04 悪役令嬢は生まれ変わる
私は火刑で死ぬのね。
ただそう実感しただけだった。罪状として読み上げられた『緑の子』アンリさまに対する行いには何一つ身に覚えがなかった。きっと、王太子妃の座につきたい令嬢たちが徒党を組んで仕組んだのでしょう。王族の血縁者同士の婚約には元々反対の声もあった。情報操作もねつ造も、『緑の子』の信仰者と血族婚反対派の手を借りれば難しくはなかったはず。私はこの国のために生きてきたというのに、権力が欲しいが為に我が領土の森を、すなわち国土の一部を焼き、私だけではなくヴィンラント家諸共を手にかけた者達がいる。だが一派の思惑通りにはならず、次の王太子妃の座はアンリ嬢となった。『緑の子』の血が王族と結ばれることで、国力がより増すとでも?
「愚かだわ……」
私が建国祭で着ていたお母様のドレスは没収され、罪人用の麻の簡素な服が与えられた。毎日コリウスに梳いてもらっていた髪は、投獄の際に剣で雑に短く切られ、水以外を与えられずに死を待つだけの牢の中で、ぽつりと言葉がこぼれた。
「おい、」
兵に声を掛けられたので顔を上げると、そこには深くローブを被った者が立っていた。死臭を隠すような独特の匂いがする。きっと、処刑人でしょう。やっと私の番が来たのかしら。
「これを陛下から預かった。アメリア様に似たお前の苦しむ顔は見たくないと」
そして渡されたのは小さな小瓶だった。栓を開けて匂いを嗅がずとも中身は理解できる。毒だわ。それも、即効性のある猛毒。こんな危険な代物は王家しか持ち得ない。死んでから、刑を受けるなんて、それは果たして刑罰になるのかしら?
「……何がおかしい」
「いえ……、陛下はお優しいのね。だけど、私には必要ありません。喜んでこの身を炎に捧げましょう」
最期まで、最期までこの国を見ていたい。城前の広場からはきっとお母様が大好きだった庭園だって見えるはず。
「行きましょう。もう何も言うことはありませんわ」
「そうか……それがお前の決意か。確かに聞き遂げた」
猿轡をされ、腕も拘束された。水しか飲んでいない数日で、私の足腰はすっかり衰えてしまった。半ば引き摺られるように私は牢から出た。猿轡が取られ、磔にされる。全身に油をかけられ、足元の薪に火が点けられた。
(あぁ、庭園だわ。もうすぐ白い薔薇が咲く頃なのに……)
残念だわ。
そんなことを考えながら、全身を焼き尽くす灼熱に耐え、やっと意識がなくなりそう、というところだった。
♢
「ぅ……」
「ーーー…下、殿下!」
額に突然冷たい物が乗せられた。
「っあぁっ!」
「殿下、大丈夫ですか!?氷嚢です、お気を確かに!」
張りのある女性の声が響く。部屋?ベッド?
「ここは……」
「ひどい高熱でございます。ゲオルク殿下、どうか安静に……」
「ゲオ、ルク……?」
次いで、老人の声がした。
「きっと熱で意識が朦朧としておられるのだろう、水を」
「殿下、これをお飲みになってください」
銀のゴブレットを差し出され、分けもわからないままそれを受け取る。ぼんやりとした頭ではまともな思考ができず、ゆっくりとゴブレットに口をつける。ハーブの香りが口内に広がり、飲み込んでからゴブレットの中身を見て驚いた。
「……一人に……して……」
「かしこまりました、殿下。じきに薬が効くでしょう。おやすみなさいませ」
小さな手、自分ではない声、身体の違和感。そして水面に映っていたのは、元婚約者の幼い姿。間違いなく、ゲオルク•カメルリア殿下だった。
「これは……夢なの?」