21話 イチャイチャしてないけど?
ミルフィがそう言って、今日はこれで解散になった。
すると一気に空気は緩くなり、話し声でざわざわしだした。
「リヴェル、寮の場所は分かるか?」
前の席に座っていたエドワードは後ろを向き、声をかけてきた。
「なんとなくは頭に入ってるな。入学前に学園内の地図は見ておいたから」
「それじゃあ大丈夫だな。とっとと寮に行って手続き済ませておくといいぞ。じゃ、また明日な」
「助かるよ、また明日」
エドワードは椅子から立ち上がると、手を振って教室から出て行った。
俺も立ち上がり、後ろを向く。
そこには幼馴染が机の上に顔を乗せて、両腕を伸ばしていた。
「選ばれてしまった……」
そう言うアンナの声は重い。
多数決で選ばれた手前、ああいうしか無かったのだろう。
本人は決定した後も乗り気じゃない様子だ。
「もぉ〜、なんでクロエとリヴェルは私を選んじゃうかな〜!」
「アンナの方が適任だと思ったから」
「俺もそうだな。それに俺達二人がもう片方を選んでも結果は変わらないぞ」
「むぅ、分かってるけどさぁ……」
「なんでそこまで乗り気じゃないんだ?」
「……んー、秘密。言いません!」
断固拒否、そういった感じだ。
「はははっ、仲睦まじいね。えーと、リヴェル君だっけ? 入学して間もないのにどうしてこんなに親密なんだい?」
ヴィンセントが持ち前の笑顔で声をかけてきた。
「アンナとは幼馴染なんだ。クロエともなんだかんだ接点があってな」
「なるほど。じゃあこれからは僕とも仲良くしてもらいものだね。よろしく」
そう言って、ヴィンセントは手を差し出した。
「ああ、よろしく」
俺もヴィンセントの手を握ったのだが、その瞬間にヴィンセントは力を加えてきた。
中々の力でうっかり強く握ったとか、そういうレベルではない。
「そろそろ離してもらってもいいか?」
「おっとごめんごめん。ついボーッとしちゃってたよ。最近忙しくてね」
「大丈夫だ。気にしてない」
「リヴェル君が優しい人で良かった。それとアンナ君、俺からの推薦でクラス長を任せることになってしまって申し訳ない」
「ううん、大丈夫だよ。そりゃあまり乗り気ではないけど、推薦してもらえること自体はとても嬉しいから」
「それなら良かった。君ならこのクラスの良いリーダーになれると確信しているよ。俺も副クラス長として出来る限りのサポートはさせてもらうよ」
「頼りにしてるよ!」
「任せてくれ。それじゃあまた。クロエ君とリヴェル君もこれからよろしくね。それじゃ」
そう言ってヴィンセントもまたクラスを去って行った。
残ったのは俺たち3人だけだ。
「ハァ……」
アンナは憂鬱そうに溜息を吐いた。
「元気出してください。期待されてる証拠ですから」
「クロエ〜、ありがとう〜」
「あまり抱きつかないで。恥ずかしい」
「もうっ〜、かわいいなぁ〜っ」
アンナはクロエにぎゅーっとして離さない。
前々から思っていたが、アンナは抱きつくのが好きなようだ。
「そろそろやめてやれ。クロエが迷惑そうにしてるぞ」
「うっ、ごめん」
「そこまで気にしてない。恥ずかしいだけだから」
「じゃ、じゃあ!」
「だから抱きついて良いって訳でもないだろ」
「……はーい」
アンナは残念そうに肩を落とした。
「さてと、俺もそろそろ寮に向かうかな」
寮の部屋の鍵を貰わなきゃいけないみたいだし、面倒ごとは早めに片付けておきたい。
「あ、夕食はみんなで一緒に食べようよ」
「そうだな。クルトとアギトには見つけたら俺の方で声をかけておくよ」
「じゃあ私達はフィーアとシエラに声をかけておかなきゃね」
「仲良くしてても平気かな?」
クロエの言う「平気」とは、スパイのことや俺の実力を隠すことについてだろう。
「平気だよ。むしろ最初から仲が良いことを周りに見せておいた方が動きやすいだろうな」
「それもそっか」
「ああ。じゃあ俺はもう行くよ」
「寮があるのは同じ方向だし、一緒に行こうよ」
「それもそうだな。じゃあ行こうか」
俺たち3人は並んで寮に向かって歩き出した。
英傑学園では学期中、全生徒が寮生活を強いられる。
貴族の身分の者、王都に実家がある者、関係無くみんなが寮で生活することとなる。
それは中等部でも変わらない。
学期が終わると、生徒達は帰省することが出来る。
「そういえばアンナって英傑学園に入学してから帰省したか?」
ふと気になったことをアンナに聞いてみた。
「してないよ。リヴェルが高等部に入学してきてからしようと思ってた」
「なるほど。俺も一度も帰ってないからなぁ。学期が終わったら一緒に帰省するか」
「うんっ! ふふ、そう考えると楽しみだな〜。リヴェル特製スイーツがまた食べられるよ〜」
「前にみんなで夕食を食べたときに作っただろ?」
「そうだけど、やっぱりリヴェルのスイーツはリヴェル家で食べてこそだよ!」
「別にそこまで関係なくないか?」
「ある!」
「分かった分かった。そこまで言うならあるのかもな」
「ええ、ありますとも!」
「……あの、あまり二人でイチャイチャしないでもらえる? 聞いてるこっちが恥ずかしい」
クロエは半目で少し呆れた視線を俺達に向ける。
「イチャイチャしてるか?」
「イチャイチャしてないよ?」
アンナと返事が被った。
「ハァ……どう見てもしてるわ……」
いや、別に普通の会話な気がするんだが……。
もしかすると、周りからはイチャイチャしてるように見られるのかもしれない。
「クロエがそう言うなら少し気をつけようか」
「そうだね」
「大丈夫、久しぶりに会った幼馴染だもの。私が我慢するわ」
「……なんかそう考えると私、急に恥ずかしくなってきたかも」
「その感覚が俺には分からないな……」
「えー、努力のしすぎで感覚が麻痺してるのかも?」
「本当にそうかもしれないわね」
「怖いから辞めてくれ、いや、辞めてください」
本当なら洒落にならない。
「って、そういえばキュウを引き取りに行くの忘れてた」
「あー、そういえば小型の従魔なら寮内に連れ込んでも大丈夫だったね」
「そういうことだ。二人は先に行っててくれ。俺はキュウを迎えに行くから」
「分かったー」
「……あの、リヴェル」
預かり所に向かおうとしたところをクロエに引き止められた。
「ん?」
「……夕食のとき、キュウも連れて来て」
クロエは手をモジモジさせながら、恥ずかしそうに言った。
「ははっ、分かったよ」
キュウは相変わらず人気者のようだった。