10 転生王子の社交界デビュー
「カメリアちゃんもいよいよ社交界デビューね」
「えぇ、この日をどんなに待ち焦がれたか」
「あら驚いた。とっても落ち着いているのね。私の時とは大違いだわ」
「アメリア、君は……、王女だというのに緊張して入場の時にドレスの裾を踏んでしまったもんな……」
「ふふ。転ばないよう、咄嗟にお姫様抱っこされた時は嬉しかったわぁ」
当時を思い出し、甘い思い出に頬を染める母の姿にカメリアは緊張が少しほぐれた。王城で行われるパーティには身分の低い者から入場する。カメリアは公爵家で王子殿下の婚約者ということもあり最後に入場となる。特別に王城内の一室を控え室として与えられており、そこで化粧や髪結いの仕上げがされる。
「カメリア様、髪は巻かなくて良いのですか?」
「……下ろしたままが良いの」
そう言うカメリアの目線の先には、部屋に飾られた少女の肖像。若きアメリアの姿が描かれたもので、長く腰まで伸びた銀糸の髪が美しい。この身体の本当の持ち主の目標でもある存在に、形だけでも近付けようと考えていた。父譲りの顔立ちでスッと目尻の上がった目つきは肖像画とは対照的だが、まだ幼くも母から引き継いだその美しさが化粧によって一層引き出される。
大ぶりなカメリアの花のコサージュをつけてもらい、少し古いデザインのネックレスとイヤリングは揃いのものでカメリアが指定した。
「こんな昔のもの……よく見つけたわねぇ」
「ルークが教えてくださったの。お母様の物は何一つ王城でちゃんと保管されているって」
「そう、まだ取ってあるのね……。欲しいならカメリアちゃんに全部あげたいけど、古くないかしら?」
「いいえ、私はこれがいいの。カメリアは、お母様みたいになりたいのです……」
その言葉を聞いたアメリアは自分の物であったネックレスを手に取り、カメリアの後ろに回る。我が娘に手ずから、髪を絡めないようネックレスを着けながら言った。
「カメリア、あなたは貴女で良いのよ。あなたは私の代わりじゃないわ。結婚だって、嫌ならば逃げてしまえばいい」
「アメリア!」
一喝する父に目もくれず、いつも穏やかな母からは笑顔が消え、そしてカメリアの耳元で言葉が囁かれた。
「カメリアは母を、王位を継げない哀れな姫だとお考えかしら?」
正面の鏡に映る母の表情は、今までに無いほど冷たいものであった。カメリアは背後の存在に、母という人に初めて畏怖した。王位が無くともその身に纏う品位が血筋と存在を証明している。彼女は正真正銘の”気高き美姫”であると。
「カメリア、貴女自身を見せ付けなさい」
「……はい、お母様」
本当に、本当にこの女性がこれから半年後に病を患い死ぬのか?と、カメリアは頭頂から爪先まで血が引くような感覚に、ハッとして母を見上げるとそこにはいつもの笑顔があった。
「お母様たちは先にいくわね。カメリアちゃんは、殿下が迎えに来てくれるそうよ」
胸を撫で下ろした父にエスコートされ、アメリアは優雅に部屋を出た。いつの間にかアンリの虜となり、気に掛けなかっただけで、前世のカメリアはきっと彼女同様に美しかったのだろう。そして自分が目指せと言われたのは、母を模倣した美しさではなく、自らの存在を知らしめる令嬢なのだと理解した。
(なんて難題を仰るのかしら……)
きっと、それに見合わなければゲオルクは自分をいとも容易く見捨てるに違いない。その名で些細な障害など道端の石ころ程度にあしらわなければ、カメリアはいつまでも”アメリアの子”としか思われない。
「コリウス、前髪は後ろに編み込んでちょうだい。靴も少し踵の高いものに変えるわ」
「かしこまりました」
前世のカメリアは目つきを気にして前髪を少し長めに下ろしていたが、私はそうはしない。背筋を伸ばし、この美しい瞳で人々を惹きつけ、誰にも舐められない強い令嬢になってやる。
「お嬢様、ゲオルク殿下が来られました」
ゲオルクは後ろに護衛騎士を二人連れ、控え室へと入ってきた。カメリアと顔を合わせると目をぱちくりとさせ、フッと微笑む。
「よく似合っているよ、メリー。僕もマントの色を群青にあつらえたんだ。君の髪色が映えるようにね」
前世のゲオルクは朱色や金を好み、カメリアの色調に合わせるような服装はあまりしなかった。少し伸びた髪は後ろに編み込まれ、上質なベルベットのリボンで結ばれている。温かみのあるストロベリーブロンドの髪とは対称的に、服装は白地に銀のボタン、首元のフリルは王妃の趣味だろうとカメリアは過去を思い出した。
「さぁメリー、僕たちの番だ」
「行きましょうか、ルーク」
手を取られ立ち上がり、ゆったり歩き出すカメリアは、周囲のメイドや騎士達の目には幼いながらも立派な令嬢に映った。まだ中性的な雰囲気の残るゲオルクと並ぶと、二人はまるで精巧に作られたドールのように美しい。
(てっきり、前世のカメリアをなぞらえると思ったのにな)
(今のカメリアはわたくし、ですもの)
(アメリア姫の装飾品を選んだことは褒めてあげるよ)
あくまで装飾品はいいが、ドレスは及第点と言うばかりに鼻で笑われたカメリアはキッとゲオルクを睨んだ。
「カメリアの横に並ぶのだからと、母上の趣味に付き合わされたけど、今の時期のゲオルクって顔はとても綺麗なのよね。せっかくだし楽しませていただきますわ」
「わ、わざとその口調で話してますわね……?”姫殿下”とお呼びした方がよろしくて?」
「冗談さ。メリー、ボロを出すなよ」
「私を誰だとお思い?」
性別は違えど、二人とも前世でも上流階級の人間だったことに変わりはない。皮肉や冗談を言い合いながらも、ゲオルクのエスコートは完璧なもので、重たいドレスと高いヒールで歩くカメリアにも一切の苦労は見られない。重厚なとびらが二人の為に開かれ、ゲオルクとカメリアは顔を見合わせて微笑むと、ホールへ一歩踏み出した。
毎度のんびり更新ですが、気長にお付き合いいただけると嬉しいです。