36話 優勝、そして
「せっかくだし、派手にいこうか」
クルトはそう言って、笑みを浮かべた。
「魔力は十分にある。いくらでも付き合ってやるよ」
「それは良かった」
お互いが一歩も動かない。
魔法使い相手には、開始と同時に駆け寄り、攻撃を仕掛けるのが定石とされるだろう。
だが、クルト相手にそれは少し危険だと俺は判断した。
クルトについて、フィーアは大会が始まる前にこう言っていた。
『……うう、だってクルトさんはおかしいんです。いくら攻撃しても平然と魔法を撃ち返してくるんですから』
この発言から、クルトはフィーア同等、いやもしくはそれ以上の攻撃速度だと考えたほうがいい。
近づけば、クルトの高火力の魔法を直撃させられてしまう恐れがある。
だから俺は敢えて【賢者】の才能を持つ天才と魔法勝負をすることにしたのだ。
「フレイム」
クルトは魔法を詠唱した。
クルトの頭上に弧を描くように5本の炎の槍が出現した。
現代魔法について少し俺も理解を深めたが、あれは『フレイム』という魔法ではない。
『フレイム』は対象を火炎で攻撃する魔法だが『フレイムスピア』はそれの応用。
こいつは詠唱を省略できると言っていたが……なるほどな。
考える時間など与えてくれるはずもなく、クルトが出現させた炎の槍は5本全て俺に放たれた。
対策など考えるまでもなく、俺は魔法を行使する。
『フレイムスピア』は火炎で作られた槍であるため、消火してやればいい。
水を使うまでもない。
そして俺の思惑通り炎の槍は目前で消えていった。
「おおっと!? これは一体何があったのでしょうか! クルト選手が放った炎の槍がリヴェル選手の目前で消えてしまいました! え、これ本当になんでですか?」
「リヴェル選手が魔力を使用した痕跡が見られるため、何らかの魔法を使用したことは明らかです。しかし、魔法は専門外なので何をしたのか、までは分かりませんね」
「シ、シドさんまでも理解できないことをやってのけたリヴェル選手! 剣術だけでもなく魔法も一流なのか!?」
今おこなったことは炎の槍の進行方向を読み、その空気中の酸素をなくしたのだ。
酸素のないところで炎を存在させるのは難しい。
広範囲になればとんでもない量の魔力を使うことになるが、この程度なら水魔法を使うよりも少ない魔力で済む。
「さすがだね、やっぱり今までの相手と比べてリヴェルは圧倒的だ」
「そう結論づけるのは早いんじゃないか?」
「いや、十分さ。リヴェルとなら最高の遊びができそうだよ」
クルトは楽しくて仕方ないようで、満面の笑みを浮かべていた。
「……やれやれ」
最高の遊び、か。
クルトは魔法が本当に好きだということがものすごく伝わってくる。
そもそも決勝戦を遊びと表現する時点でクルトは優勝することなどどうでもいいのだ。
俺と手合わせをしたい、それだけだったのではないかと少し思った。
◇
「──どうなってんだこいつら……」
観客の一人がそう呟いた。
それは観客のほとんどがそう思っていることであり、固唾を呑んで戦いの行末を眺めていた。
リヴェルとクルトが戦い始めてから既に15分が経過していた。
他の試合に比べ、試合時間が圧倒的に長く、そして密度も濃い。
この戦いは既に新人冒険者の域を脱しており、高ランク冒険者同士の戦いと言えるほどだった。
クルトは「派手にいこう」という発言通り、高火力の魔法を好んで使っていた。
だが、魔力が枯渇する様子はない。
クルトはリヴェルから古代魔法の知識を取り入れて、それを現代魔法に活かしていた。
古代魔法は今の段階では使えないが、古代魔法の基礎となる知識は現代魔法にも非常に有用である。
魔力をうまくコントロールし、他の魔法使いに比べ少ない量で大きな効果を持つ魔法を詠唱することに成功しているのだ。
【賢者】という才能だけでなく、その発想力、応用力は天才と呼ぶに相応しいものだろう。
対してリヴェルもそれに付き合えるだけの魔法の技術を所持していた。
古代魔法を扱えるリヴェルは的確に状況を分析し、クルトよりも器用に魔法を使い、最小限の魔法でクルトの攻撃を防ぐ。
そして攻撃にもフェイクと本命を混ぜるなどの工夫を凝らした。
それでもなお終わらない対決。
二人の実力は非常に拮抗していた。
◇
……さて、そろそろ魔力が尽きても良い頃だ。
あれだけの高火力の魔法を放って、なぜ枯渇状態にならないのかが不思議なぐらいなのだが。
魔力の量はあまり俺と変わらないはず。
だとすれば……そうか。
なるほど。
古代魔法の知識を現代魔法に応用させたか。
天才め。
「──リヴェル、そろそろ終わりにしよう」
クルトの顔から笑顔が消えていた。
「そろそろ魔力が尽きてきたか?」
「その通り。楽しみすぎたかもしれないね」
「ハハ、お前らしいな」
「宣言しておくよ。次で決める」
「……分かった。俺もそれに応えよう」
「ああ、そうでなくちゃね」
俺は鞘から剣を抜いた。
「ん、魔法じゃないのかい?」
「ああ、魔法の力比べを手合わせとは言わないからな」
距離を詰めれば魔法の餌食になる。
そう思っていたが、今までの戦いの中である作戦を思いついた。
魔法で勝つのではなく、総合力で勝つ。
クルトはそれ以上何も言わない。
そして、俺は駆け出し、クルトは魔法を唱えた。
「ウィンドブラスト」
それは以前、クルトの従妹であるアーニャが繰り出した魔法だった。
しかしアーニャが放ったものとは違い、風の塊の輪郭がくっきりと見えた。
威力がアーニャのウィンドブラストの何倍もあることが伺える。
あれをくらえば一撃でHPバーがゼロになるだろう。
だが、それでも俺は突っ込んでいく。
そしてウィンドブラストを直撃した俺は姿を消した。
「なに!?」
クルトは魔力を感知することができる。
だから、普通ならクルトに残像なんて手段は通用しない。
しかし、魔法を撃ち合い、魔力の残量も少ないこの状況下なら一瞬だけは隙ができるのだ。
俺はクルトが魔法を放ったと同時に駆け出し、そしてウィンドブラストが直撃する前に自分の残像を魔法で作成した。
クルトから見れば、ウィンドブラストと俺が重なっているため魔力を感知することは難しい。
万全の状態のクルトならば、何をしたか察しがついていたかもしれないが、今は魔法の撃ち合いで疲労している。
だからこのタイミングなのだ。
力比べならクルトが上だったかもしれない。
だが、手合わせとなると俺の方が強かったようだ。
まぁこれは本当に微々たる差だろう。
俺の方が勝利への執着があったに過ぎないのだから。
「最後まで付き合ってやれなくてごめんな」
クルトの背後に回っていた俺は剣を振るった。
「試合終了ォー! 今年のフレイパーラ新人大会を制したのはギルド『テンペスト』のリヴェル選手です!」
実況が俺の勝利を宣言すると、会場全体から歓声が響き渡った。
「リヴェル! 俺はお前が優勝すると信じていたぞ!」
「かっこよかったぞリヴェル!」
「剣術と魔法をあれだけ使えるとかお前何者だよ!」
そんな観客の声を聞きながら、俺は地面に座り込んだ。
流石に疲れた……。
クルトの相手は骨が折れるな。
魔力もほとんど残っちゃいない。
横になったクルトを見ると、苦しそうな表情をしていた。
枯渇状態になったか……。
「……リヴェル、僕は今までで一番面白いと思えたよ」
クルトは苦しみに耐えながらもそう言ってくれた。
「満足してくれたなら何よりだ」
……。
だめだ、動こうにもクルトの試合で力を使い果たしてしまったようだ。
俺は仰向けになって倒れた。
観客たちの歓声は、まだ鳴り止まない。
その様子を聞いていると、優勝したんだと実感が湧いてきた。
──だが、まだ俺はスタート地点に立ったに過ぎない。
俺が強くなるためにわざわざ選んだ冒険者という立場。
それを存分に利用するための最初のステップを踏んだに過ぎないのだ。
この大会のおかげで俺の知名度は上がったのは間違いない。
準備は整った。
──さて、そろそろ最強への階段を駆け上がるとしよう。
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