09 転生王子は転生悪役令嬢の手を取る
記憶を取り戻すまではそれぞれの人称で書いていましたが、それからは三人称視点で書いています。中身が入れ替わってるのでセリフがややこしかったら申し訳ないです……。
カメリア亡き後、アンリは妃としてしてゲオルクと共に即位した。『緑の子』が国母となるのだからこの国は安泰だろうと民も幾分かの期待を抱いた。一部の国民からカメリアを喪失した悲しみが消えるわけでは無かったが、新しい王妃の誕生は祝福された。
ゲオルクは父であるフィラム前王に負けじと国の発展に努めたが、数年後には原因不明の病に倒れ、ゲオルクの代わりに実権を握ったのはアンリであった。
「では、摂政も無くアンリ様が女王に……?」
「あぁ、そうらしいな。ゲオルクが伏してからの様子は逐一、ディルから伝えられた」
「ディル様が……」
「彼は最期まで忠義を尽くしてくれたよ」
悲しげに俯いて呟き、それから話を続けた。アンリは国を良くするためだと、貧民街を一掃し、そこを植林地とした。追い出された貧民は保護されるわけでもなく、他国へ亡命するか、あるいは飢えや疫病で亡死んで行った。
他国の織物や宝石類へ欲を出したアンリは贅に溺れ、砂地や塩害で木々が育たない隣国に高額な関税をかけて木材を輸出したことで反感を買い、森の国は二国に攻め入られた。一方で、貧民街から街に人が流れ、治安の悪化に加えて平民へも疫病が広がり、国の兵力は削がれていた。となれば戦争の結果は言うまでもない。
「情けないだろう……何もできず、選択を間違えたゲオルクは死んだ。『緑の子』が国の王になるならば安心だと、盲目な国民からはアンリはまるで神のように崇められていたらしい。カメリア•ヴィンラントは、そんなアンリを侮辱した大罪人として記録に残された」
「若きアンリ様の行動を叱り、大切な私物を壊し、更には食事に毒を盛った殺人未遂の悪女、といったところでしょうか」
「カメリアは無実だったのにな……」
自分でも、なぜ突然カメリアを信じることが出来なくなったのかが分からないと口にした彼女は、震える手でカップを持ち、紅茶に口をつけた。
「『雑草は刈り取らないと、綺麗な花は咲かないでしょう?』と、反乱を起こした民を前にアンリはそう言って笑ったらしい」
「緑の魔女、ですか……。あの無垢だったアンリ様からそのような言葉が出るだなんて、些か信じられませんが……、『緑の子』だからといって善人だとは限りませんものね」
冷静を繕うカメリアだが、その声からは怒りが読み取れる。2人はしばらく黙り込み、やがて掠れた少年の声が沈黙を破った。
「その……、ゲオルクの患った病、というのは……」
「……だんだんと身体は弱り寝たきりに。話すことも見ることも出来なくなり、水しか飲めなくなる。四肢は枯れた枝のように皺を刻み、全身は痩せ細り、音を聴くことさえ出来なくなり、死ぬ」
「……っ!」
それを聞いたカメリアである少年の顔からは血の気が引き、前世の記憶の中に思い当たる一点が、恐怖を引き起こした。怒りを灯していた瞳は揺れ、確かめる様な視線を目の前の少女へと向ける。
「あぁ、アメリア様と同じ病だ。原因は不明で、全く同じ症状だった」
「では、いずれこの身体も……?」
「……わからない」
母アメリアの患った病を、ゲオルクの身体はいずれ罹るかもしれない。目も当てられない母の死に様を思い出しているカメリアに、ゲオルクは口を噤んだ。
「ゲオルク様……、いや、カメリア」
「はい、殿下」
「私は例え何があろうとも、君と婚姻を結ぶ。もしアンリがこの国にとって悪ならば、その芽は摘み取らなければならない」
「それが我が将来の伴侶の望みとあらば」
公爵令嬢と王子。中身は逆転したが、二人にはそれぞれの確かな意志がある。
「まだ、これからだ。まずは二ヶ月後にある婚約発表の場。君が国母となる令嬢であると、他の貴族に知らしめろ」
「……御意に」
冷たく放たれた言葉に、”カメリア”は強く頷いた。”ゲオルク”の真意は分からないが、今のカメリアはただの無力な子供である。母の病を治癒する術もなければ、前世と違って人を動かす権力も無い。婚約者である王子殿下の意向に沿うことが、前世のカメリアに対する償いとなるならば逆らう理由もない。
「さて、メリー。ダンスの時間だ、お手を」
柔らく微笑むその表情に、カメリアはかつて自分の側にいた美しい令嬢の面影を見た。
「はい、ルーク」
互いに交わることのない想いを秘め、二人の手は重ねられた。
ブクマ、評価ありがとうございます。