18 転生令嬢はドレスを欲しがる
遅くなりました……。
「コリウス、」
「報告します。アメリア様の行動は至って普通です。怪しい箇所など一つもありません」
「そう……」
ゲオルクとの接触もなければ、薬らしき物を飲む様子も一切ない。前世ではだんだんと弱り亡くなったアメリアが元気なのは良いことだが、ゲオルクが一体何をしたのかが不明なカメリアは不気味に感じていた。
「そういえば、お祖母さ、……皇太后様にいただいたドレスだけど」
「殿下の誕生パーティーでお召しに?」
「いいえ、婚約者だからと行って主役よりも上等なものを着るわけにはいかないわ」
「かしこまりました。ではドレスは……」
大きくため息を吐くカメリアに、コリウスは首をかしげた。早く仕立て屋を手配してドレスを作ってもらわねばならないのに、主人はあまり乗り気でないからだ。カメリアはしばし考え込んだ後、その美しい顔のキツさが引き立つニヤリとした笑みを浮かべた。
「黄色よ。主役を立てなくちゃ、ね?」
カメリアとアメリアは青や紫などの寒色系のドレスばかり着ていた。勿論、それらの色が最も二人にが似合うからであり、仕立て屋たちがこぞって持ってくる新作の布地も青ばかりだ。二人のドレスクローゼットは衣装メイドによって濃淡で並べられ、国一番のドレス職人、マダム•ペチュニアに”夜空のカーテン”と喩えられた。そんなカメリアが今まで着たことのない黄色を着ると言ったのだ。コリウスは狼狽え、そばにいたメイドたちの表情にも困惑が浮かぶ。
「お、お嬢様……?」
「なぁに?コリウス、私は本気よ」
前世のカメリアは暗くて深い青ばかりを好んで着ていた。それ故についた名前が”花群青の君”だ。
(もう、アメリアを辿るカメリアはいないのよ……)
誕生パーティーの時、母に言われた言葉を何度も思い出し、悩んだ。母が、婚約者が、過去のカメリアが、自分に求めるヴィンラント公爵令嬢はどんな姿かを。誰よりもカメリアを側で見ていたからこそ、彼女の美をよく知っているのは自分で、もう前世のような日陰令嬢にはなるまいと”彼”は決めたのである。
「お母様に頼んで、マダム•ペチュニアに手紙を書いてもらうわ!お母様の頼みなら、マダムはすっ飛んでくるもの」
爛漫に微笑むカメリアに、コリウスはエスコートの手を差し出した。カメリアはその手を取り、母親のいる部屋へと向かう。ノックをして扉を開けてもらうと、窓辺で陽を浴びながらレースを編んでいるアメリアがいた。
「あら、どうしたの?カメリア」
「マダムにお手紙を書いていただきたいのです」
「ペチュニアに? 新しいドレスが欲しいの?」
「えぇ、ゲオルク殿下の誕生パーティーに、黄色を着たいの!」
シンと静まる室内。ぽかんと口を開けたアメリアは、スゥと息を吸うと思い切り笑った。
「あっはっは!やだ……っ、カメリアちゃん、黄色ですって!?」
「はしたないですぞ、アメリア様」
「ご、ごめんなさいマートル……でも、」
マートルに窘められ、口元に手を押し当ててこらえるアメリアだが、身体は小刻みに震えている。母がなぜこんなにも面白がるのかを理解できないカメリアはぽかんと立ち尽くし、コリウスの咳払いで仕切り直した。
「ふふ、私たちのクローゼットに大きな星が生まれるわね。ペチュニアなら素敵なドレスを仕立ててくれるわ。早馬を出しましょう」
「ありがとう、お母様!」
にこにこと三人が、喜ぶカメリアを見守る。カメリアの心にあったのは、彼女の美しい姿を存分に着飾り、前世とは違う人生を送ること。自分が奪った未来を、幸せな将来を進み、その姿を〝カメリア〟に見せること。
「おお、そういえばお嬢様。殿下に果物のジャムをいただきましたぞ」
「ほんとう!?ならおやつにスコーンが食べたいわ!」
「オッホン、クリームは少し控えてくだされ」
「むぅ……」
マートルはコリウスほど甘くない。両親や使用人達はカメリアをとても可愛がり、注意を払いながらも甘やかしてしまう。女になったことで甘味を食べる機会が増えたのは、甘党だった彼にとってはとても喜ばしい特典であった。
「さぁ、お嬢様。多く食べたら食べた分、ダンスの練習です。主役は殿下ですが、婚約者であるお嬢様も注目されるんですよ」
「わかってるわ、大丈夫よ」
四大公、王家、そしてマロニエ男爵。
パーティでは厄介を体現した面々と会わねばならない。笑っていられる内に楽しんでおこうとカメリアは決意し、重いドレスを翻した。
のんびり更新ですが、お付き合いいただきありがとうございます。