00 悪役令嬢は灰になる
チートも魔法もありません。ただのやり直しではありません。入れ替わり転生したら面白そうだなと思い書いてみました。
「我が婚約者、カメリア•ヴィンラント公爵令嬢。お前に婚約破棄と、それから緑の加護を受けた者であるアンリ•マロニエ男爵令嬢への罪を、この場で宣告する!」
その深紫の瞳に怒りと侮蔑を表し、険しい表情には似つかわしくないふわふわのストロベリーブロンドのかみをした青年が高々と手を挙げると、武装した衛兵によって1人の令嬢が捕らえられた。髪が乱れ、ドレスの裾が破れても失われることのない気品は、一部の者には疑惑を抱かせた。病弱故に王位継承権を失い、臣籍降下をして公爵と結婚をした稀代の美姫である王妹の娘、その面影を強く残したカメリア•ヴィンラントは、反論も何もなくただ静かに膝をついた。
通称、『森の国』ツヴィーゲル。この国は豊かな自然とその恩恵を受け、隣国の砂漠の国と海の国よりも遥かな繁栄を遂げた。はるか昔、この国の聖女が森の神と契りを交わし、その子孫は「緑の子」と呼ばれた。緑の子を森の神の依り代として崇めることで、国の豊かな自然は守られている。しかしその血はだんだんと薄れ、緑の子は数十年に渡り不在であった。だがしかし、奇跡的に子孫同士が結ばれ、緑の子が誕生した。その子こそが、今この国の建国祭という祝いの場で、その新緑の瞳を潤ませて王子の腕に抱き付いているアンリ嬢である。
カメリアの耳には王子の従者が読み上げる罪状やその内容は一切耳には入ってこない。愛らしく天真爛漫なアンリ嬢に、周りの誰もが惹かれ、一方で厳しい王妃教育を受けていたカメリアには誰も味方がいないことを彼女は知っている。
(身に覚えのない罪で断罪されるのはこんなにも寂しい気持ちになるのね)
「―――緑の子への悪行は大罪だ。よって、カメリア嬢は火刑とし、灰となり土となり、その身を以てこの国への忠誠を誓うがいい!」
建国祭で正式に王太子妃として認められ、国花と蔓で編まれたティアラを戴く予定だった淡い菫色の髪は乱れ、青水晶の様な瞳には涙のひとつも浮かばない。社交界では『花紺青の君』と呼ばれ、王族と確かな血縁者であると知らしめるため、母親に名付けられたカメリアと言う名の令嬢は、立ち上がると美しくカーテシーをし、別れの挨拶の為に微笑んだ。
「この身がこの国の土となれること、なんと有難き幸せでしょうか。皆さま、今日は建国祭です。どうぞ、私のことなどお忘れになって楽しんで下さいな」
国家反逆罪を犯した美しき姫の姿は、いっそ恐ろしささえあった。城前の広場で行われた彼女の火刑には、野次馬や記者以外の民衆は集まらなかった。かつて国衆から愛された姫に似ている娘の苦しむ姿を、望んで見る者はいない。公爵家と王族の人間、そしてカメリアの後にすんなりと王太子妃となった緑の子であるアンリが、処刑を見届けた。
後に、王子であるゲオルク•カメルリアは王となり、アンリは王妃となる。しかし国の繁栄とは裏腹にゲオルグは日に日にやつれ、やがて病に伏す。衰弱した王の代わりに政に手を出したアンリは、その世間知らずで幼稚な政策の末、外交で隣国の反感を買ってしまう。貧しくなった国庫は民を苦しめ、貴族も領地の保持に手一杯。軍事を強化する余裕など無い森の国は、砂の国と海の国が結託した侵攻の戦争に勝つことは出来ず、その後、衰退の一途を辿った。
後に民は語る。アンリ王妃は緑の子ではなく魔女だと。もし、かの美しきカメリア嬢が王妃であったならば、と。民は今日も、カメリアが還った国土を踏みしめ、貧しい生活を送っている。