20 転生王子の弱点
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「僕の命令が聞けないのか、ディル」
「っ、できません!殿下……これも殿下の為なのです!」
ゲオルグは非常に機嫌が悪く、これ以上損ねればディルに斬りかかりそうな程に苛立っていた。白いテーブルには赤い染みが広がり、わなわなと震える主人をディルは必死に説得している。
「ちゃんと野菜も食べてください!どうして殿下はそう肉ばかりを食べるのですか!!」
「付け合わせの茹でた葉は食べただろう」
「それは食べた内には入りません、いいですか殿下?ちゃんと野菜を食べないと……」
前世ではアメリアの病の遺伝を恐れ、健康的で栄養のある薄味、それも野菜ばかりを食べさせられていたゲオルグは肉を存分に食べられる今世を楽しんでいる。甘い物も好きではなく、嗜好は令嬢のそれとは真逆であることを隠さなくても良い体を手に入れた彼は、見事な肉食……、偏食に育ってしまっていた。
「赤身の肉ばかりでは食事になりませんよ……」
「野菜ならスープで流し込んでいる。それで十分だろう。葉は食べた気にならないから嫌だ」
「一国の王子が偏食では示しがつきません」
「食べられないわけじゃない、〝食べない〟だけだよ」
「それがいけないと言っているのです!」
やれ健康の為、美貌の為、淑やかで美しい令嬢であれと質素な食事ばかりだったカメリア。幼い頃に甘いものを食べ、肌が荒れてコルセットがきつくなった時、自身の美しさが損なわれる可能性を恐れ、いつしか食事も楽しめなくなっていた。
「……僕には、血の滴るような獣の肉がお似合いなんだ」
そんな呟きはディルには聞こえていない。婚約者のカメリアには食事制限を強いるが、自分はそうはしない。やりたいことをやれるこの身体はとっくに〝彼女〟のもの。いくら食べても、後から動けば良い。動けば肉は身体になり、太ることもまだ中性的な容姿も損なわれることはない。
「ディル、だったら君が食べればいい」
そう言いながら、ゲオルグは適当な皿に野菜を盛り付けてディルに差し出した。
「毒草が混じっていればどうする?毒味役が何か仕込んでいた場合、僕はそれを口にしてしまったら?」
なんて脅迫だ、とディルはため息を吐いた。聡明で素晴らしいと思っていた主人は、意外にも我儘で謎が多い。
「僕が一口食べれば、殿下も食べて下さると?」
「約束しよう」
フォークを受け取り、ディルが口に運ぼうとしたその時だった」
「なんてね」
ガシャン!と陶器の割れる音が響き、ディルが手に持っていたフォークは取り上げられていた。部屋の隅で黙っていたメイド数人が慌てて片付けを行う横で、ディルは訳がわからず呆然としていた。
「虫がいた、全部下げてくれ」
そう冷たく言い放つとゲオルグは席を立ち、指を鳴らした。
「部屋に戻る。ついてこなくていい」
メイドたちに申し訳なさそうにするディルは急いでゲオルグの後を追った。おそらく機嫌が悪い今、何か意見すれば不敬を理由に首を切られてもおかしくはない。ただ黙って後ろをついて行くディルに対し、ゲオルグは振り向いて笑った。
「あれしきの毒では僕は殺せないのにね」
「っ!?」
「肉の香辛料がきつかったのは毒草の苦味を誤魔化す為だろう。大抵の毒には慣れている」
「食事の番だった者をすぐに調べます」
気づけなかった、とディルは唇を噛んだ。しかしゲオルグは何も言わない。それどころかけろりとしており、機嫌は悪いどころか良くなっていた。
「そうだ、カメリアはジャムを喜んでくれたかな」
「パーティで直接お聞きすれば良いでしょう」
「それもそうだね。あぁ会えるのが楽しみだ」
まだ11歳の子供らしからぬ声色。いつも取り繕ったような笑みを浮かべ、時々別人のように周囲の目に映る。
「殿下、私はここで。後はお任せください」
「頼りにしてるよ、ディル」
---蔓を伸ばし空を隠せ、葉を広げて地を隠せ。
ゲオルグは蔓草の僕に与えられた使命を頭の中で繰り返す。
(僕とカメリアの歪な断面を、君なら繋いでくれるだろうか)