転生令嬢は従者を得る
更新遅くなってすみません……!
「ディル•ベッカー、汝の主人に忠誠を誓うか?」
「はい」
「その身に刻まれた紋に近い、汝の主人に尽くせ」
「はっ!」
紋が彫られた左手はまだ少し赤く、痛々しく血が滲んでいた。痛みに耐え、栄誉ある紋を受けたディルにゲオルクが声を掛ける。
「……顔を上げろ」
「ゲオルク殿下。貴方の紋に誓い、この身の果てまで貴方に仕えます」
「いい表情だ。うん。よろしく頼むよ、ディル」
緊張と不安で強張っていたディルは、優しく微笑む自分の主人を見て安堵に包まれた。家にいても冷遇される彼は、一縷の望みを託して必死に頑張ってきた。努力で自らの地位を勝ち取ったのだ。
「そう畏まらなくてもいい。君は僕の従者であって、奴隷じゃない。変な行動さえ起こさなければ、自害しろなんて命令もしないよ」
サラリとそんなことを言ってのけるゲオルクに、ディルは畏怖の念を必死に隠した。逆らえば、自分の主人はこの世の誰よりも恐ろしい存在であることを肌で感じ取った。
「君の初仕事は、お茶会に同席すること」
「お茶会、とは……」
「僕と、僕の婚約者の相手は大変だぞ」
茶化すように笑うゲオルクにディルは「頑張ります」と健気に返事をした。ゲオルクはカメリアとの本当の関係をディルにも話さないつもりだ。だが、前世で最も信頼していた腹心との再会に、カメリアがうっかり口を滑らせるかもしれない。今世でもディルが良き忠臣であるとは限らないと考えているゲオルクは、どんな手を使ってでもディルを側に置こうと計画を立てた。
「殿下の大切なお方は、私にとっても大切なお方でもあります。勿論、何よりも優先すべきは殿下ですが、婚約者殿も私がお守りします」
「それは頼もしいね」
「……殿下、私には帰る家などありません。この紋を身体に刻むためにここに来ました。この紋を授けられた時から、私の居場所は殿下の傍です」
ディルの母親は貧しい子爵家の一人娘で、家の存続の為にベッカー侯爵に擦り寄り、第二夫人となった。金の為に輿入れした賤しい女だと侯爵家では白い目で見られ、その子であるディルも扱いは侯爵家の子とは思えないものだという。
「ペイアン子爵家は婚姻によってベッカー領に安く砂糖を下ろさねばならなくなった。ベッカーの交易路のお陰で家の存続は保たれたが、君の母親の実家は搾取され、事情を知らない周囲には白い目で見られることに変わりない」
「! どうしてそれを……」
「ディル、君は後に城を出て母方の家を継ぐつもりなんだろう?」
王族の専属従者となれば、爵位を賜ることもある。このままだとベッカー領に取り込まれるペイアン家をディルが継げば、ベッカー家に頼らずとも立て直すことが出来る。
「君がペイアン家を継いで、砂糖を適正価格で流通させれば庶民も菓子を作ることができる。新しい菓子のレシピが生まれるとカメリアが喜ぶはずだ。彼女は甘いものに目がなくてね」
「殿下……」
「まぁ、どうなるかは君の働き次第だ。王位継承争いがないとはいえ、僕にも敵がいないわけじゃない。君には頭も身体も動かしてもらわなければいけない」
ディルがペイアン領にこだわる理由は分からないが、目的があるなら彼は良い手足として働いてくれるだろう。
「ディル、お腹が空いただろう。今日は部屋で休むといい。あとでメイドが食事を運んでくれるはずだ」
「しかし殿下……っ」
「今のは提案でない、命令だよ。僕にも個人的な用事くらいあるさ」
「承知、しました……」
気が抜けたディルの顔は、まだ幼い少年のそれだ。ゲオルクはディルの案内をメイドに任せると、自分はとある用の為に歩き出す。
(カメリアがディルを見たらどんな表情をするだろうか)
会わせるのが楽しみだと、ゲオルクはクスクスと悪戯に微笑んだ。
登場人物が増えてきたのでそろそろ人物紹介をすべきか考えています。