第三十四話 桃太郎
ある日の夜、エリクは多目的ホールで子供達に話をしていた。
ティアラが国境調査で不在なので、代わりに子供達を寝かしつける為である。
多目的ホールに敷かれた布団の上に、エリクを囲むように子供達が寝転がっている。エリクは、絵本を真ん中に広げながら、日本語が読めない子供達の代わりに読んで聞かせている。内容にアレンジが多用されているところは、遊び心である。
「 ある所に、腰痛のお爺さんと、料理が苦手なお婆さんがいました 」
「 お爺さん可愛そう 」
「 大丈夫よ。作り話だから 」
子供達のこそこそ話を聞きながら、エリクは続ける。
「 腰痛のお爺さんは山に魔物狩りに、お婆さんは川の精霊にお祈りに行きました 」
「 腰痛なのに魔物を狩りに行くなんて、すごいお爺さんなんだねー 」
「 この絵のお婆さん、どう見ても洗濯してるよ 」
子供達のツッコミを無視して、エリクは続ける。
「 お婆さんがお祈りを終え、何となく洗濯をしていると、川の上流から大きな桃が流れてきました 」
「 何となくで洗濯してるの? 」
「 桃って美味しいのかな? 」
子供達の質問に答える事なく、エリクは続ける。
「 『 美味そうな桃じゃ、持って帰って、爺さんに自慢してやろう 』 と、お婆さんは桃を家に持って帰りました。家には、数十匹の魔物を倒した腰痛のお爺さんがいました。お爺さんは、桃を見て『 あっ、桃だ 』と言いました 」
「 お爺さんの反応薄っ! 」
「 一人で数十匹の魔物を倒すなんて、凄腕だね。しかも、腰痛という不利な状況でだよ 」
様々な反応の子供達に笑いかけながら、エリクは続ける。
「 二人は、その大きな桃を食べる事にしました。お婆さんは料理が苦手なので、腰痛のお爺さんが包丁で慎重に桃を切っていきます。もう少しで種かな、というところで、桃が真っ二つに割れました。すると、中からは元気な赤ちゃんが出てきました 」
「 ぶばー!! 」
「 寝てたマールが起きちゃった! 」
「 すごく話の流れに合ってたね 」
起きてしまった赤ん坊のマールを、アテナがあやしている。マールは、またすぐに、うとうとと眠ってしまう。
それを見て安心したエリクは、また話に戻る。
「 二人は赤ちゃんに、男の子だったので “ 桃太郎 ” と名付けて、大切に育てました。腰痛のお爺さんは、桃太郎に自分の技を教えました。そして桃太郎は、料理が上手くなりました 」
「 料理が上手くなったのか 」
「 剣が上手くなったんじゃないの? 」
エリクは、鬼をどんな魔物にするか迷っていた。勝手にアレンジして、お爺さんを強くしてしまったので、オーガだとお爺さんが自ら倒してしまいそうである。それでは、桃太郎が鬼退治に行けなくなる。
悩んだ末に、お爺さんにはギックリ腰になって貰う事にした。
「 そんなある日、村では、オーガ達が悪さをするようになりました。しかも頼みのつなのお爺さんは、ギックリ腰になってしまいました。村人達を守るために、お爺さんに鍛えられていた桃太郎は、オーガ退治を決心しました。『 オーガめ! 全員切り刻んでやる!! ゲヘヘヘ 』 」
「 お爺さん可愛そう⋯⋯ 」
「 桃太郎、なんか悪者みたいな喋り方だね 」
「 笑い方も変 」
どうやら桃太郎のキャラ付けに失敗してしまったようだ。
だが、今更後戻りは出来ないエリクは、そのまま突き進んでいく。
「 桃太郎は、オーガ達の住処のオーガ島に挑むため、準備をしました。そして、いよいよその日になりました。
『 爺さんっ! 婆さんっ! ちょっとオーガ退治行ってくるわ!! 』
『 待ちなさい、桃太郎。これ、婆さんが作ったきびだんごじゃ。持っていきなさい 』
『 爺さん、自分が食べたくないからって、俺に持たせるのかよ⋯⋯。ったく、仕方ねーな 』
『 桃太郎や、この旗も持って行きなさい 』
『 ありがとよ、婆さん 』
そう言って、桃太郎は旅立ちました 」
「 きびだんごって何? 」
「 旗には何が書いてあったの? 」
エリクは、また悩んだ。日本一って言っても、この世界の子供達には伝わらない。
だからと言って、この世界の知っている土地名を言っても、何か矛盾が生じそうである。
何とか誤魔化そうと、エリクは話し出す。
「 きびだんごは、また今度作ります。⋯⋯旗には、そうですね。 “ 世界一 ” と書いてありました 」
「 すげー!! 」
「 大きく出たな 」
「 実際にそうではなくて、心意気の問題です。僕も普段から、世界一の村長を目指していますよ 」
「 村長、すげー!! 」
「 村長さんは、世界一の村長さんですよ 」
子供達の褒め言葉に、頬を緩ませながら、エリクは物語の続きを話す。
「 少し歩くと、道に犬がいました。犬は『 桃太郎さん、お腰につけたきびだんご、一つくださいワン 』と桃太郎に言いました 」
「 犬は喋らないよ 」
「 怖いよー!! 」
「 うわーん 」
何人かが泣き出してしまった。どうやら子供達の出身地では、動物が喋るような物語はないようだ。気味悪がって怯えている。
エリクは、無難に修正する事にした。
「 えー、犬獣人です。間違えました。犬獣人がきびだんごを欲しがりました。桃太郎は、嬉しそうな顔で『 あげるから、仲間になれ 』 と言いました。そうして、犬獣人が仲間になりました。犬獣人は、きびだんごを美味しそうに食べました。桃太郎は知りませんでしたが、きびだんごは、お婆さんの唯一の得意料理だったのです 」
「 犬獣人だったら、怖くないね 」
「 氷雨さんと一緒だね 」
「 よかった〜 」
何とか、泣き止んだようだ。ほっと胸を撫で下ろして、エリクは続ける。
「 次に猿獣人が話しかけてきました。『 お腰につけたきびだんご、一つくださいウキ 』 」
「 猿獣人なんていたんだー 」
「 知らなかったね。アテネお姉ちゃん知ってた? 」
「 私も知らないです 」
どうやら真実はわからないが、少なくとも子供達は、猿獣人を見た事がないらしい。
エリクは、事前に燈凪達に聞いておけば良かったと、後悔していた。間違った知識を与えてしまったら、子供達に悪影響である。
「 猿獣人かと思うほどの、猿顔の男でした。桃太郎は、その男も仲間にしました 」
「 知らない人について行ったら駄目だよ 」
「 きっと、その人は飢えていたんだね 」
「 知らない人について行かないと、食事にさえありつけなかったんだ⋯⋯ 」
子供達が悲しげな表情になってしまった。飢えていた頃を思い出しているようだ。
エリクは、冷や汗を流した。深読みされて、話の筋がずれてしまっている。無理にでも戻さなくてはいけない。
「 猿顔の男は、前々から桃太郎を応援していた村人です。自分もオーガ退治に加わるために鍛えていました。⋯⋯次に鳥獣人が 」
「 村長、駄目だよ!! 」
「 しー、しー!! 」
「 それ言っちゃ駄目! 」
子供達に一斉に注意され、エリクは焦った。
鳥獣人は、言ってはいけない言葉のようだ。子供達がキョロキョロして、怯えている。
アテナが申し訳無さそうに説明する。
「 村長さん、困らせてしまいすみません。実は、有翼族という人達がいて、彼らは獣人と呼ばれる事を嫌うのです。誇り高くて、他の種族と関わらない人達で、もしその獣人呼びを目の前でしてしまったら、その場で殺されます。私達は、小さい頃からそれを教え込まれるのです。⋯⋯噂では、エルフ族にだけは普通に接するようです 」
「 ⋯⋯怖っ、それは怖いですね。知識不足でした。すみません⋯⋯ 」
身震いしたエリクは、もし遭遇したらアルクリースに全部任せようと心で誓った。簡単にやられはしないが、いきなり襲い掛かられるのは、ご勘弁願いたい。
その後も、船を海賊から奪ったり、オーガ達を酔っ払いにしたり、ピンチにお爺さんが助けに来たりとアレンジを加えながら、エリクは話を進めていく。
「 ──そうして、お爺さんの腰痛は治り、お婆さんはきびだんご屋を開業して、桃太郎は格闘家になり、末永く幸せに暮らしましたとさ⋯⋯ 」
「 すー⋯⋯ 」
「 ぐぅ⋯⋯ぐぅ⋯⋯ 」
「 ⋯⋯むにゃむにゃ 」
話が終わる頃には、子供達は眠ってしまった。幸せそうな寝顔に頬を緩めたエリクは、起きているアテナと一緒に、一人ひとりに毛布をかけていく。
「 村長さん、おやすみなさい。絵本ありがとうございました⋯⋯ 」
「 はい、おやすみなさい。アテナさん 」
子供達を起こさないように、こそこそ声で会話した後、エリクはゆっくりと校長室に向かった。
エリクの自室である校長室に入ると、何故か月野が椅子に座って漫画を読んでいた。前に頼まれて出した漫画だ。
「 何してるんですか、星弥⋯⋯ 」
「 おっ?! やっと来たか、神島!! あの牛乳の飴がまた欲しくなってさ。全く待ちくたびれた 」
「 倉庫にありませんでしたか? 」
「 この間、聖王さん達にあげちゃった 」
「 はあ、まあ良いですけど、寝る前に食べたら駄目ですよ。どうしても我慢出来なかったら、歯磨きはちゃんとしてくださいね 」
「 わかってるって、母さんみたいな奴だな⋯⋯。まあ、俺の母さんはそんな事言わなかったけど 」
「 ⋯⋯星弥 」
月野の両親は仕事が忙しく、あまり家に帰っていなかった。日本での月野は常に居場所を求めるように、無理をして明るく振る舞っていた。
エリクは神島時代、それを何となく危なく感じていた。何かあれば、すぐに心が壊れてしまいそうな感覚だ。松田と神島と遊ぶ事で、少しずつ癒されているようではあったが、寂しがり屋なところは変わらなかった。
だが、今この村で暮らしている月野は生き生きとしている。
エリクはそれを、心から嬉しく思っていた。
「 ん? 何にやにやしてんだ、神島。気持ち悪っ 」
「 全く、失礼な 」
その時だ。2人は窓の外に違和感を感じた。
すぐさま、体勢を整えて、窓の外を警戒する。
真っ直ぐに何かが近づいてくる。
───ガッシャーンッ
校長室の窓をわり、夜の暗闇から飛び込んで来たのは、血だらけの──
「 まさかっ!? 」
──血だらけの有翼族の青年だった。
お読みいただきありがとうございます。




