16話 領主の息子
突如として現れた女は杖を手に持ち、その先をこちらに向けた。
「暴力してるというか、これは仕方なくというか。あ、この地面に落ちてるナイフを──」
「ウィンドブラスト!」
──って、人の話聞いてねぇ!
魔法が放たれた。
うっすらと見える風の塊がこちらに勢いよく向かってくる。
周りには露店があるにも関わらず、こんな魔法を使ってくるとは……。
直撃すれば俺だけでなく、腹を抑えてノックダウンしている二人も巻き込まれるだろう。
こいつら助けようとしてるのに攻撃加えようとしているわけだ。
この場を最も穏便に切り抜ける方法はただ一つ。
放たれた風魔法と同じ威力の風魔法をこちらも放つこと。
そうすることにより、互いが打ち消しあって相殺される。
《無詠唱》は便利だ。
詠唱にかかる時間を思考だけで済ますことが出来る。
彼女が放った魔法を分析し、風魔法を放った。
同じ大きさ、同じ速度の風の塊が衝突。
ぽんっと音を立て、魔法は消滅した。
「なにっ!? 無詠唱だと!? くそ、こうなったら──」
大きな声を出してくれるおかげでよく聞こえた。
あの子、まだ続ける気か?
流石にこれ以上は被害が出る。
俺は彼女を止めるためにも駆け出した。
「こらアーニャ。あれだけ街で魔法は使うなと言っただろう」
彼女の次なる魔法の準備を止めたのは、俺ではなく別の男だった。
眼鏡をかけており、高貴な服を着た男は彼女の頭を軽く叩いた。
年齢は俺と変わらないぐらいに見える。
「いててっ。あ、クルト様。これは違いますよ! あの男が──って、ええっ!? どうしてこんな近くにいるの!?」
アーニャと呼ばれた少女は驚いていた。
「どうしてって、貴方を止めるためですよ」
「止めるのは私の──むぐむぐぐっ」
先ほどクルト様と呼ばれていた男に口を押さえられた。
「ごめんね。この子、正義感が強すぎるせいで周りが何も見えないんだ」
「大丈夫ですよ。暴力を振るっていたというのは間違いではないので」
「……ふむ、スラムの住民か。見たところ君は旅人だろうし、頭上にいる子竜目的に襲われでもしたんじゃないかな?」
鋭い観察眼だ。
背後にある少しの情報で何があったかを推測している。
「ええ、その通りです」
「あーやっぱりそうだったか……。本当にすまない。君が止めてくれていなかったら街に被害が出ていたところだった。アーニャ、君からも謝りなさい」
「……あの、その……ごめんなさい」
少し戸惑いながらも頭を下げて謝ってくれた。
『この人、悪い人じゃなさそう。ゆるしてあげて』
キュウが念話でそう伝えてきた。
俺も悪い人ではないと思うし、もちろん許すつもりだが、どうしてキュウがそう思ったのかが気になるな。
『どうして悪い人じゃないと思うんだ?』
『キュウ、人の心わかるっ!』
『まじかよ。すげーな。さっきのスラムの人達は?』
『わるいひとっ!』
どうやらスラムの人達は悪い人だったようだ。
まぁそりゃそうか。
「……勘違いは誰にでもありますよ。でもなんで俺だけが悪いと判断したんです?」
クルト(?)さんが状況を把握できたのだから、冷静に考えれば魔法をぶっ放す選択はしないと思うのだが。
「お腹を殴っているところを見てしまったので……」
すごい単純な理由だった。
「アーニャ、それだけでいきなり襲いかかったら君の方が悪い奴だからね」
「はい……本当にごめんなさい……」
それから少し話をして、後日改めてお詫びがしたいとの事だ。
泊まっている宿屋を聞かれたときは、ラルから紹介状を貰っていてラッキーだと思った。
明日出向いてくれるそうだ。
俺が返り討ちにしたスラムの人達は、いつの間にかいなくなっていた。
◇
翌日の朝、宿屋の前で待機していると一台の馬車がやってきた。
人を乗せることに特化した貴族御用達の馬車といった感じ。
執事服を着た初老の方に、俺がリヴェルであるかどうか確認された後、馬車に乗った。
『すわるところふかふかっ!』
クッションの上でキュウはバタバタと動きながら身体を擦り付けていた。
確かにこれは柔らかい。
これは長時間乗っていても疲れを感じにくいだろう。
しばらく馬車に乗っていると、めちゃくちゃでかい屋敷の前に辿り着いた。
馬車を降り、執事の案内で屋敷内を歩いていく。
「こちらのお部屋でクルト様がお待ちになっておられます」
そう言って執事は礼をした。
「ありがとうございます」
部屋の扉を開けた。
「リヴェル、昨日振りだね」
「ああ……ってかクルトの家金持ちだったんだな」
俺たちは砕けた口調で話した。
クルトは同年代の友達がいないようで、良ければ仲良くして欲しいと言っていた。
俺としてもこういった喋り方の方が楽でいいから、快く承諾した。
「そうだね。一応父上はここの領主だからね」
「……へ?」
「アハハ、面白い反応をするなぁ。改めまして、クルト・ウェミニアです。よろしく」
クルトは高貴な雰囲気は漂っていたが、予想を遥かに超えるほど偉い人だった。




