37話 デュラハンとヒュドラ
闇に呑まれた先は光が無かった。
……まぁ、そりゃそうか。
「これが《常闇牢獄》です」
闇の中から声が聞こえてくる。
悪魔の声だ。
「ここは私の世界、パワー、スピード、全てにおいて先ほどよりも上です」
声の出所が四方八方に高速に動いている。
これだけの高速移動を行ってもなお、会話が出来るのか。
「しかし、これだけ暗いと何も見えないな」
「ふふふ、そうですねぇ。貴方からしてみれば何も見えないでしょうね」
そう。
だから俺は明かりを作ってみることにした。
魔法で光球を作り、宙に浮かべる。
しかし、光球は闇に呑まれてしまった。
「ダメですよ。そんなものではこの闇を照らすことは出来ません」
「そうみたいだな」
「ええ、ですが謝ってももう許しませんよ。貴方に待つのは死のみです」
何も見えないんじゃ打つ手がないな……。
だけど悪魔は”そんなものではこの闇を照らすことは出来ない”と、言っていた。
それならば、もっと大きな光球を作り出せば何かが見えてくるんじゃないか?
やるだけの価値はありそうだ。
ま、失敗すれば魔力が無くなるだけだ。
いざというときは《アイテムボックス》から魔力回復ポーションを取り出せばいいだけのこと。
「よし、やってみるか」
「……? 一体何をすると言うのです?」
俺は魔力を溜め込み、それを光球に変換する。
光球はドンドンと大きくなっていく。
どうやら全魔力の1割ぐらい注ぎこんだら、闇に呑まれることは無いらしい。
これではまだ小さい。
どんどん魔力を注いでいく。
3割ぐらい注いだところでやっと悪魔の姿が見えてくるまで周囲を照らすことが出来た。
「よし!」
「……やはり、貴方の魔力量は目を見張るものがありますね。ニンゲンと見下し、戦うのは止めておきましょう」
悪魔が手の先をこちらに向ける。
「いきなさい──《蠅喰らい》」
無数の蠅が闇から現れる。
ブーン、と羽音を立てながら俺に向かって襲いかかってきた。
虫か……。
それなら燃やしてみるか。
炎の障壁を作ると、蠅は炎を物ともせず貫通してきた。
「気持ち悪いな……」
炎でダメならば、とすぐに思考を切り替えて既に接近している蠅を回避することだけに専念する。
「かすったか」
左肩に無数にいた蠅がかすり、少しだけ血が垂れる。
すると、悪魔はニヤッと笑った。
「ふふふ、当たってしまいましたね」
左肩のかすった部分に蠅が侵入していく。
「あ、おい」
そして、侵入した部分は大きな腫瘍となり、次第に人面へと変化していく。
……なるほど、悪魔が笑っていた理由はコレか。
◇
闇に呑まれたリヴェルは、元のいた場所からいなくなっていた。
「闇に呑まれた、か。まぁ心配する必要は無いよね。だろう? リヴェル」
一瞬、リヴェルの方を見るクルトだったが、すぐにデュラハンを見据える。
「首の無い騎士に首の無い馬、生きているときは魔法を使わずに武器を持ち戦っていたのだろうね」
クルトは悲しげに呟いた。
「すぐに楽にしてあげるよ──《多重詠唱》」
クルトの足元に青白く光る幾何学模様の魔法陣が現れる。
それを黙って見ているデュラハンではない。
戦いが始まったそのときから、急速に魔力を巡らせ、練りに練った《紫電砲》を放つ。
しかし、タイミングが遅かった。
《多重詠唱》を発動後のクルトの前に《紫電砲》では足りない。
クルトが無詠唱で放った一つ目の魔法は《アースクエイク》。
地面を隆起させて出来た土塊を《紫電砲》にぶつける。
土塊は爆散するも《紫電砲》と相殺された。
そして《アースクエイク》と同時に放った魔法は《氷龍白撃》。
現れた氷龍がデュラハンを喰らうと、デュラハンは凍りついた。
普通ならば同時に放つことなど出来る訳のない高難度の2つの魔法。
それをクルトは涼しい顔でやってのける。
「作り物の魔法使いと僕とでは、魔法使いとしての格が違うね」
凍りついたデュラハンは粉々になり、結果はクルトの圧勝だった。
◇
「この野郎ォ……何度も何度も首を斬っても再生してきやがる……」
既にアギトは満身創痍だった。
ヒュドラの首は斬れるものの、再生されてしまう。
「厄介ですね……」
フィーアは、ヒュドラの急所を狙っていた。
明確に急所だと分かる箇所はヒュドラの目。
しかし、首が7つあり、それぞれに2つずつ目がある。
なので1つ潰してもほとんど意味が無いというわけだ。
「ハハ、再生しようと関係ねえか。だったら再生出来なくなるまで斬りまくってやらァ!」
アギトさん、流石にそれは無茶ですよ。
と、言いたいフィーアだったが、それ以外に作戦が無かった為、言葉を飲み込む。
アギトがその作戦でいくのならば、自分はそれをサポートするだけだ、とフィーアは考えた。
なぜなら自分には、ヒュドラを倒すだけの強さが無いことぐらいすぐに分かっていたからだ。
だから少しでもヒュドラの狙いが自分になるようにフィーアは目を狙い続ける。
フィーアは攻撃を避けることには自信があり、実際にヒュドラの攻撃を全て躱し続けていた。
しかし、アギトの作戦では状況が悪化するばかりだ。
「ぐあァッ!!」
「アギトさんっ!!!」
ヒュドラの首を斬り続けていたアギトだったが、ついにヒュドラの牙がアギトに届いてしまった。
咄嗟のアギトの判断で噛みちぎられることは無かったが、腹部からは大量の血が流れている。
そして、負傷したアギトに毒が襲い掛かる。
7つの首が一斉に毒を吐き出したのだ。
「ハァ……ハァ……」
毒を避けることが出来ずに、浴びてしまうアギト。
身体が焼けるように熱く、もう戦う力は残っていない。
「私が何とかしないと……」
狼狽るフィーアだが、何とかしなければ、とヒュドラに接近して攻撃を放つ。
普段のフィーアならば絶対に近付かない距離。
魔銃士であるフィーアは、近距離において、攻撃を貰うリスクと相手に与えるダメージのリターンが見合わないのだ。
アギトは朦朧とする意識の中、立っているので既に精一杯だった。
(男の俺がまさか女に守ってもらうなんてな……情けねぇ……。クソッ……! 俺はこんなところで負けていられねえんだよ……!)
アギトの剣を握る手に力が入る。
今のアギトに戦うだけの力は残っていない。
それでもアギトは気合だけで乗り切ろうとしているのだ。
しかし、それが功を成す。
生と死の狭間にいるアギトは野生の本能が究極に研ぎ澄まされていた。
獣人の種の力だ。
(ああ……。お前、ちゃんと死ぬんだな)
それは蒼白とした顔で再びヒュドラを見つめるアギトが抱いた感想だった。
言ってしまえば、ヒュドラの七つの首のうち六つはノイズである。
真の首は一つで、それがヒュドラの意志でどの首にするか変えられるだけのこと。
今のアギトには、ヒュドラの首が一つにしか見えなかった。
アギトは飛び上がった。
見えている首は一つ。
それを斬れば、ヒュドラは倒せる。
「《炎剣・陽炎》」
力を振り絞った今アギトが出せる最後の一撃。
ヒュドラの首は斬り落ち、その断面は黒く焦げていた。
ヒュドラの残りの六つの首は生気を失い、瞳から色が消えた。
そのままヒュドラは倒れ、絶命した。
「凄い……。アギトさんやりましたね──って、ええ!? アギトさん!」
空中で力を出し切ったアギトの右手から剣が離れた。
着地など出来るはずもなく、アギトはそのまま落下していく。
ストンッ。
落下地点にクルトが駆けつけ、アギトを受け止めた。
「お疲れ様」
「……てめぇ、呑気に見学してやがったな……」
「うん。変に手を出せば怒られるかと思ってね」
「……ハハ、ったりめーだろ……」
「まぁどちらにしろ怒られてるんだけど」
アギトが大丈夫そうでフィーアはホッと胸を撫で下ろした。
だが、すぐに全然大丈夫じゃないことを思い出した。
「クルトさん! アギトさんはヒュドラの毒を浴びてました! すぐに治療しなきゃ大変です!」
「ああ、そういえばそうだったね。じゃあ僕はアギトを連れて拠点に戻るよ。リヴェルが戻ってきたらそう伝えておいて」
「分かりました、ありがとうございます」
対ヒュドラは、アギト達の辛勝だった。
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