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中年,嫉妬心と向き合う

 6月の最終週。


 7月からの人事異動が発表された会社からの帰り際、彼女の車が駐車場から出ていくのを見た。

 帰り道とは違う方向へと出ていくところだった。

 そしてその前には同じ部署の男性の車。

 その前の車の後をしずしずとついてゆく様を目撃してしまったのだ。


 思えば前から怪しいとは思っていた。一緒に帰っていく様を何度か目撃しているし、楽し気に話している様子も何度か見ていた。

 見ていたはずなのに受け入れていなかった。認めようとしていなかった。同じ部署なのだから、残業で帰りが遅くなるから、ただ一緒にいるだけなのだと。


 私が彼女に振られたことを私は認めたくはなかった。


 振られた後も彼女の方から話しかけてくれたことはあったし、帰り際に手を振ってくれることもあった。それが同じ会社に勤めている人には皆等しく彼女がしている行為だと知ってはいても、自分には何か特別な感情があるのではないかとそう思いたかったのだ。


 それでも彼女に振られた事実は変わらない。


 私は彼女の新しい彼が気に入らないのだろうか。


 正直になれば気に入らないのだ。


 私と同い年、社歴では1年後輩。


 私がドロップアウトした営業職で成果を上げ、本社の幹部候補として出世していく。部内外で評判も良く、社内での友人も多い。


 私のできなかったこと、持たないものをすべて持っている。彼と比べられると、私のすべてを否定されてしまう気がして、つらいのだ。


 これは嫉妬だ。醜く、無様な男の嫉妬。


 私はどうしたら良いのだろう。


 明日からどんな顔で生きていけばよいのだろう。


 誰も私の顔など気にはしないさ。


 油と埃で汚れた工場の隅、汚れた作業着を着て汗水たらして働く男。


 誰からも必要とされず、待望もされないまま、こき使われて消耗していく。


 私はこのままでいいのか。


 自意識だけは一人前で、人前で話すのが怖くて、失敗が怖くて、バカにされるのが怖くて、怖くて怖くて震えている中年のハゲ。


 

 好きなようにしてみたらどうだ。


 ただ生活のために働いてきた。文字通り一日の半分以上を会社で過ごしてきた。


 なんの興味もないのに、生きていく不安をごまかすために、流されるまま生きてきた。


 そろそろ自分の足で歩いてみてもよいのではないだろうか。


 好きな本を読み、好きな植物を育て、いらないものは捨て、好きな映画もみに行こう。 友人と遊び、家族と食事をし、自分の好きなことを文章にする。尊敬できる人の話を聞いて、自分のやりたいことを探すのだ。ひょっとしたら新しく好きな人もできるかもしれない。


 自分に自信を持ちたい。私は私で良いと思いたい。胸を張って生きたい。情けないなんて思いたくない。朗らかに、明るく、元気に過ごしたい。


 好きなことをしよう、好きなことを探そう。これからの時間、自分のために使おう。大切にしたいもののために使おう。


 自分以外の人生に振り回されるのはやめよう。他人の幸せに目がくらんだとしても、決して凝視しないように、目が焼かれてしまわぬように、小さくてもいいから自分の幸せを見つめよう。どんなにくだらなくてもいいから自分の楽しみに目を向けよう。どんなに情けなくても、惨めでも、私は私の人生を生きるしかないのだから。


 何度でも言おう、何度でも書こう、バカにされても、蔑まれても、無視されても、これが私の人生だと言える何かを記していこう。


 そう奮い立たせないと何もできない弱い自分だけど、自分で奮い立とうとしていることに誇りをもって。




 などと思っては見たものの、心持は何も変わらない。せっかくの休日なのに何も充実していない。

 人は思いだけでは変われないのか。


 空っぽの心。


 その風通しの良い空洞に、焦りという風だけが吹き抜けていく。


 自分の人生の残り時間。どれだけ残っているはわかりもしないのに、ただ若さを消耗していくのを肌で実感している。失われていく時間。このまま人生が固着していく感覚。今変わらなければ、何もかも失ってしまう予感。


 働いている時間は苦痛なのに、休日何もできないでいる。日曜日の夜、空っぽの自分を頭から見下ろして、結局何も変わってないじゃないかと笑ってしまう。


 明日も会社に行く。心身をすり潰して、小分けにして売りさばきに行く。


 ちゃんと売れればよいのだが。




 

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