36話 キュウとの別れ
今日は完結まで更新します。
「残念ながら、そうすることでしかリヴェルさんが神の力を取り戻すすべはありません」
「そんな……キュウが消えちゃうの……?」
「ダメだ、キュウを犠牲に俺が力を取り戻すことなんて出来ない……」
「良いのですか? ここでクルトさんを止めなければ、魔神が徐々にクルトさんの身体を乗っ取り、完全な復活を遂げてしまうでしょう。その結果、多くの人が犠牲になることは間違いありません」
「……じゃあ、何が何でも今持てる力の全てを出し切って、クルトに勝つしかない」
こんな状況一度や二度じゃなかった。
その度に俺はなんとか切り抜けてきたんだ。
マンティコアと戦ったときだって、俺は圧倒的な実力差を見せつけられたじゃないか。
「リヴェル……」
「ハッキリ言って不可能に近いでしょう。マンティコア戦のように、土壇場でスキルを作り出すことが出来てもどうにかなるレベルではありません。次元が違うのです」
「クソ……!」
悔しさで胸がいっぱいだった。
勝てる見込みが限りなくゼロに近いのは俺自身が一番分かっている。
正直言って、あのクルトの強さは次元が違うのだ。
でも、諦めたくない。
キュウを失いたくはない。
『あるじ……』
キュウは俺の前にやってきて、心配そうにこちらを見つめている。
「大丈夫だ、キュウ。この戦いが終わったら沢山アーモンド食べさせてやる」
『僕はいいよ。それであるじ達が助かるなら』
「キュウ……?」
こいつは一体何を言い出すんだ……?
「い、いい訳ないだろ! お前が消えちまうんだぞ……!」
『僕はもとに戻るだけだよ』
「……キュウ」
アンナは目に涙を浮かべながら呟いた。
『大丈夫。僕は何も怖くないよ』
キュウの覚悟は本物だった。
だったらいつまでも俺が迷っていては主人失格だ。
「……分かった。キュウ……お前の力、有り難くもらうぞ」
『うん!』
キュウはそう言って、俺に飛びついてきた。
頭を撫でてやると、いつものように頭の上に移動した。
最後までキュウは俺の頭の上が好きみたいだった。
「……リヴェル、私も勿論大丈夫だよ」
「ありがとな、アンナ。……というわけで神様、準備は整いました」
「……いえ、あと一つリヴェルさんには言っておくことがあります。クルトさんを倒した後はあちらの世界に留まることが出来ません。それも承知しておいてください」
世界に留まることは出来ない……?
「……つまり、クルトを倒した後は俺も消えるってことですか?」
「はい。そういうことになりますね」
……そんな気はしていた。
もともとクルトを倒すためなら死んでも良いと思っていたんだ。
それぐらいの覚悟はとっくに出来ている。
「ええ、構いません。それでみんなが助かるなら」
「──だ、だめ!」
アンナが叫んだ。
「……ごめんね。リヴェルがいなくなることを考えたら、凄く嫌だった。せっかくまた近くにいるのに、また遠くに行っちゃうのは苦しいよ……」
「アンナ、ごめんな」
「ううん、私のわがままなのは分かってるの……でも、ごめん……素直に受け入れられない」
アンナは顔を両手で覆いながら、肩を震わせて、静かに泣いた。
「ははは、そうだよな。じゃあこんなタイミングで悪いし、すげえ遅くなったけど、あのときの返事をさせてもらうな」
「……返事?」
どうやらアンナは覚えていないようだった。
だったら、思い出させてやるさ。
「──俺は世界で一番アンナを愛してる。強くなくてもいい。立派じゃなくてもいい。少し泣き虫で、食いしん坊で、よく笑うアンナが大好きだ」
そう言うと、アンナは大粒の涙をこぼしながら、俺に抱きついてきた。
「私もリヴェルが大好きっ……! ずっと、ずっと、大好きだから……!」
俺もアンナを強く抱きしめた。
「……そうだ。一つ約束をしよう」
「どんな約束……?」
「あー、約束っていうよりお願いだな」
「うん……いいよ。何でも言って」
「俺は消えてもまた戻ってくるから。そのときは俺と──結婚してくれ」
「……はいっ……喜んで……っ!」
アンナは涙でぐしゃぐしゃにしながら笑顔で言った。
『キュウも!』
キュウも混ざってきて、しばらくの間、俺たちはそのまま抱きしめ合った。
「……よし、神様。待たせてすみません」
「大丈夫ですよ。もうよろしいですか?」
「俺は大丈夫です」
「私も大丈夫!」
『キュウ、最後にあもんど食べたい』
アーモンドか。
キュウらしいな。
「大好きだもんな、キュウ」
『うん!』
ここで《アイテムボックス》使えるのかな?
そう不安に思ったが、使うことが出来た。
ここ、どういう空間なんだろう……。
《アイテムボックス》からアーモンドを取り出して、キュウに食べさせてあげる。
『あもんどっ! うまいっ!』
キュウの笑顔を見ていると、すごく別れが悲しくなってくる。
泣きそうなのを堪える。
「満足しましたか?」
神様がキュウに問いかける。
『うん! キュウもう大丈夫!』
「キュウちゃん……」
アンナは健気なキュウを見て、泣きながら抱きしめた。
「キュウン!」
キュウは自分の運命を悲観することなく、明るく振る舞っている。
キュウ……お前は本当に良い子だな……。
「では、これよりアンナさんとキュウさんに分け与えた力をリヴェルさんに戻します」
暖かい光が俺たち3人を包む。
光と共にキュウの身体は徐々に透明になっていく。
「キュウ!」
俺は叫んでしまった。
泣けば、キュウは辛くなると思っていた。
だから泣かないと、決めていたのに。
いざ、キュウが消えるところを目の当たりにしたら無理だった。
『あるじ! 今までありがとっ!』
「キュウ……! キュウ……ッ!」
どうしてこんなに涙が溢れてくるのだろう。
自分でも制御できなかった。
他の辛いことにはいくらでも耐えることが出来たのに。
キュウがいなくなることだけは耐えることが出来なかった。
『あるじ、クルトを正気に戻してねっ!』
「ああ、約束する……。だから、心配するな……!」
『うん! でも僕は思うんだ。これでお別れじゃないって。あるじやアンナが転生したように、僕も転生するんだ。だから、きっとまたどこかであるじと一緒にいられるときがくるはずだよ!』
「そうだな……キュウ」
『だから、またね! あるじ!』
キュウはそう言って、笑いながら、消えていった。
「……またな」
俺はそう呟いて、腕で涙を拭った。
ドクン、ドクン、と鼓動が早くなるのを感じた。
その勢いはとどまることを知らない。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
……身体が活性化されているのを感じる。
「リ、リヴェル……髪の色が……!」
「髪の色……?」
自分の前髪を掴み、色を確認する。
碧色……?
アンナの言う通り、確かに髪色が変わっていた。
「リヴェルさんは、アンナさんとキュウさんの力を授かり、能力は神の領域に達し、本来の力を取り戻しました。ここまで至るにはとてつもない【努力】が必要でしたが、よくやり遂げましたね」
「これが俺の本来の力……?」
「わっ、ほんとだ! リヴェルの魔力凄まじいことになってるよ!」
自身の魔力を測定してみると、《纏魔羽衣》を使用しているときよりも圧倒的に魔力が高かった。
なんだ、この魔力の量……。
自分でも驚くぐらいに強くなっていた。
「キュウ、アンナ……ありがとな。お前達の覚悟、無駄にはしない」
「そっか、私、【竜騎士】の才能がなくなっちゃったんだね。最初は嫌だと思っていた才能だけど、なくなると少し悲しいね」
「はい。【竜騎士】の才能はなくなり、今のアンナさんの才能は何もありません。申し訳ありません」
神様が答えた。
「ん〜、まぁ別に才能が無かったらなかったで私はパティシエにでもなろうかな」
正直な奴だな、本当に。
「さてと、それじゃあクルトの奴を分からせに行くか。ちゃんと説教してやらないとな」
「分かりました。では、ご武運を」
「はい、ありがとうございます。神様」
「ふふふ、リヴェルさん、あなたももう神なのですよ」
神様はそう言って笑うと、俺とアンナは元のいた場所に戻ってきた。
クルト、フィーア、アギトがこちらを驚いた表情で見つめている。
アギトも来てくれてたのか……お前、本当に良い奴だな。
「驚いた……。まさか光に包まれて、こんなことが起きるとはね。キュウが消えて、リヴェルの雰囲気が変わった。ビックリだよ。魔力も増えているみたいだ」
キュウが消えた……そうか、キュウも助けに来てくれてたんだな。
本当にありがとう、キュウ。
お前には感謝してもしきれないよ。