3話 剣聖
「帰ったぞー」
裏口から入ってきたのは、180cmぐらいの背丈で、黒色の髪をした男。
父さんだ。
「おかえり、父さん」
「おーリヴェル。帰ってくる途中でアンナちゃんに会ったぞ。笑顔で歩いていたが、もしかして良い才能をもらったのか?」
「アンナは【竜騎士】だよ」
「どひゃー、これまた凄い才能を貰ったもんだな。お前は?」
「俺は【努力】」
「ぷっ……お前【努力】って……ぷふっ」
父さんは肩を震わせながら、口に手をあてて笑った。
「実の息子を笑うとは酷い親だな」
「いやだってよ、【努力】って才能じゃないだろ……ぷっ」
まだ笑ってるし。
「ふぅ……まぁでもお前らしいんじゃねーか? それにこれぞ父さんの息子って感じがするな」
ようやく笑いが止まった父さんは言った。
「またあの言葉? 才能は与えられるものではない。才能は育てるものだ、ってやつ」
「そうそれ。よく分かってるじゃねーか」
父さんの才能は【剣士】だ。
だけど父さんは剣聖まで登り詰めた。
剣聖は剣術を極めた者に与えられる職業だ。
剣士には、強さの指標がある。
下位剣士、剣士、上位剣士、最上位剣士、剣聖の順で強くなっている。
【剣士】の才能から剣聖まで登り詰めたのは父さんしか俺は知らない。
「才能に左右される人生なんかつまらないにも程があるぜ。人生ぐらい神様に頼らず自分で決めろってな。その点、お前の才能はいいなぁー、【努力】なんだから何にでもなれるぜ……ぷっ」
あ、また笑った。
「それっぽいこと言った後に笑うのやめてくれない?」
「いやーだってなー、ぷふっ……」
「なにー? 楽しそうにどうしたの?」
店の営業を終えた母さんがやってきた。
母さんが帽子を取ると、長い金髪がなびいた。
「母さん、聞いてくれよ! リヴェルの貰った才能が【努力】なんだってよ!」
「ぷっ……なに努力ってー! 才能じゃないじゃなーい! 面白いものを貰ってきたねウチの息子は」
「だろー? ガハハハ、やっぱりこれは爆笑もんだよリヴェル」
「だから息子を笑うなと何度言ったら分かるのさ」
はぁ、とため息を吐いた。
「でもリヴェルらしいわ。あなた昔から努力家だったもの」
「そうだっけ」
身に覚えが無かった。
「あなたが料理上手くなったのはもの凄く努力したからよ? アンナちゃんの笑う顔が見たいからーって」
「げ、そんな理由だったっけ」
恥ずかしい過去だ。
斜め上を見ながら頬をかく。
「若いって素晴らしいなー。なぁ母さん」
「もう茶化さないの」
「へーい。それでリヴェルは何を努力するんだ?」
腕組みをして父さんが言った。
「──強くなりたい。だから、まずは父さんに剣術を教わりたい」
「男の子だものね。良いんじゃない? ね、父さん」
「いやな、母さん。これまた面白い話があるのよ」
父さんは少し顔をニヤニヤさせながら母さんに耳打ちをした。
すると、母さんも、
「あら、素敵じゃない」
と言って、笑った。
「二人してめんどくさいなーもう」
「お、反抗期か?」
「もう意地悪しないの。それで父さんはリヴェルに剣術を教えてあげるの?」
「勿論良いが、リヴェルは既にある程度、剣術を身につけているじゃねーか」
子供のときから父さんの道場に行って、遊びがてら剣術を習っていたこともあり、素人に毛が生えたぐらいの実力がある。
「んー、じゃあ父さんより強くして」
「あー100年かかるな。父さん、天才で最強だから」
「才能が【剣士】なのに天才とは一体」
【剣士】は一般的なもので才能があるとはお世辞にも言えない。
「うるせー! 剣聖になってんだから自称天才でも許されるだろ」
まったくその通りで、才能が【剣士】なのに剣聖まで登り詰めるなんて普通ではあり得ない。
「天才なんて次元じゃなくて人外とかが合ってるよ」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか」
「父さん、それって喜ぶことかしら。私は人間じゃない夫は嫌よ」
「か、母さん。リヴェルが言ってるのは比喩だから……」
「ふふ、冗談よ」
母さんにベタ惚れの父さんは、いつも頭が上がらない。
剣聖なんて世界に数えるぐらいしか居ないのに、ここまで庶民派なのは珍しい気がする。
「まぁとにかく、父さんを超えるのは諦めろ。それは俺が教えることじゃない」
「じゃあ父さんは俺をどれぐらい強く出来るの?」
「どれだけ厳しい修行をするかによるな」
「一番厳しいのでいいよ」
「……最悪死ぬぞ? お前にはそれだけの覚悟があるか?」
真剣な目だった。
それだけその修行は厳しいものなのだろう。
「大丈夫。俺の才能は【努力】だから」
だけど俺は即答した。
俺が思うに【努力】は、自分を追い込むことによって効果を発揮する。
正直、少し怖い。
絶対後悔すると思う。
でも、俺なら出来るという自信だけはあった。
「くっくっく、じゃあ一週間後から修行開始だ。付きっきりで鍛えてやるよ。そうすりゃ上位剣士ぐらいの実力は保証してやる」
「ありがとう、父さん」
「まぁ本格的に始めるのが一週間後ってだけで明日から道場来いよ。この時期は【剣士】の才能を貰った奴らが大勢入ってくるからな」
「分かった」
本格的な修行が始まるまでの一週間、ただ道場に通うつもりはない。
一分、一秒たりとも無駄にできない。
……まぁこれに関しては大丈夫だろうと思っている。
なにせ俺には《英知》があるのだから。