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06 転生悪役令嬢と転生王子の再会


それから2年、ひたすら国の為に学び、そして剣の鍛練に打ち込んだ。己の身を守れるよう、強くなるに越したことはない。女の身体と違って、成長に合わせて力がついてくるのが面白い。前世では深窓の令嬢だったというのに、まるで大違い。


「っ!」


ガキン!と、激しく剣がぶつかる音が鳴り、そして一本の剣が落ちる。


「戦いの最中に考え事はいけませんよ、殿下。」

「当然のように、また負けてしまったな」

「いえ、殿下はまだ9歳です。身体の成長はこれから、ますます筋肉もつき、よりお強くなれるでしょう」


そう言って微笑み、騎士の礼をするこの男は、ゲオルクの剣の師でありこの国の騎士団長である。温和な性格で、野心がなく出世も拒んでいたが実力は確か。周りの推薦があり仕方なく団長になったものの、本人はこうして剣の指南をしている方が好きらしい。


「殿下、ヴィンラント公爵一家はすでにお越しです」

「わかった。このままではいけないな、着替えの用意を」


侍従に声を掛けられ、部屋に戻ると手際よく服を脱がされて身体を拭かれる。そして、真白なシャツに袖を通す。性別の違う身体に初めは戸惑ったものの……、キツいコルセットを締める必要もなく、装飾品だの化粧だのと長々とした仕度をしなくて良いのが楽だ。服装を整え、いよいよ今日は婚約者であるカメリアとの顔合わせ……、いよいよカメリアとの対面だ。血縁者だからと安易に会わせるのは良くない、と王族と公爵家という身分の差を線引きするために、ゲオルクとカメリアは会うことを許されなかった。だが、冬に9歳になるカメリアの社交界デビューと婚約披露を同時に行うことが決まり、両家が待ちに待った顔合わせである。息を整え、中庭に向かった。







「ヴィンラント公爵、それから夫人、遅れて申し訳ない」

「待っていたわ、ゲオルク。さぁ、こちらに座って」


母上に手招かれ、カメリアの正面へ座らされた。着ている物も、装飾品も、この日に生前の私が身につけていた物も全く同じだ。じっとカメリアをみると、棘が刺さったような痛みが脳内を走った。だが渋い顔をしてしまっては悪印象を与えてしまう。グッと堪えてもう一度カメリアを見ると、彼女はカーテシーをする。


艶のある長く真っ直ぐな淡い菫色の髪に、水面の様な輝きを持つ青水晶の瞳。アメリア様と並ぶと一層、二人はよく似ていると分かる。かつての自分をこんな風に客観視する日が来るなんて思いもよらなかったが……、きっと彼女はこれからますます美しく育ち、そしてアメリア様の面影をより強く色濃く残すのだろう。


「は、はっ、お初にお目にかかります。カメリア•ヴィンラントです」


誕生日は3ヶ月後、ということはまだカメリアは8歳か。私が8歳の時はもう少し優雅にカーテシーが出来たのだけれど……やはり、このカメリアの中身は別人かもしれない。


「最低限のマナーはきちんとしているようだな。王太子妃にふさわしくなれるよう励むが良い」


だとしても発破をかけておかなければ。強く、気品ある令嬢になってもらわなければ困る。王太子妃になるのならば、何があっても心が折れぬよう、意志を貫けるように。


「ははっそう照れるなゲオルク。すまないカメリア嬢、ゲオルクも自分の婚約者に会えるのを楽しみにしていたんだよ。剣の鍛錬が長引いたのは、興奮を発散させるためだろう」


母上は呑気に「照れ隠しね」と扇子の向こうで微笑んでいる。温厚そうに見える母だが、実はかなりの知将である。父上の意向を汲み動き、国の情勢や社交界で得た情報で国を安寧に保つ役割を担っている。国家の情報網において、この人に勝てる人物などいるのだろうか。カメリアとゲオルクの婚約も、本当は王族の血筋を増やしたくないという裏があるのだろう。もしカメリアが王太子妃になれなくても、養子として王族に迎えれば嫁がせることで外交としても使える。アメリア様は王位継承権こそ無いが、廃嫡されぬ以上は王族であることに変わりない。


(カメリアに会えば何か分かるか、あるいは元に戻る方法を知っているかもしれないと思ったが……)


「父上、これから神官と婚約に関する手続きがあるでしょう。カメリア嬢と庭園を散歩しても良いでしょうか」

「勿論構わないぞ。なぁに、焦ることはないがこれから長く付き合う相手だ。時には子供らしく過ごすのも大切なことである」


カメリアの妃教育が始まってからでは、会う時間は限られてしまう。今ならば婚約者に会いたい子供の我儘として、時間を作ることは容易い。カメリアに所縁の強い場所であれば、何か起きるかもしれないと思い。彼女の小さな手を取り庭園へと連れて行く。アメリア様のために作られたガゼボ。亡き母を思い出せるから、と私が城に来るたびに足繁く訪れた場所だ。ちらりとカメリアを見ると、ただ庭園に見惚れているようだ。


(二人きりの今、話をしなければ何も始まらない)


「ここは、アメリア様のお気に入りの場所だ」

「母が……」


大人しくベンチに腰掛けたカメリアに、言葉をぶつけた。自分の内に靄のような感情が湧き出るのが分かる。なんて複雑な気分でしょうか。自分でない、自分の姿を目の前にするということは。


「お前は誰だ」

「……は?」


カメリアは、とぼけたような間抜けな声を出した。仕草や動きで、このカメリアが前世の私と同じカメリアではないのは分かっている。なのに、何故彼女は何も知らない?本当に?


「だれ、と言われましても……、私はカメリア•ヴィンラント以外の何者でも……」

「違う、そういう話をしているんじゃない。中身の話だ」

「中身……?」

「よく思い出せ、自分が誰なのかを!思い出してちょうだい……っ!私の、身体の返して……!」


蓋をして抑えていた何かが噴き出した様だ。私は、ゲオルク。ゲオルク•カメルリア。だけど、中身のカメリア•ヴィンラントをどうしたって消すことが出来ない。心のどこかで、カメリアとして生を受けたかったと叫んでいたよう。


「っ!」


カメリアは目を見開いて私を見た。その瞳は、動揺しているのか揺れている。そして、震えるその唇があどけない少女の声で呟いた。


「俺の、俺は……、ゲオルク……」


あぁ、なんてこと。なんてことなのかしら。私たちは、互いの中身を違えて生まれ変わったというの?勝手に涙が溢れてくる。私の中身は、この世界での全く違うカメリアだという事実よりも信じがたいものだった。


「皮肉にも私の身体で生を再び受けたのは、ゲオルク様なのですね……」

「お前が……カメリアなのか……」


私の中身がゲオルク様だと知って、大きなショックを受けたと言うのに、内心では皮肉に笑ってしまった。悲しみは刹那に涙として流れていった。この身に残るのは、ただ一つの意志のみ。私は、私を”ゲオルク”の意思でどうとでも出来るのだ。この愛しく可哀想な婚約者を、その中身も、この本来の身体ごと利用させていただこう。


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