39話 その声は
英傑学園の課外活動の一環として、アンナたち一年生は王都の北にある森にやってきていた。
今回の課題は、クラスメイト4人で1つのグループを作り、協力して魔物を討伐するというもの。
学園生活が始まって間もない段階で、このような課題が出される理由は生徒同士の交流を深めるためだけでなく、これからの課題をより実践を意識して挑んでもらうためでもあった。
明るく優しい性格のアンナは、仲良くなった女友達を一人加え、内向的で口下手なクラスメイト女子2人に声をかけて仲良くしようと試みた。
2人は笑顔で承諾し、無事グループが結成された。
英傑学園の生徒だけあって、皆優秀な才能の持ち主だ。
この森林に生息する魔物では特に苦戦することなく、和気あいあいとした雰囲気で課題に取り組んでいた。
だが、その中でアンナはいち早く異変を感じ取った。
(……さっきから魔物の様子がおかしい。私たちを襲ってくるというよりも何かから逃げているような……まぁでも勘違いかな?)
勘違いだろうとは思ったものの、アンナは皆に自分が感じ取った異変を伝えると、
「きっと考え過ぎだよ。先生たちはこの森林に危険な魔物は居ないって言っていたし」
そう一蹴された。
しかし、アンナの感じ取った異変は正しかった。
課題は倒した魔物の数と強さで評価されるため、真面目に取り組もうとしている生徒たちにとって中途半端に投げ出すことはない。
だからこそ、危険をいち早く察知できない。
先生たちが言った安全だという絶対を約束できない言葉を鵜呑みにし、不測の事態を考慮することが出来ない。
そして、アンナたちの目の前に巨大な影が現れた。
今までの魔物とは比べ物にならない大きさ。
全身が赤い色をした獅子。
皮膜の翼、尾に猛毒の針。
その姿は強さを象徴するに相応しいものであった。
マンティコアだ。
「な、なに、あれ……」
一人のクラスメイトが呟いた。
恐怖に染められた表情で目には涙を浮かべていた。
「に、にげ、なきゃ……」
小さくかすれる声を絞り出した。
「大丈夫……相手はまだ気付いていない。ゆ、ゆっくり物音を立てずに退けばきっと……」
アンナの判断は正しかった。
アンナ達がマンティコアに出会したとき、奴は食事中だった。
長い眠りから覚めたマンティコアは腹を空かせており、食事に夢中になっていた。
今、静かにこの場を去り、あの化物の存在を教師に知らせることが出来ればなんとか無事に助かることが出来るだろう。
「キャアァ──」
恐怖に耐えきれなくなった一人が悲鳴をあげた。
すぐにアンナが口を抑えたものの、マンティコアは気付いてしまった。
魔物を食べることをやめ、次なる獲物を狙うべくマンティコアは動き出す。
魔物では満たされない。
好物である人間を食べなければいけない。
「気付いちゃったかー」
アンナの額に冷や汗が流れる。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 迷惑かけて本当にごめんなさい!」
「いいの、あんなの見たら誰だって悲鳴をあげたくなっちゃうからね。よし、じゃあこうしよう。私が時間を稼ぐからみんなは逃げて先生達に報告してきて」
「「「えっ!」」」
アンナの申し出に他のグループメンバーは驚いた。
それがどういうことを意味するか、分からないほど馬鹿ではない。
「そんなことしたらアンナちゃんが……!」
「大丈夫。なんとかしてみるから! それに、一人でも多くの人を助けるにはいち早くアイツの存在を先生たちに知らせるのが一番だからね!」
笑顔でそう言った。
アンナの友達は頷き、二人を連れて逃げて行った。
薄情なわけではない。
まだ一ヶ月ほどの少ない時間だが、アンナと共に過ごしてきて変に頑固な性格であることを理解していたからこそだ。
よき理解者であり、よき友達なのだ。
アンナの目の前に現れたマンティコアは口からよだれを垂らしていた。
(……既に諦めムードだけど、みんなのためにも少しでも多く時間を稼がなきゃね)
そう思うアンナだったが、後悔がない訳ではない。
(この学園に入って、少しは立派になれたかなぁ。……リヴェルに好かれるような女の子に私はなれたのかな)
だが、そんなことを考える時間もあるはずなどない。
腹を空かせたマンティコアはアンナに襲いかかる。
口を大きく開けて、アンナに噛みつこうとしてきた。
「はや!」
そのスピードにアンナはなんとか反応し、横に飛んでかわした。
しかし、間髪入れずにマンティコアは鋭い爪で攻撃を仕掛けてきた。
「ぐッ──」
槍で攻撃を受け止めたものの、威力を殺すことは出来ずにアンナは水平方向に飛ばされてしまった。
木の幹にぶつかるアンナ。
頭部から血が流れ、既に満身創痍だ。
ゆっくりと獲物を弄ぶように近づいてくるマンティコアにアンナは自分の死を悟った。
(……リヴェルは私のために高等部に入ろうとしてくれているんだよね。悪いことしちゃったなぁ。……あぁ、もう一度会いたかったなぁ)
そう思うと、涙がこぼれた。
「……ごめんね、リヴェル」
これが最後の言葉だろう。
その言葉は届くはずもない。
死にゆく運命を悲しみながら、アンナは目を閉じた。
「呼んだか?」
その声を聞いた瞬間にアンナはすぐさま目を開いた。
「えっ、なんで……」
自分の前に立つ、その背中は幻だと思った。
だけど、振り返ると変わらない笑顔を私に向けた。
「やれやれ、随分と早い再会になっちまったな」
そこにいたのは幻じゃない。
正真正銘、私が大好きな人だった。
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