21 転生令嬢の悩み事
「カメリア様が、カメリアがドレスをご所望だと!あたくしペチュニア、腕によりを掛けて最高傑作を仕立ててみせますわ!」
迫力のあるどっしりとした体型のペチュニアは、かねてよりその容姿に目を付けていたカメリア直々の指名だと言うことで、他の令嬢の申し出をばっさり断ってまで優先して屋敷へ来てくれた。
「アメリア様からお手紙をいただいた時はそれはもうひっくり返ってしまって大変でしたのよ!オッホホ!」
「マ、マダム……お手柔らかに……」
てきぱきと採寸され、ずらりとデザイン画を並べられる。どれが好みか、どんなイメージのドレスが欲しいのか。しかし、前世では男として生きてきたカメリアにドレスの事は何一つ分からない。ずっと唸っているカメリアに、コリウスが助け舟を出した。
「お嬢様、何をお悩みですか?」
「黄色が着たいと思っただけで、ドレスの形については考えてなかったの」
「お嬢様でしたらどのパターンでもお似合いになられますが。そうですね……、殿下の好みは如何ですか?」
「ゲオルグの……」
何度も目にし、エスコートをつとめた前世でのカメリアを思い出すと、彼女が着ていたのはいつもシンプルなドレス。他の令嬢のようなふわりと裾が広がるものではなく、細身で華奢なドレスばかり着ていた。
「そう、ね……あまり派手では無い方がいいかしら……」
とはいえ、今のカメリアの歳ではシンプルなドレスだと逆に悪目立ちをしてしまう。主役の婚約者である以上、それなりに着飾らなければ、良くない噂が流れることもある。
「大切な人のことを思えば、自然とイメージが浮かびますわ。どんな色で、どんな雰囲気のドレスを身に纏えば相手を引き立てられるのか。カメリア様はゲオルグ殿下のお隣に、どんな姿で並ばれるのかしら?」
優しく諭すように話すペチュニアの言葉を受け、カメリアはゲオルグ……、カメリアのことを考えた。
(カメリアに……着て欲しかったドレスを……)
どうしてあんなにも美しい少女を、自分はいつの間にか視界に入れなくなったのか。なぜ彼女の手を離し、あんな女を選んでしまったのか。胸を貫くような痛みにカメリアはぽろぽろと涙をこぼした。
「お嬢様っ!?」
「だ、大丈夫よコリウス……。ごめんなさいマダム」
「うふふ、時間はたっぷりありますわよ。さぁ、何か思い付いたのね?」
こくんと頷き、その瞳には意志が戻った。自分勝手な償いはただのエゴだ。こんなことをしてもゲオルグは喜ばないと分かっていても、カメリアとして生きる以上はあらゆるものを勝ち取らねばならない。
「お嬢様、素敵なドレスになりそうですね」
「……楽しみだわ」
はやくドレスを仕立てたい衝動を、マダムは細部までデザインを描くことで発散している。コリウスと装飾品の打ち合わせも挟み、ややカメリアが置いてけぼりになった時だった。
「ところで、カメリア様は殿下への誕生日の贈り物は何を?」
「おく、り、もの……?」
「お、お嬢様?っまさか……!」
「わすれてた……」
口角を引きつらせ、頭のてっぺんから血の気が引くのがわかる。どうして父も母も何も言ってくれなかったのだろうかと、ぶわりと嫌な汗がでる。
「殿下の好きな物などは!?」
二人に見つめられる中、しばらく固まって考えたカメリアが出した結論は、
「新鮮な子鹿の……、肉……!」
静かで控えめ、いつも自分の後ろをついて来たカメリアが唯一、目を輝かせていたのは狩猟祭。花もドレスも何をあげても反応が同じだっただけに、それ以外の記憶が無い。
「例えそれが事実だったとしても、婚約者でもあるお嬢様の贈り物がソレでは他の貴族に示しがつきません!」
ピシャリとコリウスに叱られたカメリアは、ドレスよりも重要な問題にぶち当たったのだった。