14 転生令嬢は考える
明けましておめでとうございます。
大晦日も三が日も仕事してました……。
変声期を迎え、身体つきもますます男らしくなったゲオルクは、一層剣に打ち込んだ。
「殿下、何故そこまで強さを求めるのですか」
「あらゆる力が欲しいからだ。もし自分が王子でなかったならば、騎士になりたかった」
「……今のお言葉は聞かなかったことにしましょう」
前世ではこっそり、護身用にとレイピアの訓練を侍女のコリウスにつけてもらっていたが、実践をする機会はただの一度もなかった。騎士の使う剣は重くて持てず、振るう力さえなかったが、今は違う。有事の際には、自らが戦場に出る覚悟も、その手を血で穢すことさえもう覚悟ができている。
「護られるだけが、王ではないだろう」
「殿下はいつか私を超えるでしょうね。それは私の立場としてはとても困るのですが」
「ははっ、そんな日が来るといいな」
最も、ゲオルク自らがその力を発揮する場面など起こって欲しくはない。見た目こそまだ少年で、幼いのに聡明な王子として評判が良いが、中身は18歳だ。勉学もわざと間違うが、本当はとっくに学んでいるので、新たな知識はほとんど無い。だが、弛まぬ努力を続けている若き王子の人望は厚く、騎士団の面々もすでに深い忠誠心を抱いている。
「今日の午後のご予定は……、『蔓草の結び』とお聞きしましたが、」
「あぁ、ベッカー侯爵家の次男が僕に仕えるそうだ」
『蔓草の結び』とは、王族と選ばれた従者の間に結ばれる絶対的な契約のこと。結ぶというのは言葉だけで、実際は特殊な植物の汁を使って体に王族の紋が入れられる。王族の人間は一人ひとりが自分だけの紋を持ち、そして必ず専属の侍従が存在する。選定は厳しい基準で行われ、大人になれば、嫡子の場合そのまま領地へ帰って家を継ぐか、女ならば次代の乳母や侍女頭へと昇進するか、王城勤めの文官に嫁入りするなどが多かった。
ゲオルクの専属として選ばれたのは、ディル•ベッカー。前世では主従関係より強く結ばれ、ゲオルクの親友ともいえる存在だった男だ。彼は次男なので、成長してやがて紋が消えた後は城で役職を得ると思われる。
(今世でも忠義の者でいてくれれば有難いが……)
前世でカメリアだった時、話す機会はあまりなかったもの、主人の婚約者ということで彼はカメリアのことも気にかけていた。糾弾の際も、彼だけはカメリアを侮蔑の目では見なかったことを、ゲオルクは覚えていた。
「すまない、今日はここまでだ。先に用事があってな」
「僭越ながら、殿下。決してご無理はなさらぬよう……。最近、顔色があまりよろしくありませんぞ」
「心配には及ばん。明日、メリーに会えば元気になるさ」
去り際に冗談を投げかけると、騎士団長エクメアは微笑み、礼をしてその背中を見送った。
「貴方がその手を自ら穢すなど、あってはならぬのです……」
♢
王子としての風格が出てきた、と城に仕える者たちは口々に言う。王妃譲りの賢さに、王から引き継いだ人の良さ。兄弟もいないゲオルクの王位を脅かす者などいない。だが次の玉座に座る者が決まっていたとしても、何とかして甘い汁を啜ろうと集る国の膿は存在する。
「やはりか……。マロニエ男爵領は過去に水害で瓦解しかけている。それに当主が何代も有耶無耶。本当に偶然、遠い子孫が結ばれたのか?マロニエ男爵の妾は子孫だったとしても、男爵自身が緑の血筋なのはおかしいぞ……」
貴族の家系図を調べていたゲオルクは、まるでアンリとその母親がマロニエ男爵家を利用したかのようだと気付いた。アンリの出自には不可解な点が多い。前世では確かに緑の加護を受けた『緑の子』であったはずだが、マロニエ男爵は何故、突然妾の子を娘として公表したのか。
「あらまぁ、書庫に誰がいるのかと思えばゲオルクではないですか」
「お祖母様……」
静謐な佇まい、簡素なドレスではあるが最高級品を身に纏い、穏やかな笑顔を浮かべている老女は現王フィラムの母、この国の皇太后カトレアである。
「家臣のことも知っておかねばいけないと思い、貴族名鑑を開いていたのです。末席の貴族や領地のことも把握しておかねば、国を知ったとはいえません」
「勉強熱心なのね、ゲオルクは。ところで、カメリアとはどうなのです?」
カトレアはアメリアを溺愛していた。装飾品も調度品も、部屋ごと残して管理しているのも彼女の意向だ。同じく、アメリアに似たカメリアのことも前世では孫娘として可愛がってくれた。
「順調ですよ。王妃教育がじきに始まったら、僕がしっかり彼女を支えてあげなければいけません」
「それは良かった。わたくしにも顔を見せに来てくれると嬉しいわ」
「伝えておきます」
ゲオルクとして生まれ、知った事実が一つある。それは、カメリアが実は王位継承権を持っているということだ。アメリアは病弱で王位を継げないので臣籍降下されたが、血筋は紛うことなき王族。その血を引くカメリアも、万が一があれば王として据えられる可能性があった。たがその事実は隠蔽され、彼女が政治的に利用されないように護られている。それも全て、皇太后の指示なのだろうとゲオルクは考えた。
(カメリアの王位継承権が明るみに出たら政界がひっくり返るな……)
下手をすると、ゲオルクはその命さえ狙われかねない。次に王位を継ぐ可能性が高いカメリアをモノにしてしまえば、成り上がることが出来るのだから。
「お祖母様、これから『蔓草の結び』ですので失礼します」
「えぇ、またカメリアとの話を聞かせて頂戴」
「はい、是非に」
前世から皇太后カトレアは一番敵に回したくない権力者であり、そして最も腹の内が読めない曲者であるとゲオルクは考えていた。それはアメリアに見え隠れしていた影にも似ている。本当は愛するアメリアの子であるカメリアを女王に据えたい。だがそれはアメリアの臣籍降下で困難となった為に、王子の婚約者として間接的に権力を与えられたというのが彼女の実情だろう。
「ふぅ……」
やっと気を抜いて一息吐き、知り得た数々の情報を頭の中で整理し終えたゲオルクは、儀式が行われる部屋へと向かった。