第六十九話 いざ六牙国へ
月野が大きな勘違いをしている時、エリクはホテルの駐車場にいた。
駐車場には以前ガーゼン帝国に行くために使用した魔法で強化済みの観光バスが停めてあり、そのバスの前にはラグスとガトルムが立っている。
「 お二人共、バスの運転はどうですか? 」
エリクが二人に近づき、気さくに話しかけた。
「 ああ、村長。運転にもだいぶ慣れてきた。ガトルムと交代で運転すれば疲れる前に休憩できるしな 」
「 ラグス様は速すぎます 」
「 ガトルム、お前の運転が遅過ぎるんだ 」
「 僕は二人の中間くらいが丁度いいと思います。あっ、そうだ。強化はしてありますが、魔物にはくれぐれも気をつけてくださいね。浄化された場所でも、時々迷い込んでくる魔物はいますから 」
エリクは観光バスの様子を確認すると、強化の魔法をかけ直した。舗装されていない道を走っているので衝撃がかかり易く、その度に魔法の効果が消費されてしまい、定期的にかけ直さないといけないのだ。
「 ラグスさんとガトルムさんが運転を覚えてくれて良かったです。僕一人では大変ですから。ですが二人共、運転は安全第一に頼みますね 」
エリクが何故バスを運転できるかと言うと、それはもちろん日本で過ごした前世の記憶があるからである。
しかし、それは神島時代のものではない。その一つ前の定食屋のおばちゃん時代のものだ。
彼女がまだ結婚をする以前、普通自動車免許と大型自動車第二種免許を取得していたのである。理由は実家が旅館を経営しており、お客さんのお迎えサービスなどにバスを利用するため、持っていると便利だったというものだ。
もちろんこの世界に自動車免許などというものは無い。二人が運転して良いか判断したのはエリクである。
「 まあ、燃料も僕の魔力ですし、何かあっても引火や爆発はしませんが 」
そう、エリクはすでにこのバスを改造済みであった。学校の発電機を魔力で動かしているように、車のエンジンも魔力で動くようにしたのだ。この観光バスは強化の魔法と一緒で、定期的に魔力を注ぎ込めば動かせるようになっている。
しかし、それにはエリクのように大量の魔力を保有する者が必要となる。その為、現在はこの村専用の乗り物だと言えるだろう。ゆくゆくはガブリダリオスやマルクセルに相談をして、魔道具として誰でも少ない魔力で使用できるようにしたい、とエリクは考えている。もちろん運転の指導することを前提としてだ。
「 分かった。運転には気をつける。⋯⋯俺達はそろそろホテルの中に戻るが、村長はどうする? 中で休んでいくか? 」
「 今は秋限定のさつま芋を使ったケーキがありますよ 」
「 それは大変魅力的なのですが、この後はルーベ君と遊ぶ約束をしていまして、ケーキはまた今度にします 」
最近は色々忙しく、夏祭り以降、弟であるルベライトと一緒に過ごす時間をつくれていなかったエリク。
シエルナという妹ができたことで、ルベライトは近頃エリクに甘えてくることが少なくなっていた。村の案内や、学校などの施設の利用方法を、頑張ってシエルナに説明するルベライトの姿は、微笑ましいものとして村では既に有名になっている。
しかしエリクには分かっていた。ルベライトは兄としてしっかりすると同時に、かなり我慢や無理をしていることをである。
そこで、少しでも気が抜けるように、二人で遊ぶ機会をつくったのだった。
「 そうか。ではまたな 」
「 失礼します。村長さん 」
「 はい、また今度 」
二人と別れ、エリクは商店街を抜け中央の広場に向かう。そこでルベライトと待ち合わせをしているのである。
広場に着くと、真ん中を囲うよう等間隔に設置されたベンチの一つに、ルベライトがちょこんと座っていた。その手には紙に包まれた何かが握られている。
エリクは急ぎ足でルベライトに近づいていった。
「 お待たせしました、ルーベ君 」
「 兄貴! 」
ルベライトはエリクに抱きつこうとしたが、手に持っている物があった為できなかった。少し悲しそうにしながらも、気づいたようにその手の物をエリクに見せる。
「 何ですか? 」
「 さっき燈凪に貰った焼き芋。半分こしたくて待ってた 」
「 ルーベ君⋯⋯ 」
最近のルベライトの好物である、村で採れたさつま芋の焼き芋。それを自分と半分こがしたくて食べるのを待っていたと聞き、エリクは感動して少し涙目になった。なんと可愛い弟だろうと思いながら一緒にベンチに座る。
ルベライトは慎重に焼き芋を半分に割ると、少し大きい方をエリクに差し出した。
「 ルーベ君が大きい方じゃなくていいんですか? 」
「 いい。兄貴がこっち食べて 」
その気遣いに更に感動したエリクは、泣きながら焼き芋を頬張った。通りかかった村人が若干引いていたが、気にせず食べ続ける。
その隣でルベライトもほかほかの焼き芋にかぶりついた。自然と頬が桃色に染まり、ほこほこの食感と優しい甘みに夢中になっている。
そんな平和な兄弟の交流の場に、騒がしいやり取りが牧場方向から近づいてくる。
「 だから私は松葉だと言っているだろう。こすぷれいやあとやらも知らん! 」
「 うーむ、確かに眼鏡をかけてないな。でもコスプレイヤーはコンタクト必須だと噂で聞いたことがあるし⋯⋯ 」
「 こんた⋯⋯くと? お願いだ。分からない言葉を話すのはやめてくれ 」
「 ⋯⋯うーん、その表情も、俺が訳の分からないことを言った時に松田がしていた表情にそっくりだ 」
「 師匠にはこの松葉にそっくりな獣人の知り合いがいたのか? 」
「 いや、俺の知り合いは普通の人族。そして、修学旅行で行ったテーマパークでも、頑なに付け耳カチューシャをしなかった男だ。こんな忍者の格好に猫耳と尻尾という欲張りコスプレをするような愉快なやつじゃなかった 」
「 ⋯⋯月野殿、私は猫ではなく黒豹だ。あと、私は愉快にする為にこの格好をしているのではない 」
エリクとルベライトは焼き芋を口に入れながら、騒がしい声のする方向を見た。
月野とナツキノの師弟コンビが、忍者の格好をした獣人を真ん中に挟んで歩きながら会話をしている。
周りを通りかかる村人達は明らかに怪しい黒装束の男を興味ありげに見るが、村でも最強と言われる月野がいることで大丈夫だと判断して、そのまま通り過ぎていく。
しかし、そんな村人達とは違い、エリクは獣人の男の顔から目が離せなくなっていた。
「 知らない人。兄貴の知ってる人? 」
「 ⋯⋯ 」
「 兄貴? 」
一点を見つめて黙ってしまった兄の顔を、ルベライトは不思議そうに、そして心配そうに見上げた。
「 おっ、神島! 丁度良かった。このコスプレした松田みたいな松葉って獣人が、主人から俺宛にメッセージがあるみたいでな 」
ベンチに座るエリク達に気づいた月野は、手を振りながら二人に近づいてくる。
「 松葉⋯⋯さん、ですか? 」
「 六牙国から来たらしい 」
「 白銀の髪! おぉ、これはこれは、私の名前は松葉と言う。主人の使いでこの村に来た。よろしく頼む 」
敬愛する主人と似ているエリクとルベライトの髪色に、松葉は親しみを感じた。丁寧にお辞儀をしながら二人に自己紹介をする。
「 ⋯⋯松田に驚くほど似ていますね 」
挨拶を返す前にエリクから出た言葉はそれであった。
「 あなたも主人様の前世をご存知で? 」
「 前世⋯⋯ 」
驚きながら発された松葉の“前世”という言葉が、エリクの頭の中で反芻する。前世、つまり、松田はこの世界に生まれ変わっているということである。
一体どんな力が働いてそうなったのかはエリクにも分からないが、月野もこちらの世界に渡ってきたのだから、あり得ないことではないのだろうという結論に至った。
今のエリクにとっては理屈より、松田にまた会えるという驚きと喜びの方が上回ったのである。
「 松田は⋯⋯松田は六牙国にいるんですか!? 」
立ち上がったエリクは勢いよく松葉に詰め寄った。
詰め寄られた松葉は自分より小さいはずのエリクの気迫に負けて、後ろに押されてしまっている。
「 主人様は神都ハクシンの中心部にいらっしゃって⋯⋯ 」
「 では、今すぐ向かいましょう!! 」
本当にすぐに出掛けようとするエリクの首根っこを、素早く月野が掴んだ。
「 うわっ、離してくださいよ星弥 」
「 まあまあ、冷静になれよ神島。先ずはこのまつばんの話を聞いてあげようぜ。⋯⋯それに、ルベルべが不安そうにしているだろ? 」
「 ⋯⋯えっ? 」
思わぬ出来事に興奮していたエリクは、月野に指摘されて自分の弟の方を見た。
ルベライトはベンチからじっとエリクを見つめている。その目には少し涙が浮かび、口は引き結ばれ、彼が何かを我慢しているのがよく分かる。
そのようすを見たエリクははっと目を見開いた後、ゆっくりとルベライトに近づき目線を合わせて優しく声をかけた。
「 ルーベ君、我慢しないで今の気持ちを言ってください 」
「 ⋯⋯兄貴、どっか行くの? 」
「 少し遠出するだけですよ。また何日かすれば帰ってきます 」
不安そうにするルベライトの頭をエリクは優しく撫でる。
撫でられたルベライトは俯きながら、少し恥ずかしそうにエリクの袖を握った。
そんな二人をやれやれという仕草をしながら見ていた月野が、その場にいる全員に向けて声をかける。
「 とりあえず学校で話そう。まつばん、俺達について来てくれ 」
「 あ、あの、月野殿。先ほどから言っているまつばんとは、もしや私のことか? 」
「 良いあだ名だろ! 」
「 流石、師匠 !! 」
「 ⋯⋯あだ名 」
いつも通りの調子で師弟が楽しそうに学校に向かい、その後を松葉がどう反応していいか困りながらついて行く。
更にその後をエリクはルベライトと手を繋いだまま進もうとした。しかし、ルベライトが止まって動かなかった為、エリクも立ち止まり自然と彼の顔を見る。
その目は真っ直ぐにエリクを見つめていた。
「 兄貴、俺も連れてって 」
「 えっ、六牙国にですか? 」
驚いているエリクに、ルベライトはこくりと頷く。
「 俺も兄貴と旅したい! 」
実は、シエルナにガブリダリオスとの旅話を聞かされる度に、内心羨ましがっていたルベライト。
自分も兄であるエリクと見知らぬ土地を巡ってみたい。今までにないような思い出が欲しい。そういう想いが日に日に募っていたのである。
「 ⋯⋯ルーベ君 」
一緒に暮らし始めてから、ルベライトがここまで強い意思を持ってお願い事を言ってきたのは初めてであった。わがままはいけないことだと、普段からあまりお願いを言ってこない子なのだ。
「 もちろんです。一緒に行きましょう! 」
エリクは感動してルベライトに抱きつく。まるで、美しい絵画の一部を切り取ったような場面である。
通りかかった村人達がそれを見て、立ち止まり歓声をあげて拍手をしたのだった。
〈 学校の応接室 〉
「 神島とルベルべ遅いなぁ。二人が来るまでトランプでもするか! 」
「 いいな、師匠。七並べにしよう! 」
「 ⋯⋯( 本当にこの人が伽那兎様のご親友なのだろうか。⋯⋯不安だ )」
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