第四十話 恋とは何ぞ
ミールムは弓一筋に生きてきた武闘派女子である。
兄であるガトルムと共に主人のラグスに仕え、守る事が幼い時からの使命であったのだ。
しかしこのディアロック地方の村に来てから、ラグスは主人ではなく友人になった。ラグス自身がそう接する様に二人に言ったからである。
真面目で頑固な性格のガトルムは、ラグスの言葉を無視して今も変わらず彼の部下として接している。
そんな兄と違い、ミールムはもともとさっぱりした性格であったので、ラグスに対して自然と友人として接するようになった。
それだけでなく、彼女はその性格で他の村人達ともすぐに打ち解けた。
運動神経の良い爽やかなお姉さん。それが他の村人達のミールムに対しての印象であった。
その爽やかなお姉さんミールムは、この村で過ごす内にある悩みを抱える事になった。
その悩みとは “ 恋話 ” である。
村の女性で集まると、そう言った話が話題にあがる事がある。しかし、恋などした事もないミールムにとってそれは苦行であった。
誰かに恋愛感情を持った事がないために、そもそも話についていけないのだ。よってその話題になるとミールムは常にだんまりを決め込んでいた。
だが、彼女も恋をしたくないわけではない。どうやってすれば良いか分からないだけである。
ミールムは一度、勇気を持って女性の中で年長のティアラに聞いてみた事がある。
「 ずばり、恋って何ですか? 」
「 ふふふ、私の魔王様への気持ちは恋という一文字では表す事は出来ませんわ。⋯⋯そうね、あえて言うならば、決して誰にも変えられない運命ですわ。魔王様の幸福は私の幸福。ふふふ、でも魔王様の苦しむお姿も私の幸福ですのよ。だってあの方の全てが死ぬほど愛しくて堪らないんですもの⋯⋯ 」
全く参考にならなかった。
気を取り直して、誰に聞くべきかミールムは考えた。アロマは自分の恋話はしたがらない。アテナは勉強に夢中らしい。ユリオラは現実的な事しか言わないだろう。
ミールムは悩んだ末に村長のエリクに聞く事にした。
エリクは食堂でお茶を飲みながら休憩中であった。ミールムも同じテーブルの椅子に座り、エリクに向かい真剣な表情で質問をした。
「 村長さん、恋って何ですか? 」
「 ⋯⋯敗れるものですね 」
エリクは一番近い恋の記憶を探り、遠い目をしながら言った。神島時代、河川敷で散ったあの儚い恋の思い出がエリクの胸をえぐる。
「 出来れば成就する前提のやつを頼みます 」
「 そうですね。まあ、色々ですよ。瞬間的に恋に落ちる人もいれば、徐々に愛しさが芽生えてくる人もいます。人それぞれです。ミールムさんはもしかして、焦っているんですか? 」
「 そういうわけではないです。ただ知りたくて 」
恥ずかしそうにするミールムを見て、エリクは微笑ましく感じた。
「 小さい村ですからね。相手は限られてきます。恋愛対象として意識するだけでも、何か変わってくるかもしれませんよ。例えば、普段は気にしないような相手の良いところに気づけたりします。逆もありますが⋯⋯ 」
「 ⋯⋯確かにそうですね。試してみます! 」
ミールムがやる気を出し拳を握っている横で、何か素早いものがエリクに突っ込んできた。
「 ぐはっ!! 」
「 兄貴!! 俺、探した!! 」
エリクのお腹に頭をぐりぐりと擦り付けているのは、最近村に来たエリクの弟であるルベライトだ。
学校の授業中は机でじっとしているが、終わった途端にエリクを探して回るのを繰り返している。まだ人とのふれあいに慣れておらず、自分に似ているエリクといると安心出来るようだ。
エリクも少しずつ慣れていけば良いと思っているので、今は与えられなかった愛情を与える事に集中していた。少し拗ねているルベライトを抱きかかえ、背中を優しく撫でてやる。
「 よしよし、じゃあ一緒に散歩でも行きましょう 」
「 ⋯⋯うん 」
「 それではミールムさん、頑張ってください 」
「 はい、ありがとうございます。村長さん 」
手を繋いで去って行く兄弟をミールムは微笑ましく見送った。
そして、まずミールムは獣人達の鍛冶工房の方に向かった。彼らとはあまり話した事はないが、子供達と接する姿から良い人達だということは分かっている。
エリクの意見を参考に彼らを恋愛対象として見てみることにしたのだ。
工房の前には箒がけをする燈凪がいた。
「 こんにちは 」
「 おっ、こんにちは 。弓の姉ちゃんじゃねえか。頼まれてた鏃出来てるよ 」
「 わあー、ありがとうございます、燈凪さん。⋯⋯ところであの3人はいますか? 」
「 ああ、あいつらなら店の方にいるぞ 」
「 分かりました。鏃本当にありがとうございます 」
「 それくらいどうってことねぇよ 」
燈凪にお礼を言い鏃を受け取った後、隣の金物店に入ると品物を整理する獣人若手3人組がいた。
「 若、それはあっちの料理用の棚っすよ 」
「 いや、これは旅人用の鍋だからこっちで合ってる 」
「 ⋯⋯若、旅人用の鍋はこれだ。それは料理用で合ってる 」
「 お邪魔しまーす 」
ミールムは元気よく挨拶をした。
整理に集中していた3人は一斉に訪問者の方を向く。訪問者であるミールムはにこにこ顔である。
「 ミールムさんじゃないっすか。誰かに用事っすか? 」
「 俺か? 」
「 若に用事なのか? 」
3人は不思議そうに首を傾げた。ミールムは今まで工房の方には来た事はあるが、店に来たのは初めてであったのだ。
「 みなさんとお話でもしてみようかと思いまして 」
「 なら、若とすると良いっすよ 」
「 ああ、俺達はちょっと釣りに行く 」
黒凪の様子をちらちら見ながら、陽露と氷雨は店から出て行った。残された2人はぽかんとその背中を見送った。
陽露と氷雨の2人が立ち去った理由は、出会いの少ない黒凪に気を使っての事であった。
黒凪はその事に気づいて、少し緊張し始める。目の前のミールムは明るい爽やかな女性で、黒凪にとっては前から恋愛対象に入っていた。
「 えっと、あの、じゃあ散歩でもしようぜ 」
「 そうですね 」
2人は外に出て並んで歩き出した。
「 黒凪さんは、趣味ってありますか? 」
「 ああそうだな。俺は駒が趣味だぜ。最近じゃあ子供と遊ぶ事もだな。ミールムはどうだ? 」
「 弓です 」
「 そうか、上手いもんな 」
「 私には弓しかないんです 」
「 ⋯⋯そんな事はないだろ。ミールムは子供達に好かれてるし、明るくて元気でみんなを笑顔に出来る。ホテルの仕事だって頑張ってんだろ。良いところが沢山あるぜ 」
「 ⋯⋯黒凪さん 」
話しながら歩いていたためか、いつの間にか牧場の外れまで来てしまっていた。
立ち止まり見つめ合い、心拍数がわずかに上がっていく。そうして、2人の世界に入りそうになっている時である。
空からバサバサと音がしたかと思うと、巨大な影が上から降りてきた。そして2人に話しかけてくる。
「 あれ、黒凪とミールムじゃんか。見ろよこれ、美味そうだろ!! 」
それは3メートル近くあるイノシシのような魔物を運んでいる有翼族のナツキノであった。
魔物は首を何か鋭利なもので切られており血が出ている。ナツキノ自身も返り血だろう血痕がいたる所に付いているが、彼は弾けるような笑顔である。
──ドキンッ
そのナツキノの姿を見たミールムの胸は高鳴った。顔がだんだん熱くなり、息が苦しくなってくる。
「 狩りが得意なんですね⋯⋯ 」
「 俺は里でも一番だったからな 」
自慢げに語るナツキノを、ミールムは熱い視線で見つめた。
それは、彼女が生まれて初めて恋をした瞬間であった。
────────────⋯⋯⋯⋯
「 村長、恋って何だろうな 」
「 ⋯⋯敗れるものですね 」
食堂のテーブルでお茶を飲みながらエリクが答えた。エリクの膝にはちょこんとルベライトが座っており、正面でテーブルに突っ伏して項垂れる黒凪の耳をじっと見ている。
「 そうだな、敗れるものだぜ。⋯⋯で、いつまで敗れればいいんだ、俺は 」
「 まあ、普通は両想いになるまでですかね 」
「 ⋯⋯ぐすん 」
黒凪から出ている悲しみのオーラで、食堂の空気が悪くなってくる。これでは子供達に悪影響である。
エリクはなんとか元気になって貰おうと考えたが、特に思い浮かばなかった。エリク自身も神島時代に失恋をしたが、完全に立ち直るには時間がかかったのただ。こういう事は時が解決してくれるまで待つしかない。
エリクがため息を吐いていると、アイスミルクティーの入ったコップが黒凪の前に置かれた。
「 黒凪さん。いつまでもそんなんじゃ、子供達が心配します。元気を出してください。大体黒凪さん、ミールムさんの事そこまで好きだって言ってなかったですよね。女性なら誰でも良いんですか? 」
アイスミルクティーを置いたのは、少しイライラした様子のアテナであった。
黒凪は伏せた顔を少し上げて、ちらりとアテナを見ている。その顔は実に嬉しそうだ。
「 アテナも心配してくれてるのか? 」
「 そうですね。ミルクティーを出すくらいには 」
アテナが顔を逸らしてそういうと、黒凪はバッと顔を上げて彼女を見つめた。
「 ⋯⋯結婚してくれ 」
「 っ⋯⋯そういうところですよ! 何度も敗れてる理由は!! 」
アテナは今度こそ怒って、立ち去っていった。
黒凪はにやにやして嬉しそうである。そして目の前のアイスミルクティーを飲み始めた。
「 恋って素晴らしいぜ 」
「 ⋯⋯そうですね 」
「 兄貴、俺⋯⋯あの耳触りたい 」
先ほどから黒凪の耳をじっと見ていたルベライトが上目遣いでお願いしている。
エリクが答える前に、黒凪はにこやかにそれを受け入れた。
「 良いぜ、ルベ坊。好きなだけ触れ! 」
「 うん、⋯⋯ふわふわ 」
「 黒凪さんのその前向きなところを、いつか好きになってくれる女性がきっと現れますよ 」
立ち直りの早い黒凪を、エリクは少し羨ましげに見ていたのだった。
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