23話 想像以上のクズ
闘技場の観客席に上がり、様子を見ると、アギトとヴィンセントが戦っていた。
自己紹介のときに言っていたようにヴィンセントの剣の腕は中々のものだった。
英傑学園に中等部から入学しているのは伊達じゃない。
剣と剣がぶつかり、金属音が絶え間なく闘技場に響き渡っている。
攻めているのはアギトだが、ヴィンセントはそれを涼しい顔で流している。
「やはり高等部からの入学者は中等部よりも劣っているよ。それを君が証明してくれている」
「うっせぇなぁ。さっきから口だけじゃねェか。それに、たかが模擬戦でここまで調子に乗れるのも才能なのかァ?」
「くっくっく、分かったよ。お望みならすぐに終わらせてやるさ──《俊速魔剣》」
ヴィンセントは目にもとまらぬ速さでアギトに3回、斬撃を入れた。
魔法使いとしても最上位の才能を持つ【魔法剣士】だから出来る、魔法と剣術を掛け合わせた圧倒的なスピード。
アギトは驚いた様子だった。
目を見開き、口を開けたまま、冷や汗を流していた。
模擬戦が終了したのを見て、初めて自分に攻撃を受けたことを認識したのだろう。
「君はさっき言っていたな。たかが模擬戦で調子に乗っている、と。俺は思うんだ。それは君の方なんじゃないか? ってね。そこまで言うなら、模擬戦が終わった今、俺に斬りかかってこいよ」
「……ハァ?」
「英傑学園内での戦闘は闘技場を用いて、模擬戦として行わなければいけないルールだが、俺の実家は伯爵家だ。多少の融通は効く。それに場所も闘技場だ。誤って模擬戦では無かったという言い訳も一度なら問題無く通る。だからさ、来なよ。調子に乗っていたのはどちらか、ハッキリさせてやるよ」
アギトは柄をグッと握りしめる。
俺はアギトほど負けず嫌いな奴を見たことがない。
今のアギトの心情を考えると、悔しさで胸がいっぱいだろう。
「安い挑発だなァ……だけどいいぜ。乗ってやらァ!」
「ハッハッハ! 馬鹿は扱いやすくていいな!」
アギトは剣に炎を纏わせて駆け出す。
ヴィンセントは剣に水を纏わせる。
二人の剣戟は早々に決まりそうだった。
ヴィンセントがアギトの実力を優に上回っているのだ。
水を纏った剣がアギトに振り下ろされる。
もうアギトに反応は出来ない。
斬られれば致命傷は免れないだろう。
実力を隠さないといけない状況にある俺だが、これは見過ごせない。
俺が強くなったのは、アンナのためはもちろんだが、大切な人達を守るためでもあるのだから。
「──なにっ!?」
ヴィンセントの剣を受け止めると、彼は驚いた表情をした。
そしてすぐに俺を睨みつけた。
「そこまでにしておいてもらおうか。アギトは俺の友達なんでな」
「リ、リヴェル……」
「オイオイ、人聞きが悪いな。襲いかかってきたのはそっちだぜ?」
「すまないな。だが友達なんだ。一大事となれば見過ごせない」
「……ふぅ〜ん。じゃあ分かった。お前、アンナと幼馴染だったよな? 身を引けよ」
「どういうことだ?」
「俺はアンナの顔に惚れている。あれは上玉だな。なんとかして自分の物にしたいんだ。だから、いきなり現れた幼馴染のお前は邪魔だ。消えてくれ」
「断る」
「は? お前がそんなこと言って良い立場か? そこで二つ返事をしていればいいものを。追加する。クロエとも関わるな」
「……なんでクロエが出てくるんだ?」
「俺は可愛い子に目がない。俺以外の男が可愛い女と仲が良いとイライラするんだ」
こいつ、想像以上のクズだな。
クラスで見せていたあの爽やかさは、そのドス黒い欲望を叶えるための仮面でしかなさそうだ。
「残念ながらお前の要求は呑むことが出来ない」
「じゃあ仕方ないけど二人には痛い目を見てもらうしかないな。遅かれ早かれリヴェルには痛い目見てもらおうと思っていたから丁度良いよ」
こうなってくると、実力を隠すのが難しくなってくるが、この状況なら何も問題は無い。
《魔力感知》でアイツに見つかっていることは分かっていたからな。
「面白そうなことをしているね。良ければ僕も混ぜてもらいたいものだ」
コツコツ、と足音を鳴らして、一人の男が闘技場に現れた。
「お前は交流戦の……!」
ヴィンセントは男を見て、顔を歪める。
やはり、それほどまでにあの交流戦は新入生にとって衝撃的だったのだろう。
「その犬男は僕の友達でもあるからね。仕方ないから助けに来てあげたんだ。だけど、戦うってことなら大歓迎だよ」
「……なに、あれは言葉の綾さ。本気で痛めつけようなんて思っちゃいない。しかし、誤解を生んだのなら謝るよ。俺はヴィンセントだ。君の名前はクルトだろう? 交流戦は凄まじかった。尊敬するよ」
ヴィンセントは爽やかな表情を浮かべながら、クルトに近寄り、手を差し出した。
「はは、君は僕がもっとも嫌いな人種のようだね。自分より強い者には尻尾を振り、弱い者には本性を見せる。英傑学園も程度が知れるね」
「そんなことないさ。誤解だよ。それをこれからの学園生活で分かってもらえれば俺はそれでいいさ。じゃあ俺はここらで失礼させてもらうよ。アギト君、模擬戦楽しかったよ。また誘ってくれ」
そう言って、ヴィンセントは去って行った。
「アギト、僕は言ったじゃないか。君の実力は英傑学園で中の下ぐらいだよ、って。あんまり牙を向けない方がいい」
「あの野郎から喧嘩を売ってきたんだ。アイツ、高等部から入学した奴らを馬鹿にしてんだよ。てか、犬男ってテメェも喧嘩売ってんのか?」
「ハッハッハ」
「笑ってんじゃねェ!」
「まぁ戦いに発展した理由は分かった」
そういえば俺もヴィンセントと握手をしたとき強く握られたな。
まぁ痛くはなかったが。
「ちゃんと考えて行動することだね。僕のサポートがなければ、リヴェルの立場も危ういところだったよ」
「……ッチ、分かったよ。悪かったな」
「……おお、アギトってちゃんと謝れるんだな。俺が割って入ったときも怒鳴り散らかすと思ってたのに」
「テメェもぶっ飛ばすぞ」
「悪い悪い。素直に感心したんだよ」
「……変に喚いてもみっともねェだけだからな」
「それだけ分かっているなら十分だ。ヴィンセントが悪い! それで終わりだ。ということでアギト、夕食を一緒に食べよう」
「ッハ、いきなりすぎるだろ。ま、別にいいけどなァ」
俺たちも闘技場を後にして、夕食まで俺の部屋で時間を潰すことになった。
それにしてもヴィンセントか……。
これからの学園生活、不安要素になることは間違いないな。
困ったもんだ。