第六話 獣耳村人入村
「 つまり、お前は俺の刀が打てないと言うんだな⋯⋯燈凪 」
「 ⋯⋯はい。私はもう人を切るために使われる刀は打たぬと決めたのです 」
「 ⋯⋯そうか、まぁ良い。俺も鬼ではない。命は取らないでやろう。⋯⋯だがな、この俺に無駄な時間をとらせ恥をかかせたのだ。ただで済むと思うな 」
帝を最上位とし、六人の領主が治める国。
──獣人の国、 “ 六牙国 ” 。
その南西の土地の領主である蜥蜴獣人ザルバルの目の前で、地面に座り頭を下げ続ける男がいた。
「 私はどんな罰でも受けます。ですが、倅はこのことに関係がないんです。どうかお慈悲をっ⋯⋯ 」
「 命は取らぬと言っているのだ。それ以上は何も聞いてやるつもりはない⋯⋯ 」
ザルバルが右手を横に振り上げ、両側に侍る部下たちに命令する。
「 刀鍛冶、燈凪および流派の者たち、全員を大陸の中心 “ 忘れ去られた大地 ” 送りとするっ!! 」
「 そんなっ!! 死ねと言っているのと同じではないかっ!! 」
「 ええい、うるさいぞ!! 此奴を早く連れて行けっ!! 」
複数人におさえられ連れて行かれる男、燈凪。彼は無念な気持ちから顔を歪める。
六牙国において “忘れ去られた大地” とは、ディアロック地方のことである。
─────────⋯⋯⋯⋯
「 いやぁ、やっぱり温泉は最高ですねー。ふふっ 」
200ポイントを使いつくられた露天風呂でくつろぐエリク。
最近復活した湖近くの丘辺りにつくったので、自然が豊かになれば絶景に違いないとエリクは確信していた。
「 こんなものに浸かっていては、体が温まってより健康になってしまう 」
隣にいるアルクリースは温泉に浸かりながらも何処か不満顔である。
するとそこに予期せぬ乱入者が現れた。
「 あんた達だけ何勝手にこんな良いものつくってくつろいでんのよっ!! 」
現在早朝6時、朝の弱いアロマにはきつい時間である。だか、他の村人が自分に内緒で良いものを楽しんでいるのには彼女は黙っていられない。
「 うわぁー!! いきなり入って来るなんて、アロマさんには淑女の慎みがないんですか!! 」
「 別に裸で入って来たわけでもないのに、慎みもくそもないでしょ⋯⋯ 」
「 アロマさんが服を着ていても、こちらが裸なんですよっ!! あとくそとか言っちゃいけませんっ! 」
「 そもそも、私に内緒にしているエリク達が悪いのよ 」
朝から大声で言い合う2人。
一方でアルクリースは無言で暑さに耐えていた。心なしか先ほどより嬉しそうである。
「 暑さに耐え、限界まで自分を追い込む。新しい発見が出来たな⋯⋯くっ⋯⋯⋯⋯ 」
その後、アルクリースが倒れたことにより、エリクは温泉をアロマに譲ることとなった。
「 はぁー、朝風呂最高!! 肌もつるつるになりそうね⋯⋯ 」
倒れたアルクリースを抱えてエリクが出て行ったため、今はアロマの貸し切り状態だ。
あの様子だとエリクは看病で戻ってこない。まさかこんな何もないところに誰かが来ることもないだろう、と考えたアロマはゆっくりと湯に浸かっていた。
綺麗になった(周りに何もない)湖を彼女はぼんやりと眺める。
「 親方〜!!やっぱり湖でしたよー!! 」
「 良くやった陽露、水があれば他の国まで何とかなるかもしれんっ 」
「 ⋯⋯でも何でこんなところに湖があるんですかね? 」
「 まぁ、今はいいだろう氷雨。ひとまず喉を潤すのが先だぜ 」
「 そうっすね、若!! 」
そう言ってしゃがんで湖の水を飲む四人。着物から出た長い尻尾が仲良くゆれている。頭にはひょこひょこと動く嬉しそうな獣耳。
そして四人は水を飲み終わると何気なく近くの丘を見上げた。
そこには、温泉に浸かる手ぬぐい1枚の美少女。
お互いに驚き、目を見開く─── 。
「 ⋯⋯け⋯⋯獣耳おっさん四人組とか、誰が得するのよー!!!! 」
アロマの叫びが、荒れた大地にこだました。
─────────⋯⋯⋯⋯
「 なるほど、ではここに追放されてきたという訳ですね⋯⋯ 」
「 へいっ、そうなんですよ。⋯⋯坊っちゃん? 」
土鍋につくった卵雑炊(1P)をふるまいつつ、四人組に話を聞くエリク。
彼らは集会所という名の地べたに座っている。
右にはのぼせて仰向けに横たわるアルクリース。
左には服を着て警戒しながらエリクの腕に隠れるアロマ。しかしエリクの細い腕には隠れきれていない。
「 僕はエリクといいます。気軽に村長と呼んでください 」
「 ⋯⋯お、おぉ。わかった、村長 」
エリクは実に満足気に頷いた。そこに横やりをさす少女が約一名。
「 ちょっとエリク!! 可憐な少女が半裸を知らない男達に見られて、こんなに落ち込んでいるのよ。少しは慰めなさい。紳士の心得がなってないわよ!! 」
「 男の入浴中に乱入して来る女が可憐もくそもないでしょうが!! あと僕は紳士ではなく村長です 」
「 ゔー⋯⋯。くそなんて村長が使っちゃいけないのよ⋯⋯ 」
「 それは村長に決める権利があるのです 」
アロマは憎々しげにエリクを見ながらも腕は離そうとはしない。
獣人四人組はなんとも気まずそうにしていた。
エリクはそんな彼らに向き直る。
「 ならみなさん、この村の村民になりませんか? 今なら家も付いてきますよ。本日限り、大変お得となっております⋯⋯」
「 親方!! 本日限りっすよ!! 」
「 陽露、お前食べ物を頂いたからってよう⋯⋯そんなに簡単になぁ⋯⋯ 」
「 本日開店した、湖を一望できる温泉も無料でご利用いただけますよ? 」
「 親方、俺、温泉好きです⋯⋯ 」
「 氷雨、お前が温泉好きなのは知ってるがよぅ⋯⋯少し急すぎやしねぇか? 」
「 これが大変人気のプランになっておりまして、今を逃すと次に予約も取れるかどうか⋯⋯ 」
「 親父!! 早くしないと他のやつに取られるかもしれねぇ⋯⋯ 」
「 黒凪、お前もか⋯⋯。よし、わかった俺は決めたぜ!! 村長さん、倅と弟子共々この村にご厄介になりますぜ!! 」
親方と呼ばれているいい体格をした屈強な男が前に出てエリクに宣言した。頭で黒色の猫の耳がピンっと立っている。
「 俺は燈凪といいます。こいつは俺と同じ黒猫獣人の倅です。名前は黒凪といいます。こっちの虎獣人が弟子の陽露。こっちの銀の犬獣人が同じく弟子の氷雨です 」
それぞれ燈凪に紹介されて頭を下げる。
エリクはうんうんと頷き四人を歓迎した。
「 ようこそ!! でっ? どんな家をお望みですか? 」
「 お望みって言ったってよ、村長。どこにも家を建てられそうなもんはねぇぞ⋯⋯? 」
不思議そうに首を傾げる燈凪。猫耳が少し垂れ下がっている。実に可愛らしい仕草だが、当の本人は屈強なおっさんである。
「 村長さんっ!! 俺は台所少し広めにして欲しいです! 身体がでかいやつしかいないんで、狭いと危ないんっすよ 」
「 なるほど⋯⋯ 」
元気に意見を言う陽露。彼は常に気持ちのいい笑顔の男である。黄色く丸い虎耳に、黒縞の黄色い尻尾。まさに虎獣人だ。
エリクは彼の要望を快く聞いた。
「 俺は⋯⋯、親方には1番大きい部屋を用意して欲しい。⋯⋯それくらいか? 」
「 なるほど⋯⋯ 」
小さめの、だが良く通る声で話す氷雨。寡黙そうだが意見はしっかり言う男のようだ。銀色の犬耳と尻尾は、ふさふさで大変触り心地が良さそうに見える。
だがそれは、鋭い目つきの筋肉質な男の尻尾を触る勇気があればの話である。
「 ⋯⋯村長、俺は⋯⋯ 」
燈凪の息子、黒猫獣人の黒凪は父よりも耳をたらして俯いている。
エリクが彼に先を促す。
「 何でしょう?言ってみるだけでもどうぞ 」
「 俺は⋯⋯!! 鍛冶場が欲しい⋯⋯!! 」
真剣な表情で黒凪はそう言った。
「 ⋯⋯黒凪!!⋯⋯お前⋯⋯ 」
「 親父。俺、思うんだ。何となくだけどさ、ここなら打ちたいもん打てるじゃないかってさ 」
「 そりゃあよ、俺だって打ちたいけどよ⋯⋯ 」
親子で会話をしている横で、何やら何もない場所に手を掲げはじめるエリク。
男四人は不思議そうにそれを見ている。
すると、白い綺麗な光が溢れたと思ったらすぐにそれは消えた。後に残ったのは日本の平屋のような、立派な工房兼住居であった。
「 これは、すげぇ⋯⋯!! 」
獣人達はしばらく動けずにその家を見ていた。
その顔は四人共、どこか嬉しそうであった。
─────────⋯⋯⋯⋯
獣人達が村民になって、ある日の夕暮れ──。
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
無言で温泉の着替え小屋で、着物を脱ぐ男。村一番の温泉好きを自負する、犬耳獣人の氷雨である。
小屋を出て、入浴前のかけ湯などをする。手ぬぐいを頭にのせたあと、先客がいることに気がついた。
「 ⋯⋯お先に入らせてもらっている 」
「 ⋯⋯いえ、ご一緒に失礼します 」
先に入っていたアルクリースに軽く会釈して、温泉に浸かる氷雨。彼はエルフの実年齢がわからないため、いまいちアルクリースに対しての接し方が掴めていなかった。あまり話さないので、どういう人物なのかもわからない。
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
氷雨は思った。
この人はいつから入っていたのだろう⋯⋯と。
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
その夜、二人の男がエリクのもとに担ぎ込まれた。
事情を聞いた結果、村人達の安全のため入浴時間は10分までと定めたエリクであった。