第4話 渦中の人より
そうして俺は教室へ向かった。というのも、入学式は入退場があるため、さすがに戻らざるを得ないのである。さすがに腹痛で入学式辞退するわけにもいかないしね。
「ふと思ったんですが、腹痛で入学式に出られような人って、いたりしたんですかね。」
「まぁ、うん。緊張で過呼吸になったり、ガチガチになったり、トイレ引きこもったり、タバコ吸いに外出たり、喧嘩したりして、保健室に行った奴もいたり、とかはあったかな」
「・・・」
流石の問題児と言えど絶句した。いや、常識自体は所持しているタイプの問題児だから。所持してて、知ってて使わないタイプの問題児だから。そしてふと思い出した。
「あ。うちって、中々に不良高でしたね」
「まぁ、意識改革とかその他諸々のために、学校の名前まで変えたぐらいだからね。そんなことがあったら困るところではあったんだけど」
「だからあんな無駄なものをしてたんですねー。大変だなー」
「それ、教師の前で言っちゃう?」
「なんとなく、最上先生がどんな人かは掴めてきたので」
「ハハハ。早いね。お腹は弱くても、頭はそんなに弱くないか」
小さな皮肉を返されながらも、相手からの肯定の言葉を受け取る。
そうして、中央階段から、4階まで上がる、と目の前に見慣れているが、見慣れないものがあった。
「ん?」
「あれは…制定カバンだね。誰のだろう?」
「…俺の…じゃないですかねえ?」
羽田は思い出していた。自分が他クラスに荷物を置き去りにしたことを。自分の制定カバンに、緑のカラビナをつけていたことを。
「あ。そうなの?」
「あの緑のカラビナは多分俺のっすね。そもそもつける必要もないし、マスコット付けてるわけでも無いんで。」
「確かにね。何も付けてないならつける必要はないけど、目印にはなるからね」
「そんなわけでつけてた感じです」
最上ちゃんに連れられて、廊下を進み、カバンを確認する。その時、中からG組の担任が出てきて、
「うちの教室にあったらしいんですけど〜」
と事態の報告をしてきた。それに対し担任は。
「あ、うちの生徒のだと思います。教室間違えたかも、って言ってはいたので。」
誰の、とか。どうして、とか。全て省いてさらりと説明し、荷物だけ回収するあたり、やり手だなーと、考える。
「さて、とりあえず回収はしたし、教室戻ろうか」
「そうですね」
と、E組に戻るため、歩き出し教室まで戻ってきた。
・・・実質的には今日初めてだから、戻ってはないんだけど。
そんなこんなで、教室に戻ってくると、流石に好奇の目で見られる。当然である。だって、そりゃお前、入学式当日に絵面的に言えば、ほぼ遅刻に近いし、すでに、何してんの?みたいなレベルではあるし、なんなら昨日の事故紹介であんなことを言った奴が、朝からではそれはそれは好奇の目に晒されるのは当然である。戸張が声をかけてくる。
「え?なに?腹下したの?大丈夫?」
煽りである。そして冗談のつもりで声をかけたのであろう。
だがしかし、真実である。
「え?うん。根性で治した」
「は?」
一瞬固まる戸張。なんてことなく答える羽田。真実を答えてはいるのだが、そんなあっさり伝えられると嘘を疑いたくなるものではある。
「まじで言ってんの?」
「え?うん。ちょっと嘘だけど、概ね真実」
「いや何処が嘘になるんだよ。根性のところか?」
「うん。そこをじゃあマンガ補正にしといて」
「ここはフィクションじゃねえし、じゃあでもねえ」
「確かに」
アホなやりとりだが、はぐらかせてはいるらしい。
…最も、はぐらかしているつもりは本人にはないのだが。
(まぁ、錠剤のおかげで治ったー、とは言えんわな。このご時世だし。それ以上にプラシーボ効果の可能性も高いし)
実際こんなに早く効くわけはない。多分プラシーボ効果だ。と、適当に納得はしておくが、やはりマンガ補正だな、と思い込むことにした。
「さ、みんな揃ったところでとりあえず出席だけ確認するよー。一応入学式で名前呼ぶわけだから適当でもいいから声出してね」
適当に声を出す。ある程度の親密度なら多分ふざけるタイプのやつだが、登校2日目では無理だろう。
「青山ー」
「はい」
「按司ー」
「はいー」
順調に点呼は進んでゆく。まぁ、あえて割愛しておこう。
…ここでは特に目立つことしてないし。
そんなこんなで点呼をして、移動準備となった。
戸張と、そして、中学時代の旧友の草野から声をかけられた。
「ねえねえ、なにがあったの」
草野が聞きにくる。
「教室間違えた。腹下した。保健室行った」
「別に二言三言に纏める必要はないんだよ?」
「実際こんだけだし。」
「十分情報量多くねえかそれ。」
「たぁしかにぃー」
そう言って列に並ぶ。すると今度は戸張が
「ほんとに何があったん?」
「実際さっき説明した通りだが」
「説明はされてねえな」
「説明はしてねえや。適当に事実を述べただけだ」
「え?ほんとに?」
「割とまじで。」
「治ったのはマンガ補正?」
「きっとマンガ補正。」
「じゃあ俺は主人公の友人枠だな」
「抜かせ。マンガはマンガでも絶対ギャグマンガだろ」
「マジか!?ギャグマンガの友人は大体かっこいい補正が」
「あるわけねえだろ、ハゲて死ね」
会って2日目でこの言いようである。逆にすごい。
「ひっどいなあー」
とかなんとか言いながら、列に戻る。
(まぁ、これ以上騒いで目をつけられてもなぁ)
手遅れである。
そんなこんなで、入学式は始まる。
とは言っても、そんなすごいことはしてないが。せいぜいが点呼を普通にして、クソ長い話を聞いて、散々面倒だわーだるいわーとか、考えてたくらいだ。
よくある程度である。
一応、保護者もいるわけで、一度記念撮影をすることになった。写真写り悪いから基本的には嫌なのだが。
と、言うわけで。教室に戻る。随分と時間は経ったが、入学式と考えるとマシである。んでもって、ちょっとした、配布物があった。
「はい、これは入学祝いですよー」
一瞬だけ心躍ったが、なんてことはない。
貰ったものはペンや消しゴム…ですらなく、ただの生徒手帳である。
そして、この羽田という男、死ぬほど不器用なのである。なぜここで不器用が関係したか。それは、カバーと手帳を別途で渡され、それを合わせる作業があったのだが。
なんと、それすらできなかった。
驚異的である不器用さだった。羽田は担任の最上が何かを説明している際、
(ん?あれ?うん?)
と、内心めちゃくちゃ焦りながら生徒手帳を作ろうと努力していた。最終的には隣の席に座っている、眼鏡の男。柴崎が目に余ると言わんばかりに、自身の完成した生徒手帳を渡し、未完成の生徒手帳を、交換してくれた。心から感謝した。
「これ。」
「え?ありがとう」
二言三言ぐらいしか交わしていないが、この男とは仲良くなれそうだと思った。
そんなこんなあって、最上先生のHRも終わり、また昨日のように、一日が終わった。
個人的にはこのクラス、変わってる奴は少ないと思った。気のせいではあるが。
しかしながら、なんとなく、なんとなくだが…明るい希望が持てる。と、思いながら家に帰り、その日を終えていった。