンジョンを作るコアを破壊しなければならない。その場所は普通奥の方だが、この広大な建物の奥となると上級妃のいるあたりということになる。
「せめて食堂の場所くらい教えてくれればいいのに」
同行を拒否した宦官たちは最低限の情報すら惜しんだ。
後宮の官吏があの連中の仕事だということをわかっているんだろうか。
「そういえばどうして宦官は被害者にならなかったの?」
ジャスミンの疑問は当然と言えよう。
宦官は中にいる女性使用人の呼び出しと、新しい側室が後宮入りするときに送っていくのが主な仕事であり、雑事は女性使用人に一任されている。
そして定期的に見回るのも仕事だが、ダンジョン化が起きた時はたまたまその時間ではなかったらしい。
下草を踏みしだく音がした。
足音は人の立てるものかそれ以外の音か聞き間違える者はいない。
それは鹿によく似ていた。しかし大きく開けた口にはぞろりと牙が生えそろい、ふさふさとした鬣が生えている。
結構上位の生き物だ。ジャスミンとジンジャーが武器を構える。
その時唐突にそれはつんのめった。
地をついた前足が何かに切断され身体が崩れる。
後を追って地面に落ちた首を切断される。リーンと涼やかな金属音が周囲に響いた。
その音をする方向を見るとすらりとした女が掲げた右手にチャクラムを回している。
そのチャクラムが今いた肉食の鹿を始末した武器なのは疑うまでもない。
チャクラムは涼やかな音とともに縮んでいき、そのまま女の腕輪になった。
「別チームがいるって聞いた?」
ミントが思わず聞く。
すらりとしたその女は優雅な足取りでバジリコのところまで歩いてくる。
血のように赤い髪と赤い瞳をしていた。着ているものは丈夫な麻ののチェニックに膝までのスカートそれに防具を身に着けていた。
「あなた方は誰だ」
女はそう聞いた。
「あたしたちは冒険者よ、この後宮がダンジョン化したのでそれを解決するために雇われたの」
そう言ってジンジャーは残りの三人をちらりと見た。
「あたしはバジリコ」
「あたしはミント」
「ジンジャー」
「ジャスミン」
それぞれに名乗ると女は深く頷いた。
「私はオパール・ファイヤー、陛下に側室としてお仕えしているもの」
そしてそれはそれは優雅に四人に向かって一礼して見せた。
「われらの苦境にご支援いただけるようだ、感謝する」
四人はからくり人形のようにうなずいた。
「こちらに我らが本拠としている場所がある」
そう言って先に進むオパールに四人はついていった。