9話 《鬼人化》の力
《鬼人化》を取得した俺は静かに目を開いた。
「驚いたな。まさか1日で物にしてしまうとは思わなかったぞ」
「いや……父さんのおかげだよ。ヒントが無きゃ俺は気付くことが出来なかった」
父さんがいくつものヒントを俺に与えてくれたからこそ、なんとか取得することが出来た。
無ければ無理だったかもしれない。
「自信を持てよリヴェル。普通の人に《鬼人化》を取得させようとしたら3年以上はかかるんだぜ?」
「え、なんで?」
「みんな本質を理解できず、瞑想するに至れないからだ。発想力、精神力、忍耐力、これらに優れていなければ《鬼人化》は取得できない」
「そ、そうなのか……」
「【努力】の効果ってやつなのかね。そうだとしたらお前とんでもないものを貰ったな」
「どうなんだろうか。よく分からないな」
「最初は【努力】が才能とは面白い皮肉だと思ったんだけどな……ぷっ」
この人、また息子の才能を笑い始めたけど。
「……でもよ、これで俺が教えられる事は無くなっちまった」
「もう無いの? てっきり俺は剣術の指南とかしてくれるものだと思っていたんだけど」
「お前は剣術の基本をもう身につけているからな。特に教えることはないし、あとは自分で磨いていけばいい。強くなりたいなら強くなれる環境を探すことだな」
「上位剣士ぐらいには強くしてやるってのは?」
「もうなってるよ」
「……え」
冗談は言っていないようで父さんは本気で言っているみたいだ。
《鬼人化》は、それだけ強いスキルということか。
「自分では気付いていないかもしれないが、お前の身体能力は格段に向上した。まぁそれぐらい強けりゃ生きていくのには困らないな」
「そうだったのか……。ありがとう父さん」
「良いってことよ。息子の頼みを聞いてやるのが親の役目だからな」
本当にいい父さんだ。
強くなれる環境を探す、か。
《英知》を有効活用するには一箇所にとどまるのではなく、世界を見て回った方がいい。
なぜなら世界を知らなければ、《英知》の活用の幅は広がらないからだ。
「──父さん、じゃあ俺は旅立つよ」
「それが良い。母さんは少し悲しむだろうが気にするな」
「うん。父さんを超えるぐらい強くなってくるよ」
「俺を超えるか。なら目指すは世界最強ってことだぜ?」
「もちろん。最初からそのつもりだよ」
「……ったく、良い男になりやがって。……頑張れよ」
◇
俺が旅立つことを母さんに告げた。
母さんは泣いて悲しんだが、俺の意思を尊重して見送ってくれた。
父さんは剣を1本くれた。
刀身を見ると、上質なものだということが素人目でも分かった。
そして今は馬車に乗りながらぼんやりと外の景色を眺めている。
俺がこれから目指すのは迷宮都市フレイパーラ。
テオリヤ王国で最も冒険者ギルドが多い都市であり、ダンジョンと呼ばれる迷宮がある。
『冒険者の街』とも呼ばれるぐらいでテオリヤ王国では王都に並ぶほど栄えている都市である。
冒険者には才能が与えられた12歳からなることが出来る。
そこで俺は冒険者となり、生活費を稼ぎながら強くなるための情報を集めるのだ。
しかし迷宮都市フレイパーラまでは道のりが長い。
馬車に乗り、《英知》で魔法の学習をしながら進んでいる。
1秒も無駄にはしない心構えだ。
「ん? なんだありゃ?」
御者が声をあげた。
道の前方では何かに行手を塞がれているようだ。
「ありゃまずい! オークじゃねーか!」
「ヒヒーン!」
御者は前方にいるのがオークだったことを知ると、馬車を止めた。
このままでは来た道を引き返すことになるだろう。
「待ってください。誰かが戦っています」
オークと戦う3人の人影を捉えた俺は御者に声をかけた。
「冒険者だろうが!」
「しかし冒険者達が不利な状況です。このままでは殺されてしまうでしょう」
「生憎だが、俺は乗客達の命が最優先に考える責任があんだよ! 坊主の気持ちは分かるがオークなんて魔物、この辺で出ることが運の尽きだ!」
この辺は比較的魔物の数が少ない。
生息している魔物もラビットやスライムなどといった危険性の低い個体ばかりだ。
だからこそオークなんて魔物がいることはおかしい。
御者が運の尽きというのもうなずける。
「俺が加勢してきます」
「……止めとけ坊主。才能貰って良い気になってんだろうがな、魔物を甘くみていると命を落とすぞ」
「そうだぞ。オークで何人も命を落としたやつがいんだ!」
「しゃしゃり出てくんじゃねえよ! おめえのせいで死んだらどうしてくれんだ!」
他の乗客達からの罵倒はごもっともだ。
「じゃあ俺だけを置いて逃げてください」
俺は一人で馬車を降りて、オークに向かって駆け出した。
──え?
予想よりも自分が速く走れていることに驚いた。
気付けばオークはもう目の前にいた。
これが《鬼人化》なのか?
まさか……スキルを使用しなくとも常に身体能力が上がっている状態にあるのか?
だったら《身体強化》を使って、更に能力を上げてみる。
そしてオークの首目掛けて、剣を一閃。
スッと豆腐を切るような感覚。
頭部が離れたオークは倒れ、戦闘中だった冒険者はキョトンとした表情でこちらを見ていた。
「な、な、な……オークを一撃で……」
「……私達とあまり変わらなそうな見た目なのに……」
「た、助かったー!」
こういうとき、なんて言うべきか分からない。
助太刀に来た! 的なことを真っ先に思い浮かんだが、既にオークを倒してるしなぁ。
とりあえず無難に、
「大丈夫ですか?」
と声をかけるのだった。