7話 約束
道場の帰り道、最近アンナの顔を見ていないなと思い、家に寄ることにした。
理由は大体察しがつく。
アンナの家に訪れると玄関でアンナ母が出迎えてくれた。
「あらリヴェル君どうしたの?」
「こんにちは。アンナが落ち込んでるんじゃないかと思いまして」
「……リヴェル君には何でもお見通しね。アンナの話聞いてあげてくれないかしら?」
「もちろんです。そのつもりで来ましたから」
アンナ母に軽く礼をして、アンナの部屋に向かう。
扉をノックする。
「アンナ、落ち込んでるのか?」
「……別に」
返ってきた声には、いつもの元気が無い。
部屋の扉には鍵がかかっていて、こちらから開けることは出来ない。
「とりあえず中に入れてくれないか?」
「……嫌」
「なるほどな。神殿で何を言われたんだ?」
才能を貰った翌日、アンナは神殿に行っている。
そこでアンナは自分の才能の凄さを知り、今後の人生がどうなっていくのかを聞かされたのだろう。
大体は察しがつく。
それは、アンナの思い描いていた将来とはかけ離れたものだ。
「言いたくない。もう帰って」
「そうか」
アンナの言う通り、一瞬帰ろうとしたが、それは後悔のする選択だと勘が告げた。
「……と言って帰るほど、俺は物分かりが良くない」
「──ッ! 嫌なの! ここでリヴェルの顔を見たら、この先頑張れる気がしないの!」
「なんでだ?」
「私は明日にこの街を出て、王都に行くの! 英傑学園に入学させられるのよ! だから……もうリヴェルとは会いたくない……」
「明日って……それは急だな」
英傑学園は、俺たちの住むテオリヤ王国で最も優れた学園だ。
高い才能、高い実力を持つ者だけが入学できる非常にレベルの高い学園である。
王国中……いや世界中から強力な才能を授かった者達を集めているのだろう。
「学園に入学したらもうほとんどリヴェルと会えなくなっちゃう! 学園で竜騎士になるために特訓をして、その後もみんなのために頑張らなくちゃいけない! だって私は……【竜騎士】の才能を貰ったんだから……」
「そうだな」
必ず神殿で才能が告げられるのには訳がある。
それは優れた才能を持つ者を逃さないためだ。
才能を枯れさせずに人類全てに貢献させる。
それが一つの狙いだ。
だがその分、待遇が良く民からも感謝される。
「本当のことを言うなら私は【竜騎士】なんて才能欲しくなかったっ!」
アンナは優しくて、正義感が強くて、民を守る騎士にピッタリだろう。
しかし適性があるからと言って、本人が望むかは別なのだ。
アンナは、争いを好まない普通の女の子だったのだから。
「私はこの街で平和に……のんびりと……リヴェルと一緒に……暮らしたかった……」
涙まじりのアンナの声。
それが俺の気持ちを、覚悟を、奮い立たせる。
「……そういえば英傑学園は中等部と高等部があるんだったな。それでアンナが入るのは中等部からだな」
中等部は国に才能を認められた者だけが入学できる。
そして俺は話を続ける。
「高等部は実力が高ければ入学できる」
「……え、リヴェルまさか」
「お前はこの先、街で平和に暮らすこともなければ、のんびりとした時間が訪れることもないかもしれない。それでも俺はお前の隣にいてやりたい」
「っ……で、でも……そんなの出来っこないよ……だって……」
その先を言おうとはしない。
アンナも才能について理解を深めたのだろう。
アンナは初めて俺を客観的に見つめている。
「お前はいつも言っていたよな。俺は凄いって」
「うん……」
「本当に凄いところを見せてやる。だから三年待っててくれ。必ず英傑学園に入学する」
「うん……うん……」
アンナは声を震わせながら何度も「うん」と言った。
きっと、この扉の向こうで顔を涙で濡らしながら何度も頷いているのだろう。
しばらくして、カチャリと扉の鍵が開く音がした。
「……いいのか?」
「うん。入って」
部屋に入ると、パジャマ姿のアンナがいた。
目元が赤くなっていて、袖が濡れている。
「へへへ……いっぱい泣いちゃった」
「昔から泣き虫だもんな」
転んで泣いたり、嫌いな野菜を残さず食べようとして泣いたり、怒られて泣いたり、本当によく泣いていた。
「うん。でもこれからは泣かない!」
「本当か?」
「本当だよ! もう泣かない!」
「えらいな」
「えへへ」
アンナは少し頬をゆるませた。
そして次は深呼吸をして、真剣な目で俺を見つめてきた。
「私、リヴェルが好き。誰よりもリヴェルが大好き」
その言葉を理解するのに俺は少しだけ時間がかかった。
「それは異性としてってこと……だよな?」
「うん。そうだよ」
真っ直ぐにアンナは言った。
突然の告白に俺は驚いている。
平然をなんとか装っているが、鼓動は早くなる一方だ。
「俺──」
「待って!」
返事をしようとしたとき、アンナが俺の口の前に手を置いた。
「返事は三年後に聞かせて。その間に私、リヴェルが好きになってくれるような強くて立派な女の子になってるから」
「……分かった。約束だ」
「うん、約束」
小指を交わらせ、指切りをした。
「明日、見送りには来ないでね」
「どうして?」
「……あー、どうしてもだよ!」
「言いたくない理由でもあるのか?」
「……さ、寂しくなっちゃうから……」
今まで俺に照れることのないアンナが、赤面して恥ずかしそうに呟いている。
「そうか。じゃあこれでしばらくお別れだな」
「うん……元気でね」
「アンナもな」
アンナとの別れを済ませた俺は帰路についた。
なんともあっさりとした別れだったな。
俺は立ち止まってアンナと交わした会話を振り返る。
『── 返事は三年後に聞かせて。その間に私、リヴェルが好きになってくれるような強くて立派な女の子になってるから』
……って言ってたか。
本当にバカだ。
何も分かっていない。
俺はお前の笑顔に何度励まされてきたことか。
俺は別に、強くなくても、立派じゃなくても、お前が笑ってさえいてくれればいい。
──そのためにはアンナが戦わなくていいぐらいに俺が強くならなければいけない。
それこそ世界最強になるしかない。
俺の【努力】はそのためにあるのだ。