7話・剣術指南役
私がこの世界に来てから早数か月、様々な事が解ってきた。ここへ一定数の自分と同じ境遇の者達がいる事、そして自分が人間ではない事……。何となくは感づいてはいたのだ、転移した時の自分は戦場で弾丸をばらまくアバターなのだから。一番初めに違和感を覚えたのは2日目の朝だった、生物ならある筈の排泄がないのだ。因みに傷は時間が経てば勝手に治るし走り続けても疲れない。もうこれは…人とは言えないだろう。どちらかと言えば魔物、魔人に近くなっている。最初気持ち悪さがあったものの……冒険者として生きていくなら有利かと考え始めた最近なのだった。
かわいいルアノくんという存在と出会い……迷宮探索を取り付けられただけで、私…黒江杏璃はそれだけで十分だった。
「ご子息様、クロエ様とパーティーを組まれるのですか?」
「んー、今仲間になってくれる人居ないし…それに変わってはいるけど彼女いい人だからね」
(女性らしさは無いに等しいですが、顔立ちは整っていますしな)
(ちょっと黙っててねベル)
(くふふふふ)
まぁ、確かに彼女は傍から見ると性別の見分けが付けにくい程女性らしさはなかった。声も顔も体つきすら美男子に近いのである。何となくで分かる気もするのだが……分からなくても無理はないのしれない。
「そうですな、然しながら…パーティーとして少々バランスが悪いのではと…。」
(本来は前衛と後衛で半々、もしくは3と2が推奨されていた筈です。彼女の装備は見た限り中距離戦向けでしたからな)
「確かに……じゃあ近接戦闘、剣士や槍士が必要だと?」
「その通りに御座います」
「んー、でも直ぐにパーティーメンバーを揃えるのは難しそうだし……僕には秘密があるから…」
(照準をあの速度で合わせるには使用者に相当の反射神経と筋力が必要なはず。私は彼女に剣を持たせてみたいですな)
「……爺や、知り合いに剣士はいる?」
「ええ、王宮にいた頃での知り合いが少々」
「今近くに住んでいる方は?」
「隠居した者になりますがこの周辺で1人おります」
「連絡をとってくれ、クロエ・アンリーに件を指南して頂く」
「それでは言って参ります」
「え、先に文を出した方が……」
「ふぉっふぉっふぉっ…いいのですよ、彼は元々部下に当たりますゆえ」
「そ、そうか…気を付けて」
この後、街では空を箒に乗り高速飛行するお爺さんを見たと噂話が流れたそうな……。
「ルアノくん、ルアノくん…ぐ、偶然だね!買い物に来たの?」
「お姉さん……」
(後を付けてましたな、気殺か暗歩のスキルを持っているようで探知するのに時間はかかりましたが)
(まぁいいよ、何か害を加えてくる訳ではないし)
「いや、街を探索しに来ただけだよ。まだこっち来てから日が浅いし」
「へぇー、ねねね迷宮用の道具は揃えた?」
「あ、その件なんだけどお姉さんに剣術を覚えて貰おうと思ってるから少し伸ばそうかな…と」
「えっ剣術?」
「うん、僕は遠距離から中距離型の魔法使い、お姉さんも近接は出来ないことは無いけど中距離型でしょ?バランス悪いからね」
「確かに……でも私格闘はナイフぐらいしか……」
「大丈夫だよ、お姉さん力強そうだし瞬発力も有るから。それに先生も呼ぶから1から教えて貰えるし」
「ええ……でも……」
「そうかぁ、それなら今回の話は無かったという事で…」
「だ、大丈夫私やれば出来る子だから!」
(見た目美男子なのに中身完全な女の子だよね…)
(そうですな、にしてもお坊ちゃん女性の扱いが上手いですね。何処で覚えたのです?)
(別に…特に何も無いけど……)
(やはり、末恐ろしい方です。私お坊ちゃんの将来が心配になりました)
(ええ……)
「ルアノくん!あっちの武具屋に行こうよ!」
「う、うん……」
この後連れ回される事となるルアノであった。
「久しぶりに乗りましたが、楽ですな箒は」
都市の街並みから外れ農地が目立ってくる、そして農地からも離れて行くと木々が増え山地へと入って行く。その中にある少し開けた場所へ降りてゆくと、1人の老人が巨木へ斧を振り下ろしていた。
「ほっ 」
軽い掛け声と共に振りかざした杖の先に多重階層の魔法陣が展開され、強大な魔力が集められていく。本の数秒で構築されたこの魔法は戦術魔法と呼ばれる物であり、対個人へ使うなど有り得ない代物だった。そんな暴力の塊が解放され真っ直ぐ老人へ向かって突き進み、今にもぶつかろうかという瞬間……魔力の流れが大気を切り裂く音と共に二手に枝分かれする。どうやら斧で切り裂いた様であった。
「良かった、力は衰えていないようじゃな。アノイ」
「ヌング、俺じゃなかったら今の死んでたぞ……突然戦術魔法とは…昔から変わらんの」
「ふぉっふぉっふぉ、若い頃なら戦略魔法を撃っていたわい」
「それは笑えんレベルだぞ、山が消し飛ぶわい!現に見てみい、地面が抉れて大変な事になっとるじゃろ!」
「大丈夫じゃよ、自分で創れば分からぬ」
「そんな事言えるのはお前と……そうだな魔王の奴ら位か」
「あいつ等と並べるでない、あんなどうしようもないのとな」
どこかそう語る2人の表情の奥には、寂しさが見えた気がした。
「がっはっは、それもそうじゃな。して……何か用が有って来たんじゃろう?立ち話もなんじゃし家へ来てくだされ」
「お言葉に甘えさせて貰うかの……」
「ふむ……端的に言えば、新人冒険者に剣術を教えてくれと」
「そうじゃな、で依頼出来るかの?」
「一応上司からの依頼な上に特にする事も無い……受けるしか無い様じゃな」
「ふぉっふぉっふぉ、良かったよかった。それでは今日からでも?」
「冗談では無さそうじゃのう……。山賊用に結界だけ頼めるかの」
「勿論じゃ、ここは儂に任せて荷物を纏めて置きなされ。家具は要らないからの、後2級の道具袋があるから荷物は400kg迄での」
「承知した、それでは失礼させてもらう」
昔からこうだったのぅ……ヌングの突然な言葉に踊らされ……。本当に変わらないの……。
嬉しいような億劫なような、複雑な心境のまま荷物を道具袋へ放り込んでいく。
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