挿絵・遠足を楽しむ生徒達
ある日のこと。
エリクは学校で各教室を見回っていた。これは日課というわけではなく、気まぐれである。または暇つぶしとも言う。
真面目に授業を受けている中学年の生徒達を、ドアから顔だけを出して覗くように眺めるエリク。
教壇に立つレージは未だに慣れぬ校長の奇妙な行動に緊張していた。
教室の後ろ側のドアなので黒板を見ている生徒達からエリクは見えないが、レージからはばっちりと見えているのである。
それどころか、先ほどから何回も目があっている。その度ににこりと笑い返されるのは、新任教師レージとしては緊張が増すばかりである。
緊張の授業はしばらく続いた。
そして、授業終了のチャイムが鳴る。
生徒達が挨拶をして、帰る準備をしたり外で遊ぶために教室から出ていく。
笑顔で挨拶をしてくる生徒達に挨拶を返しながら、エリクは少し疲れた様子のレージに近づいていった。
「 お疲れ様です。問題はないですか? 」
「 は、はい。校長先生が後ろ側のドアから覗いていても決して問題はありません! 」
「 違います。それじゃなくて、ガーゼン帝国出身の子供達は学校に慣れてきたかいう心配です 」
そう言ってエリクは教室内をちらりと見る。一見問題ないように見えるが、担任であるレージから見た様子を知りたいと思ったのだ。
「 はい。授業にも慣れて、元からいた子達とも仲良くなってきているとは思います。⋯⋯ですが、両者とも一部の子はまだ距離が掴めていない気がします。出身地というよりは、貴族出身と平民出身の壁のようなものを感じます。有翼族の子達はその辺りをあんまり気にしていないですが、ダローア出身の子達は⋯⋯ 」
「 あそこは身分制度が厳しいらしいですからね。孤児院ではかなり切り詰めた生活をしていたようですし⋯⋯ 」
ダローア王国は身分制度が大変厳しい。アテナ達がいた孤児院がやっていけていたのも、面倒を見てくれていた女性が貴族出身であったからだ。その女性が不審な死を遂げ、すぐにアテナ達が逃げたのも、そこに残れば領主に物として扱われるだろうと考えたからである。
あの時ティアラに助けられていなかったら、領主の騎馬兵達に捕まり、どこか別々の場所に売られていたかもしれない。
「 はい、時が解決してくれるとは思いますが 」
「 うーん、そうですね。では、遠足なんてどうですか? 」
「 えんそくですか? 」
「 ガーゼンにはありませんか? 生徒達でどこかに出かけるんです 」
「 校外学習みたいなものですか? 」
「 まあ、そんな感じです。学習よりは徒歩で行く日帰り旅行ですね 」
神島時代の遠足を思い出しながらエリクは言う。
神島が小さい時、お菓子は300円までであった。親友である松田はいつもグミを持ってきていて、それを噛む顎の力が凄まじかったのもいい思い出である。
そんな思い出に浸っているエリクに、レージが申し訳なさそうに話しかけてくる。
「 あの、徒歩で行ける距離は、ほとんど同じ景色ではありませんか? 」
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
レージの言葉にエリクは固まる。
村の周り半径2キロメートルはエリクが浄化済みで植物も生えてきている。しかし、同じ景色である事は変わらない。岩や石が転がる大地に多少の草花が生えたところで、遠足で歩いて行ったとしても新鮮さや面白みはないだろう。
エリクは驚愕の表情で大声を出す。
「 はっ! そうでした!! 」
「 遠くに大きな岩山は見えますが、角度が急ですからあれに登るのは無理です。湖は近すぎますし、良好な関係であるセルフォリア聖国は遠すぎます 」
「 確かに、牧場や農場も普段から見ているので新鮮さがないですね 」
教室で二人、悩ましい表情で唸る。
すると、廊下から一人のエルフが入ってきた。高学年担任のアルクリースである。
「 二人とも、そんなに難しい顔をしてどうしたのだ? 」
「 あ、アルさん。今度みんなで遠足に行こうと思ったんですが、子供達が徒歩で行ける良い場所が思い浮かばないんですよ 」
「 なるほど、⋯⋯そう言えば、歩いて行ける距離に古い神殿があったな 」
「 古い神殿? 」
思い出したように言ったアルクリースに二人は注目をする。
「 私はディアロック地方を倒れるまで旅したからな。その時たまたま見かけたのだ。かなり古く、大部分が土に埋まっていたが、石柱に彫られた細工などから貴重な古代遺跡だと分かった 」
「 ⋯⋯それが分かるアルさんって、一体 」
「 ふふ、どうだ? 今は魔物がいるが、村長や勇者が下見を行えば安全だろう 」
「 そうですね。では遠足先はひとまずそこに決定です 」
そうして遠足の日程と場所が決まった。
ちなみに遺跡には死霊系の魔物が多数いたが、下見の時に月野に一掃された後、復活する前にエリクによって浄化されたのだった。
────────────⋯⋯⋯⋯
遠足の日の早朝。食堂の厨房では料理を作る音が、いつもより早くから聞こえる。
エリクが子供達のためにお弁当を用意しているのだ。厨房には他に陽露やアルクリースもいる。
「 陽露さん、手伝ってもらってありがとうございます 」
「 いや、全然大丈夫っすよ。子供達のためならこれくらい余裕っす 」
揚げ物をしながら陽露は笑顔で言う。彼は普段から獣人達の住む家で料理を作っているので、これくらい手慣れたものだ。
そして、学校でも行事がある時はこうして積極的に手伝いにきてくれている。エリクにとって優しく頼りになる青年であった。
「 アルさんもありがとうございます。料理の手伝いをアルさんがしてくれるのは珍しいですね。料理できたんですか?」
「 いや、できない 」
「 えっ、なら何故ここへ!? 」
「 お弁当作りに興味がわいてな。手伝いは箱に詰めるか皿洗いくらいしかできない 」
「 そうだったんですか。箱詰めだけでもとても助かりますよ 」
「 任せてほしい 」
効率よく料理を作っていくエリク。下ごしらえは昨日の夜に行っていたので細かい作業が必要ない上、お弁当ならではの冷ます作業も魔法で行えば早い。
陽露も自身で打った包丁を使い食材を切り、手際よく調理をする。
アルクリースは出来上がった料理を箱に詰める作業を丁寧に行った。だが、あまりに丁寧過ぎたため時間がかかってしまい、結局エリクがほとんど箱詰めをすることになった。
そうして1時間後、無事にお弁当が完成した。大人数で食べるので、入れ物は小さなお弁当箱ではなく重箱やお櫃である。
「 アルさんが詰めたお重だけ料亭のお弁当みたいになっていますね 」
「 村長のために綺麗に詰めた 」
「 あ、ありがとうございます。嬉しいです 」
「 村長良かったっすね 」
満足そうに三人が完成したお弁当を眺めている厨房に、小さな足音が近づいてくる。
「 兄貴、味見係、いる? 」
食堂に繋がるドアから顔を出したのはルベライトである。
「 ふふふ、今日は味見はなしです。お弁当はお昼のお楽しみですからね 」
「 分かった。楽しみにしてる 」
ルベライトは匂いだけ嗅いでいくと、食堂のいつもの椅子に座った。
お楽しみな昼食の前に、今からいつもの朝食があるのだ。身長の問題などで手伝いができないルベライトは、こうして大人しく座って待つのである。
「 そろそろ他の子達も起きてきますね。朝ごはんに取り掛かりましょう。お昼と被らないようにホットケーキにします 」
「 鉄板の出番っすね 」
手際よく材料を混ぜ、厨房にある大きな鉄板でホットケーキを次々に焼いていくエリクと陽露。
アルクリースは皿を並べる係である。
「 あ、村長さん。アル先生と陽露さんもおはようございます 」
他の子供達よりも早起きであるアテナが、エプロン姿で厨房に入ってくる。
エリク達は笑顔で挨拶を返した。
「 今日は遠足があるので手伝いなしでも良かったんですよ 」
「 早起きが身に染み付いてしまっていて⋯⋯。食器やジャムを出すのを手伝いますよ 」
「 ありがとうございます。では、アルさんの手伝いをお願いしますね 」
「 はい 」
全員で協力して朝食の準備も無事にできた。厨房からお弁当の匂いはなくなって、かわりに辺りにはホットケーキの甘い香りが漂っている。
そして、朝の支度を終えた子供達が食堂に次々と集まってくる。
彼らは初めての遠足が楽しみなのか、いつもよりそわそわしているようだ。
「 いただきます 」の挨拶をして、ホットケーキを食べている間も、エリクの耳に入ってくるのは遠足の話題ばかりである。一番はしゃいでいるのが月野であることに若干の不安を覚えつつも、エリクも遠足がより楽しみになってきた。
出発は他の生徒達が集まってからなので、それまで校門前で待機である。
住宅街から校門前に集まってくる他の生徒達。教師達は生徒達を班ごとに列に並ばせ、点呼を行なっていく。ちなみに班は、事前に年齢が重ならないようにくじで決められた。
エリクは楽しそうな子供達を優しい目で眺める。
するとそんな中、一際賑やかな男二人が目に入った。
「 師匠、あの岩山まで競争しようぜ 」
「 ナツッキー、遊んでいいのは目的地に着いてからだ。それまでは周りを警戒して大事な生徒達を守ることが、勇者である俺の使命だからな! 」
「 流石、師匠! カッコいい!!⋯⋯もぐもぐ 」
月野とナツキノがバナナ片手に盛り上がっている。
二人の会話に色々つっこみたいところはあったが、エリクはキリがないと思い、それをやめた。
そもそも何故バナナを持っているのか。
月野のことなので遠足特有の「 バナナはおやつ以下略 」を言いたいためなのか。
そしてナツキノは何故すでにそれを食べているのか。気になる点は会話以外にも多々あるが、エリクはつっこまない。キリがないからだ。
そんな場に少し眠そうなアロマが到着する。
「 ちょっとあんた達。小さい子より騒いでるんじゃないわよ。それと、ナツキノはバナナを食べるのやめなさい 」
「 なんでだ? これは遠足には必需品だと師匠に言われたぞ⋯⋯ 」
「 だからって今食べなくてもいいでしょうが! 出発前よ!!」
的外れなナツキノの言動に、アロマがつっこみを入れる。
そしてしゅんとなる弟子を見て、月野が彼女を宥めにかかった。
「 そうかりかりするな、アロマん。牛乳飲むか? 」
「 飲まないわよ! というか、その馴れ馴れしいあだ名いい加減にやめてちょうだい!! 」
つっこみはアロマが担当してくれるようだ。
エリクは微笑み、あの二人は彼女に任せることにした。
「 全員集まりましたね。では、出発しましょう 」
点呼が終わり、移動を始める一行。生徒達は教師達に挟まれるような並びで進んでいく。
途中休憩をとりながら、2.5キロメートルほど歩いた先に目的地はあった。
ほとんど土に埋まってしまっているが、石の建物が建っていたであろう跡が複数残っている。その一つである地面から突き出した石柱は巨大で、かつてこの地に偉大な文明が存在していたことが想像できる。
生徒達は口を開けてそれらを見上げている。見上げ過ぎて首が痛くなるほどの柱の巨大さに驚いているようだ。
それをエリクはアルクリースとともに満足そうに見ている。
「 アルさん、この遺跡は神殿跡なんですよね 」
「 ああ、柱に古代の文字が彫ってある。私が推測するに複数の神が祀られていたようだ 」
「 ⋯⋯神ですか。僕の兄や姉も祀られていたんでしょうね 」
「 そうかもしれない。こうなっていると、もう他の場所に移った可能性が高いが 」
「 彼らは基本自分の作った空間にいるので、おそらく別荘が一つ潰れたみたいな感覚ですよ 」
「 ほう、なるほど。村長の話はためになる 」
お互いに知識を交換し合う二人であった。
そんな二人に、この場にいる中で一番楽しそうな男が近づいてくる。
「 おーい、神島。缶蹴りしようぜ 」
「 星弥、缶蹴りには隠れる場所が必要ですよ 」
「 それならあるだろ 」
呆れ顔のエリクに月野は指摘する。彼が指をさす先には遺跡があった。
「 神殿の遺跡で缶蹴りとか罰当たりじゃないですか? 」
「 神の子が何言ってんだよ。それに、つい最近まで魔物の巣になってたんだから、それに比べたら子供達が楽しく遊んだほうが神様も嬉しいだろ 」
「 うーん、確かにそうかもしれないです 」
「 じゃ、神島が鬼な 」
「 まさかの!! 絶対、最初からそれが目的だったでしょう!? 」
そう文句を言いつつも、生徒達とともに楽しく遊んだエリクであった。
そして時間は経ち、みんなのお楽しみである昼食の時間になる。生徒達は班に分かれてブルーシートを広げ、濡れタオルで手を拭くなど食事の準備を始めた。
エリクは各班のブルーシートに重箱やお櫃を配っていく。順番に渡していき、最後にルベライトがいる班に向かった。
「 ルーベ君はカルテナさん達と一緒の班なんですね 」
「 うん、兄貴も一緒に食べる? 」
「 僕は先生達と食べるので、ルーベ君はみんなと仲良く食べてください。ルーベ君の好きな鮭や梅干しのおにぎりもありますよ 」
「 楽しみ、ありがと 」
エリクはルベライト達に重箱やお櫃を渡すと、教師が座るシートに向かった。
残されたルベライトは重箱の蓋を開けていく。周りの生徒達も箸やコップを配ったりと食べる準備をする。
ルベライトの班はカルテナ、その弟のダルテ、そのダルテと最近仲が良いサリル、あとは小学年の子が二人いる。
いつかの相談会から、ルベライトはダルテとよく話すようになった。サリルとも友達のため、この班はルベライトにとって比較的緊張しない面々が揃っている。
「 大きなおにぎりね。食べ切れるかしら? 」
お櫃を開けたカルテナが、驚きの声を上げる。お櫃の中には成人男性の拳くらいのおにぎりが十個以上入っていたからである。
「 姉さん、こっちにはサンドイッチが入ってる。野菜もたっぷりで美味しそうだ 」
四角い網かごに入ったサンドイッチの具は色鮮やかで、食欲をそそりとても美味しそうである。
「 おかずも美味しそうなのよ 」
ルベライトの開けた重箱を覗きながら、サリルが嬉しそうな声を出す。
唐揚げや卵焼き、肉巻き野菜やエビフライなどお弁当には馴染み深い料理がたくさん入っている。
班の面々はごくりと唾を飲み込むと、食事の挨拶を済ませる。そして、みな好きなものに手を伸ばした。
「 これ! 」
ルベライトは迷わず、ある一つのおにぎりに手を伸ばす。その表情からは何か確信めいたものを感じる。
ダルテは疑問に思い、彼に問いかけた。
「 ルベライト、もしかしておにぎりの中身が見ただけで分かるか? 」
「 分かる、これは鮭 」
そう言ってルベライトは手に取ったおにぎりにかぶりついた。その断面に見えた中の具は、正真正銘の焼き鮭のほぐし身である。
「 ルーベ君、すごいのよ。私、ツナマヨが食べたいから教えてほしいよ 」
「 はぐはぐ、⋯⋯ん、手前のあれ 」
「 ありがとうなのよ。⋯⋯もぐもぐ、本当にツナマヨだったよ! 」
ルベライトの思わぬ特技に驚くサリル。周りの面々も感心している。
その後も和気藹々と楽しく食事は進む。特にダルテとサリルは隣に座り、会話も弾んで楽しそうである。
そんな二人を眺める別の班の三人がいた。
一人はサリルの妹タリル、もう一人はサリルに片思い中の有翼族の少年ササマキ、そしてそんな彼の妹ココマキである。
三人はサリルとダルテの後ろ側からじっと二人を観察しているようだ。
「 良い雰囲気なの 」
「 そ、そんな、僕だって一緒の班なら彼女に近づけたかもしれないのに⋯⋯ 」
「 ⋯⋯例え一緒の班でも、ササマキ君には無理な気がするの 」
「 ひどい 」
積極的に観察するタリルとササマキの隣で、ココマキは呆れ顔である。
「 お兄ちゃん達、私達の班はあっちだよ 」
「 うわ、あんなに顔を近づけて、くそ、ダルテめ 」
「 サリルがダルテ君の肩についてたゴミを取っただけなの。モテない男の嫉妬が見苦しいの 」
「 ひどい 」
「 ⋯⋯はあ 」
おにぎりを食べつつ、自由な兄達にため息を吐くココマキであった。
一方、教師達は⋯⋯。
「 なんだか校長先生のお弁当は私達のより特別豪華ですね 」
「 私が詰めたのだ。村長は偉い方だからな 」
「 アルクリース先生が⋯⋯やはり校長先生はこの村にとって特別な存在なんですね 」
バニラとレージ、そしてアルクリースがうんうんと頷いている。豪華に詰められたお弁当を見て、エリクの偉大さを感じているようだ。
「 中身はみなさんと一緒ですし、そもそもこれ作ったのほとんど僕なんですけどね 」
エリクのつっこみは広い大地に消えていった。
お読みいただきありがとうございます。




