第七話 無断入村生物
「 モンスターのみを倒せる刀ですか?うーん僕の知識では、浄化作用だけの機能をつける、とかしかわかりませんね⋯⋯ 」
「 光属性のものを使ってみたりとかよ、いろいろやってるんだがよ。どうも上手くいかなくてな⋯⋯ 」
新しく出来た工房で話し合う2人、刀鍛冶の親方と神の子村長である。
「 剣に関して詳しい知り合いはいるにはいますから、また訪ねて聞いてきますよ 」
「 本当か?村長みたいな子供に頼むのはおかしいけどよ。すげぇ力をもっているからと思ってよ。聞いてみるもんだなぁ!! 」
本当はこの村で一番長く生きている自覚があるエリクだが、見た目は13歳くらいだ。
エリクが敢えて修正しないのは、神界にいた時間と地球の日本にいた時間が長いだけで、この世界の人間界の知識は魔法に偏っているためである。
エリクは、ここでは常識はずれの変わり者に分類されるだろう。周りも変わり者ならわからないが。
笑顔で了承したエリク。そこに慌ただしい足音が聞こえてくる。
「 親方ー!!若が⋯⋯さっ⋯⋯ら!! 」
工房に駆け込んできたのは、虎獣人の陽露であった。
「 なんだぁ!?そんなに慌てて、とりあえず落ち着けよ 」
「 落ち着いてられませんって!!とりあえず親方も村長も来てくださいよっ!? 」
「 まぁ行くけどよ⋯⋯一体なんだってんだぁ? 」
工房を出て、陽露に案内されるままついて行く2人。どうやら湖の方に向かっているようだ。しばらく行くと湖のほとりに、何やら騒がしい3人がいた。
「 うわぁー!!助けてくれー!! 」
「 ちょっとあんたっ!!こっち来ないでよっ!!それをなすりつける気!! 」
「 若っ!!止まってもらわないとそれが取れませんっ!! 」
「 ヌメッと⋯⋯ヌメッとする!!うわぁー!! 」
「 いやー!!手についたー!! 」
「 若の顔から離れろーー!! 」
1メートルくらいの水色の何かが黒凪の顔にべったりとしがみついている。アロマは黒凪から逃げ、氷雨は黒凪を追っている。側から見ればふざけているようにしか見えないが、本人達は至って真面目である。
湖の周りを行ったり来たりしている3人にエリク達は近づいて行く。
近寄って見てみるとそれは、全身がぬめっており独特なてかりのある肌をしている。顔と思われる部分は、人の大きさと変わらないが少し平たくなっていて、両端にはつぶらな瞳。手足は短く、指の裏は吸盤のようになっている。体に対して尾部分は同じくらい長く、先の方が少し平たく膨らんでいる。
エリクの日本の知識を借りるなら、水色のオオサンショウウオである。
「 ぬもーん。ぬもっ、ぬもっ♪ 」
「 見てください!!お二人共、若がサラマンダーに襲われてます!! 」
「 サラマンダーだぁ!!水色のサラマンダーがいるか?火の精霊だろ⋯⋯いるのか? 」
「 いや、あれは水色のオオサンショウウオですね 」
英訳的に言えばオオサンショウウオはサラマンダーに分類されるが、ここはファンタジーな世界なのでサラマンダーは火の精霊である。火の精霊は炎を纏ったりしていて赤いことが多いが、これはぬめりを纏っていて水色。
しかも謎の鳴き声を発している。
「 ぬもっ♪ ぬもっ♪ すもももももももものうち♪ 」
「 こいつ今、確実に喋ったわよ!! 」
「 何言ってる!!ただの鳴き声だ⋯⋯、それより若ーー! 」
黒凪は、とうとう倒れてしまった。その上にオオサンショウウオ(仮)がのっかかっている。急いで氷雨がかけ寄り、それをはがし取る。そして何故かそれをエリクに渡した。
「 無断入村生物⋯⋯。村長に後は、任せよう⋯⋯ 」
「 はぁ⋯⋯、仕方がないですね 」
この村では “村長” が便利な言葉になりつつある。それを手渡した氷雨は、すぐに黒凪の方に向かった。
「 若、大丈夫ですか!? 」
「 ⋯⋯だいじょ⋯⋯だ⋯⋯大丈夫だ 」
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
氷雨が黒凪の顔を覗き込んで固まってしまっている。急いで陽露も近寄る。
「 親方⋯⋯、若の顔が⋯⋯⋯⋯!! 」
固まって微動だにしない氷雨にかわって陽露が声を発した。周りの人間も固唾を飲んで見守る。
「 若の顔が、毛穴のひとつひとつの汚れがきれいさっぱり無くなって、かつ、ぶつぶつした後も残らず滑らかな潤いたっぷりたまご肌になってるーー!!
ついでに昔に負った右頬の火傷の跡も無くなってるーー!! 」
「 なんだとーー!!」
「 なんですってーー!! 」
黒凪がぬらっと立ち上がる。そこには赤ん坊のようにつるつるプルンプルンの顔の男がいた。
「 ふー、生まれ変わった気分だ!!やっぱり男の肌ケアには、謎の生き物の体液だよなっ!! 」
「 若がひらき直って何か言ってるー!! 」
「 村長!!倅は大丈夫なのか? 」
「 ちょっとー!!私にもそれ頂戴よ!! 」
「 まぁまぁ、皆さん落ち着いてください。黒凪さんは大丈夫です。自分でこの子を持ってみてわかったのですが、この子はどうやら水の大精霊の幼体のようです。かなり好意的な様なので安心してください 」
「 ぬもっ♪ ぬもももも⋯⋯⋯⋯ぬもっ!! 」
「 この湖が気に入ったそうなので住むそうです。今日はその挨拶に来たそうですよ 」
「 ぬもん!ぬももぬぬもも、ぬもんぬもっ! 」
「 よろしくぬもっ!仲良くして欲しいぬもっ!と、言っています 」
「 語尾つける必要あったのそれ? 」
アロマは疑問顔でエリクを見た。エリクは真顔である。
「 大精霊の幼体が住むってんなら、この湖も、もう枯れることはないかもな!! 」
「 親方がそう言うんならそうっすね! 」
「 美容にいいなら、私は大歓迎よ! 」
村人達は先ほどまでと打って変わって歓迎する空気になっている。そんな和気あいあいとした場に近寄るひとつの影があった。
「 水の大精霊とは素晴らしい!!ところで温泉の温度調整って出来るのか、村長? もうあの熱さには慣れてしまってな⋯⋯ 」
手ぬぐい一枚を腰に巻き、仁王立ちするエルフの男。アルクリースである。
その場のエリク以外の全員が呆然と見つめている。
「 アルさん、入浴時間は10分までって言いましたよね?もしかして朝から入っていたんですか? 」
「 大丈夫だ村長!ちゃんと10分ごとに温泉から出ている⋯⋯ 」
「 ⋯⋯ぬもっ? 」
静まりかえる場で水の精霊だけが不思議そうに鳴いたのだった⋯⋯。
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〈 セルフォリア聖王国 〉
中央大陸北西に位置する、セルフォリア聖王国の聖王の執務室。
悩ましい様子で椅子に座っているのはこの国の君主である。
「 大陸各地から、意味のわからない報告や理解しがたい事件の話が耳に入ってくる⋯⋯ 」
ここ最近は、大陸各地にいる密偵たちから処理のしがたいことばかり報告され、聖王は疲れ果てていた。聖王国内でも “ 聖女 ” なる人物が現れ、部下達は情報集めに奔走している。
只でも先々代の残した戦争の傷跡や、他国とのわだかまりがあるのにこれ以上問題を抱えたくない。
聖王は大きな溜め息をひとつする。
「 ⋯⋯休みが欲しい。いや、これも神の怒りなのかもしれないな⋯⋯ 」
先々代で何も生み出さなかった、結果的に無益な戦争をし、先代ではそんな傷ついた国をなんの対策もせず放置した。そのつけが全部自分にふりかかっているのだ。
自分の父親がもう少しでもまともだったらと、苦々しい表情になる。
そんな聖王に姿の見えない密偵からまた報告がはいる。
「 報告します。先々代様が戦争で消滅させた、ディアロック地方の湖が復活していたという噂があります。引き続き調査を続けます 」
聖王は黙って、天を仰いだのだった⋯⋯。