第四十二話 ババ抜き
「 星弥、早くカードを選んでください 」
「 待て、これか? それともこれか? 」
食堂の丸いテーブルにてトランプカードで遊ぶ5人。彼らは自分の手に6枚ほどのカードを他の者に見えないように持っている。
ババ抜きで遊んでいる最中である。
メンバーはエリクに月野、アロマにアルクリース、それから燈凪がいる。
ゲームには参加していないが、エリクのお腹にはルベライトが抱きついており、月野の後ろにはナツキノが立っていた。
「 ふふ、これだな。神島、お前は顔に出やすいんだよ。ババに俺の手が近づくと瞬きが多くなる 」
月野は自信満々にエリクの持っているカードから一枚を引き抜いた。
その瞬間、エリクの口角がにやりと上がる。
「 星弥、引っかかりましたね。その癖で何回負けたと思ってるんですか! 僕だって学習するんですよ!! 癖を逆手にとった作戦です⋯⋯ 」
「 ⋯⋯くっ! 」
まんまとババを引いた月野は悔しがった。そんな彼の後ろからナツキノがカードを覗き込んでいる。
「 師匠、強そうなカードが引けたな!! 」
「 強そうでも、このゲームのルールでは持ってたらいけないんだよ 」
「 そうなのか? 村長は酷いやつだな⋯⋯ 」
ババ抜きのルールを知らないナツキノは最初は喜んでいたが、月野の説明を聞くと悔しがった。
気を取り直し、月野はカードを混ぜた後に右隣のアロマの前に出した。
「 アロマン、さあ、引けっ!! 」
「 あんたそのあだ名やめなさいよ。馴れなれしいわよ 」
変なあだ名に憤慨するアロマであったが、月野は反応を返さない。綺麗な瞳でアロマを真っ直ぐに見つめ、ただ彼女がカードを引くのを待っている。
「 そんな綺麗な眼差しで見つめても、何の効果もないわよ! 」
それは嘘であった。アロマは男性にこのように見つめられた事などなく、先ほどから恥ずかしさでまともにカードが選べないでいた。
アロマは選ばずに、目についたカードを勢いよく引き抜いた。
それはババであった。アロマがガックリと肩を落とす。
「 女にはこの手が有効だ。ルベルべ覚えておけよ 」
月野はしたり顔でエリクの胸に抱きついているルベライトに言った。
「 ⋯⋯ん? 」
「 僕の弟に変な知識を教えないでください!! 可愛いルーベ君の耳が汚れます 」
エリクが慌ててルベライトの耳を塞いだ。その手が暖かく気持ちが良かったのか、ルベライトはそのままウトウトして寝てしまった。
「 一つ言っておくわよ。私はあんた個人に照れたんじゃなくて、男性全般に免疫がないだけだからね 」
アロマが力説したが、月野はルベライトの寝顔に夢中で聞いていない。
さりげなくエリクが小声で「 風呂には乱入したくせに 」と呟いたが、アロマはそれを無視して自分のカードを混ぜ始めた。そしてアルクリースに差し出す。
「 アル、ババを抜いたら一発殴るわ 」
「 そうか⋯⋯ 」
アルクリースは迷いなくカードを引いた。それはババであった。
あまりの素早い動きにアロマも驚いている。
「 まだババを目立つように上に出してもいないのに、どうしてわかるのよ? 」
「 何を言っている? 目についたカードをただ引き抜いただけだ 」
アルクリースは澄まし顔でそう言って、無駄のない動きでカードを混ぜ始めた。
そしてスッと右隣の燈凪の前に掲げた。
「 良し、俺の番だな。引いてやる⋯⋯ 」
燈凪は一枚に狙いを定め手を伸ばした。
だがその手がカードをつまむ瞬間、アルクリースの手が素早く動いた。それにより燈凪は本来狙っていたカードとは違うカードを引いてしまった。
もちろんババである。
「 くそー。ババ引いちまった 」
燈凪は自分がババを巧みな動きで引かされた事に気付いていないようだ。
この場でエリクだけがその動きに気づいたが、カジノで働けそうと思っただけで指摘はしなかった。
他のメンバーはルベライトの寝顔に夢中である。
カードを混ぜ終わった燈凪がエリクの前に掲げた。
「 村長の引く番だ 」
「 はい 」
エリクがカードを選ぶため燈凪の表情を観察すると、彼は完全に無表情であった。
表情からババが読み取られないように、瞑想モードに突入していたのである。
「 ぐぬぬ、燈凪さん卑怯ですよ 」
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
エリクの手が迷うように左右に揺れる。
その間も燈凪は無表情である。
「 神島、早く引けよ。ババ抜きで表情を消すのは良くある手だろ 」
月野がエリクにカードを引く事を急かしている。先ほどエリクの作戦に引っかかったので、彼が焦る姿を見てにやにや顔で嬉しそうである。
「 えりゃー! これに決めましたー!! 」
ババであった。
そんなこんなでエリク達が楽しんでいると、食堂の大きな窓を開けて有翼族の若い女性が入ってくる。
彼女は “ 喰らう者 ” の胃の中から救出された有翼族の一人で、それに感謝して他の移住希望者と共にこの村に移り住んできた女性である。
名前はハナヤミ、黄緑色の髪と瞳の真面目な性格の女性で、背中にある翼は真っ黒で烏のようである。
窓の近くに待機するハナヤミにナツキノが近づいていく。二人は小さい声でいくつかやり取りをすると、話が終わったのかナツキノだけがエリク達の方に戻ってくる。
他の面々はその様子を見つめていた。
「 どうやらこの村に近づく謎の一団がいるようだ。服装は旅人のようだが、顔はフードでよく分からないらしい 」
ナツキノが報告の内容を話し始める。
「 セルフォリア聖国からの旅行客ですか? 」
エリクの質問にナツキノは首を振る。
「 いや、ガーゼン帝国の方から来ているようだ 」
「 あちらはまだ浄化をしていません。魔物も多いですし、ラグスさん達のように相当強くないとここまでやって来れないはずです⋯⋯ 」
エリクがラグス達がやって来た時の事を思い浮かべながらそう言った。
「 でも私は一人で大丈夫だったわよ 」
「 確かにアロマさんは一人でしたね。不思議です。魔物が嫌がる何かがあるんじゃないですか? 」
「 匂いか? 」
「 ちょっとそこの勇者! こんな可憐な女性に対して失礼だと思わないわけ!? 」
月野の言葉を聞いて、寝ていたはずのルベライトがエリクの上から降りてアロマに近づいて行く。トテトテと音がしそうな歩き方である。
「 スン⋯⋯スン⋯⋯ 」
「 嗅がないでルーベ君! 毎日お風呂に入ってるけど恥ずかしいから!! 」
「 ⋯⋯花の匂いがする 」
ルベライトの素直な感想にアロマが顔を赤くして照れる。
「 ルーベ君⋯⋯ 」
「 まあ、花にも色々あるからな 」
「 一言余計よ、勇者 」
そんな会話をしていると、窓の近くにいるハナヤミが大きく咳払いをした。話の本筋から離れてしまっている事を修正したいようである。
そこでアルクリースが空気を読んで提案をした。
「 村長、危険かは分からないが、その一団が浄化能力や戦いの腕が優れているのは間違いないだろう。もしもの時のために戦える者達で偵察に行った方が良い。村に入られた後では子供達もいるので、こちらも動きづらい 」
「 そうですね。ではアルさんと星弥とナツキノさんは僕と偵察に行きましょう。他のみなさんは、村人達にこの事を知らせて回ってください 」
その場にいる者達が頷く。
エリクも大きく頷いて玄関に向かおうとすると、そのお腹にルベライトが飛びついた。いつもの子コアラ状態である。
「 ルーベ君はお留守番です 」
「 俺も行く⋯⋯ 」
「 お留守番です 」
「 俺も⋯⋯ 」
「 駄目です 」
エリクはしゅんとなっているルベライトを引き剥がし自分で立たせた。
悲しそうなルベライトに燈凪が近づき、目線を合わせるようにしゃがみ込み笑いかける。
「 ルベ坊、俺の家に来たらふわふわの耳が触り放題だぞ 」
「 ⋯⋯行く 」
燈凪がごつごつした大きな手を差し出すと、ルベライトは小さな手でその人差し指を握った。
「 燈凪さん、ありがとうございます。安全か分かるまでルーベ君をよろしくお願いします 」
「 何の問題もねぇ。倅の小さい時に比べたら数百倍は大人しくて賢い子だからな 」
そう言われたエリクは、燈凪の息子である黒凪の小さい頃を想像しながら、怪しい一団の偵察に向かうのだった。
村から2キロほど離れた場所にその一団はいた。
人数は12人。みな深いフード付きのマントを纏っており、顔は分からない。馬に荷車を引かせて、その周りをゆっくりと歩いて進んでいる。
このまま行けばエリク達の村に到達してしまうだろう。
少し離れた丘に姿勢を低くしながら隠れて一団を見ているエリク達。
慎重に観察をしていると、ある男が我慢できずに立ち上がった。無敵の勇者月野である。
「 見てても何にもならないだろ。俺がいれば大丈夫だって、声をかけに行こう! 」
「 流石師匠!! 」
ズンズンと一団に向かっていく月野の後をナツキノがついていく。
「 全く慎重さに欠ける男です。仕方がないですね。僕達も行きますか、アルさん 」
「 村長、人売りや暗殺者の可能性がある。気を抜かないように⋯⋯ 」
「 分かりました 」
エリクとアルクリースも月野達の後について、謎の一団に向かって歩いていく。
近づいていくと、一団の中の一人がこちらに気づいた様子で、他の者達に手で止まるように制し、こちらに向かって前に歩み出てきた。
マントを纏っているが、下から見える足や全体のシルエットから背の高い女性である事が推測出来る。
月野はその女性に話しかけた。
「 そこの怪しい奴、一体何者だ? 」
「 ⋯⋯私達は旅の途中だ。お前達こそこんな荒地の真ん中で一体何をしている。後ろの者は有翼族か? 彼らは限られた山脈にしか住まないと聞く。尚更お前達の方が怪しいな⋯⋯ 」
「 確かに⋯⋯ 」
自分達の方が怪しいと指摘された月野は納得してしまった。
月野に任せていては駄目だと、エリクが急いでその場に駆けつけた。
「 僕達は怪しくありませんよ 」
「 怪しい奴は、みなそう言う 」
「 確かに⋯⋯ 」
エリクも納得してしまい立ち尽くしていると、アルクリースが割って入ってくる。
「 旅の方、私達は大地を浄化している聖職者だ。あなた達は聖職者にも見えないが、こんな穢れた大地をどういった目的で旅をしているのだ? 話せる事なら教えていただきたい 」
「 あっ⋯⋯は⋯⋯ 」
アルクリースが質問をすると、マントの女性は明らかに動揺した様子で言葉に詰まる。
そして自分の顔を隠しているフードに手を伸ばし、ゆっくりと外した。
その正体は美しいエルフの女性であった。
「 お父様、あなたを探していたんです!! 」
そう言って女性はアルクリースに抱きついた。
アルクリースは微動だにせずそれを受け入れている。
しばらく沈黙が続いた後、月野がアルクリースに指を指した。
「 神島じゃなくて、あんたが子持ちだったのかー!? 」
「 アルさんの娘さん!? 僕の予想の遥か斜め上をいきました!! 」
驚愕するエリク達の声が大地に響き渡った。
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